第33話:『獣災』ラグナ・ライン

『極悪貴族』ホロウ・フォン・ハイゼンベルクと『獣災』ラグナ・ライン。

 両雄りょうゆうは五メートルの距離を挟み、静かに視線を交錯させる。


 ホロウはいつものように『待ち』の姿勢。

 威風堂々たるその姿は、余裕綽よゆうしゃくしゃく々なその表情は、隙だらけの戦闘態勢は、まさしく怠惰傲慢な極悪貴族と言えよう。


 対するラグナは、『攻め』の姿勢。

 格下の・・・ガキ・・に散々煽られたことで、既に堪忍袋のは切れて久しく……獰猛な笑みを浮かべながら、荒々しい魔力をその身にまとう。


「くくっ、どうした、来ないのか? まさかとは思うが、臆病風に吹かれたのではないだろうな?」


「馬鹿言え。てめぇをどうやって殺すか、じぃっくり考えてたんだ、よッ!」


 先に動いたのは、やはりラグナだ。

 召喚士の彼は――僅か一足で間合いを殺し、ホロウに殴り掛かった。


(後衛職の俺が、自分から詰めて来るとは、夢にも思わねぇよなァ!?)


 常識という隙を突いた見事な奇襲。


 だがしかし、


(ふふっ、やっぱりね・・・・・


 ホロウには原作知識があり、当然のように知っている。

 ラグナ・ラインが『初見殺しの大ボス』、極めて珍しい『近接特化型の召喚士』であることを。


「お゛らぁッ!」


 凶悪な右ストレートに対し、


「はっ」


 左半身ひだりはんみとなって簡単に回避。


「なッ!?」


「そぉら、吹っ飛べ」


 ちょっとしたカウンターとして、ラグナの胸板を軽く蹴り付ける。


 次の瞬間、


「が、ハッ!?」


 彼の巨体は地面と平行に飛び、本校舎の壁に激突した。


「くくっ、驚いたぞ。まさかその鈍重な動きで、自信満々に詰めて来ようとは、夢にも思わなかった」


 邪悪な笑みを浮かべたホロウは、相も変わらず煽り倒す。

 彼の行動は『攻撃+口撃あおり』がワンセットになっており、相手の肉体と精神を同時に削るのだ。


「がはっ……げほ、ごふ……ッ」


 ラグナはつんいの姿勢で、大量の血を吐いた。

 粉々に砕けた胸骨きょうこつが、肺や心臓を傷付けたのだ。


 もはや瀕死の重傷であり、本来ならば『勝負アリ』だが……。

 大魔教団の幹部は、『獣災じゅうさいラグナ』は、それほど簡単な相手じゃない。


「まだ、だ……ッ」


 彼はそらを泳ぐ巨大な魚型の召喚獣を掴むと、そのはらわたを豪快に喰らった。


 それと同時、


「ふしゅぅうううううううう……っ」


 粉砕された胸骨と痛んだ臓器が、またたく間に再生し――完全復活を遂げる。


「ほぅ、<魂喰たまぐらい>か。召喚獣の魂を喰らい、自身の血肉と化す高等技能。ただの筋力馬鹿かと思えば、存外にもあるではないか(やっぱりラグナは、召喚士として一流だ。……ふふっ、その優れた召喚技能、今後はボクの為に使ってもらうよ!)」


 ホロウが嬉しそうに微笑む中――ラグナは口内の血を吐き捨て、ゆっくりと立ち上がる。


「はっ、驚いたぜ。まさかそんな細いナリで、バリバリの前衛職だとはな」


「こちらは心配になったぞ。まさかそんな太いナリで、虚弱体質だったとはな」


「チッ、口の減らねぇガキだ……」


 粗野そやな羽織を乱雑に脱ぎ捨て、上半身をあらわにしたラグナは、


「見せてやる、近接戦闘に特化した召喚士の実力ちからをッ!」


 天地を揺るがす暴力的な大魔力を解き放つ。


「――<憑依ひょうい召喚>ッ!」


 右腕に『虎』の手甲ガントレット

 左腕に『鬼』の棍棒。

 右脚に『象』の鉄靴ブーツ

 左脚に『龍』の脛鎧グリーブ


「ハッハァ!」


 四肢ししに獣の力を降ろしたこの状態は、ラグナが『本気で殺す』と決めた相手にだけ見せる、『究極の戦闘フォルム』だ。


(こ、これが大魔教団幹部の全力……っ)


 遠巻きにホロウを見守るニアは、そのおぞましい威容いように身を凍らせた。


 そしてホロウもまた、『強烈な衝撃』を受けている。


「こ、これは……っ」


「がははっ、イイ顔になったじゃねぇか! この俺を怒らせるとどうなるか、今からたっぷりと教えてや――」


「――ぷっ、くくく……ッ」


 ホロウは、もはや我慢ならぬといった風に吹き出した。


「……あ゛ぁ?」


「い、いや、すまない……。まさかお前に、そんな『コスプレ趣味』があったとは……っ」


 原作ホロウの『ナチュラル煽り』を受け、ラグナの我慢が限界を突破した。


「……てめぇだけは、ブチ殺す……ッ」


 金色の髪が逆巻さかまくその姿は、まさに『金獅子きんじし』。


 憤怒に呑まれた野獣は――音の速度を超えた。


 刹那せつな


「ほぅ」


「終わりだァ!」


 ホロウの懐深くに潜り込んだラグナは、渾身の正拳突きを放つ。


「――絶技ぜつぎ・虎殺しッ!」


 肉を裂き骨を穿うがつ究極の一撃に対し、


(さて、ここからが『問題』だ)


 ホロウは手刀を振るい、軽くトンと叩き落とす。


 その結果、


「ぐ、ぉ……ッ」


『虎』をまといし右腕が、ポッキリと折れてしまった。


「こんの……絶技・鬼落としッ!」


 振り下ろされた『鬼』の棍棒に対し、


(なんとかして、ラグナを『お持ち帰り』したいんだけど……どうするのが丸いかな?)


 手のひらで優しく受け止め、そのままグシャリと握り潰す。


「ま、まだまだァ! 絶技・象蹴ぞうげりッ!」


『象』の重量おもみが乗った横蹴りに対し、


(どこか人目のないところまで、吹き飛ばせたらベストなんだけど……。如何いかんせん結界が張られているからなぁ)


 左の肘で受け止めて、すねの骨を粉砕する。


「ぁ、が……ッ」


 ラグナは悶絶もんぜつし、


「むぅ……(さて、どうしたものか)」


 ホロウは頭を悩ませた。


 そんな折、


「――<零相殺ゼロ・カウンター>ッ!」


 遥か前方で、勇者の固有が炸裂した。


(あー……そう言えば、まだやっていたのか)


 レドリックが襲撃を受けてから、アレンは校庭の召喚獣と戦い続けている。

 当初100体だった敵の数は、残り30体ほどに減っていた。


(ふふっ、あの程度の雑魚に手こずるなんて、メインルートの実力には遠く及ばないね)


 ホロウが嬉しそうに微笑んでいると、


「――どこを見てやがる! 秘奥義・龍王旋風脚りゅうおうせんぷうきゃくッ!」


 荒れ狂う龍を彷彿ほうふつさせる、超高速の回転蹴りに対し、


(……よし、決めたぞ!)


 迫る右足を難なくキャッチしたホロウは、蹴りの勢いを殺さぬよう、グルングルンと二回転させ――『水切みずきり』でもするかのように、サイドスローで放り投げた。


「がっ……ごふ……グぅ……ぱぁ……ッ」


 ラグナは何度も地面にバウンドしながら、遥か遠方まで転がって行く。


(とりあえず……いつもみたく一旦『ボロ雑巾』にして、ガルザック地下監獄へぶち込んだ後、頃合いを見て回収しよう!)


『ラグナ・ライン家族化計画』を固めたホロウと、


「この……化物め……っ」


 既に満身創痍のラグナは――ほとんど同じタイミングで、上空の巨釜おおがまへチラリと目を向ける。


(ふふっ、まだ黄色か)


(くそったれ、まだ黄色か……ッ)


<原初の巨釜おおがま>は、貯蔵した魔力の量に応じて、その光の色を変える。

 少ない方から順に緑→青→黄→赤→黄金と。


(さて、どうする?)


(くそ、どうする!?)


 余裕のホロウと焦燥しょうそうのラグナ。

 二人の表情が、現在の戦況を克明こくめいに表していた。


(今は第三段階の『黄』。目標の『黄金』まで、おそらく後十分は掛かる……っ)


 ラグナは高速で思考を回して、必死に最適解を模索する。


(このレドリックとかいう場所は、『最高の餌場』だ。それなりの魔力を持った奴等が、蟲のようにウジャウジャいやがる)


 ラグナ・ラインのかかげる『究極の目標』は――『世界最強の召喚獣』を生み出すこと。

 これを果たすには、天文学的な魔力が必要で、とてもラグナ一人じゃまかなえない。

 そこで彼は、<原初の巨釜おおがま>の特性『吸収』と『貯蔵』に目を付けた。

 この特異な力を活用し、大勢の魔法士たちから魔力を吸収・貯蔵する。

 そうして巨釜おおがまを魔力で満たし、自身の『秘奥ひおう』を使うことで、世界最強の召喚獣を生み出そうと考えたのだ。


(釜が満たされるまで、もう後わずか十分……っ。だが、この化物の前で十分と生き延びるのは、文字通り『至難しなんわざ』だ……ッ)


 巨釜の完成を待たずして、ホロウに殺されてしまう。


 そう判断したラグナは、奥の手を切る。


「ふぅー……全開だァアアアアアアアア!」


 彼は巨釜と接続し、莫大な魔力供給を受けた。

 貴重な魔力を使うことになるが、ここで死ぬよりかはマシ――そう割り切ったのだ。


(へぇ……いい魔力だね。これは多分、『過去一かこいち』かな?)


 ホロウが感心しながら、呑気のんきな感想を抱いていると、


「……ホロウ・フォン・ハイゼンベルク、楽に死ねると思うなよ?」


 最終形態となったラグナが、刃のような殺気をギラつかせる。


「ふっ、そろそろ『家族』にしてやろう」


 ホロウが固く拳を握り、仕留めに入ろうとしたそのとき――校庭のど真ん中で、聖なる魔力が溢れ出す。


「「っ!?」」


 ホロウとラグナは、同時にそちらへ視線を向けた。


 まず目に付くのは、『異形』と化した五体の天使型の召喚獣だ。

 ラグナは現在、巨釜おおがまから莫大な魔力共有を得ている。

 その一部が、魔力経路を通じて召喚獣たちへ流れ込んだ結果、彼らの基本性能スペックが大幅に引き上げられた。


「「「「「――フォオオオオオオオオンッ!」」」」」


 巨大な天使型の異形たちが、聖なるメイスを掲げて突撃する中――絶体絶命の主人公は、神聖な光を放っている。


((アレ・・は間違いない……『勇者因子の覚醒』……っ))


 そのとき、重なった。


「「そうは――」」


 ホロウとラグナの思いが、


「「――させるかぁああああッ!」」


 完璧にシンクロする。


 ラグナは天使型をさらに強化することで、アレンを確実にほふらんとし――ホロウは全力で地面を蹴り付け、主人公に迫る召喚獣たちを八つ裂きにした。


「――アレンよ、怪我はないな?(ふぅ……間に合った、まだ覚醒はしてないね)」


「ほ、ホロウ、くん……?」


「ここは俺に任せて、お前はもう休んでいろ(そう、『絶対安静』だ。そこから一ミリも動くんじゃないよ?)」


 勇者の覚醒をギリギリで止めたホロウは、憤怒の炎をたぎらせる。


「ラグナよ、貴様は少々やり過ぎた。アレンを傷付ける奴は……この俺が許さんッ!」

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