第34話:固有スキル

 その後の戦いは、あまりに一方的なものだった。


「どうしたどうした、そんなものかァ!?」


「が、は……ッ」


『黒い愉悦』にひたった極悪貴族は、ひとたび攻撃に転じた彼は――もはや誰にも止められない。


「そぉら!」


 ホロウはシンプルな中段蹴りを放ち、


「くっ」


 ラグナは両手をクロスして完璧に防ぐ。

 しかし、


「~~っ(なんだこのデタラメな威力、防御がまったく意味を為さねぇ……ッ)」


 衝撃が肉を打ち、骨をきしませ、臓器を叩き――まるでボールのように蹴飛けとばされる。 

 2メートルを超える巨体が宙を滑り、遥か後方の特別棟に激突、頭から大量の瓦礫がれきを被った。


「ははっ、軽い軽い。まるで中身が詰まっておらんな」


 ホロウは肩を揺らし、ケタケタとわらう。


「……舐めんじゃねぇぞ、クソガキがぁああああああああ……!」


 瓦礫を跳ね除けたラグナは、<原初の巨釜>より莫大な魔力供給を得た金獅子は、反転攻勢に打って出る。


「ズェラアアアアアアアアッ!」


 獰猛な獣を思わせる荒々しい連撃。

 苛烈にして熾烈しれつ、息をつく間もない猛烈な攻撃は……どれ一つとして当たらない。


「く、そ……てめぇはいったい、なんなんだよぉおおおおおおおッ!」


 怒りと嘆きのこもった正拳は、あっさりとかわされ――後頭部を鷲掴みにされたラグナは、体育倉庫に放り投げられる。


「がっ!?」


 背中を痛烈に打ち付けた直後、


「おいおい、気を抜くなよ?」


 悪魔ホロウの拳が、獅子の顔面をぶち抜いた。


「ご、ぷ……ッ」


 体育倉庫を貫通したラグナは、そのまま無様に校庭を転がり……プルプルと震える足で、なんとか必死に立ち上がる。


「ふふっ、まるで生まれたての小鹿だな。庇護欲ひごよくをそそられてしまうぞ」


「ほ、ほざ、けぇ……っ」


 ホロウの『蹂躙劇じゅうりんげき』を見た周囲の学生たちは、


「う、嘘……だろ? 大魔教団の幹部が、手も足も出ないなんて……っ」


「つ、強ぇ……。こうも一方的なのかよ……ッ」


「魔法も魔力強化もなしでこれ・・か……」


「もうどっちが悪モンかわかんねぇな」


「いやどう見ても、ホロウが『悪』だろ……」


 彼の異常な武力に恐れおののいた。


「はぁ、はぁ、はぁ……っ(くそ、『上』の情報とまるで違う。何が『天賦の才能を腐らせた愚物・・』だ、ふざけやがって……ッ)」


 ラグナは心の中で毒突く。


 無理もない。

 何せホロウ・フォン・ハイゼンベルクは、天賦てんぷの才に恵まれた傑物けつぶつが、最高効率の努力を積み重ねた結果――わば『理論値』のような存在であり、文字通りの『化物』なのだから。


「おいおい、戦闘中に考え事か?」


「ぐ、は……ッ」


 鋭い蹴りがあごを撃ち抜き、200kgを超える巨躯きょくが天高く打ち上がる。


(……か、勝てねぇ……っ)


獣災じゅうさい』の二つ名を冠するラグナが、天魔十傑てんまじゅっけつに名を連ねる彼が、心を折られてしまった。

 それほどまでのへだたりが、圧倒的な実力の差が、二人の間には存在した。


「さて、派手にトドメを――(っと、いけないけない……。また原作ホロウの悪意が、黒い愉悦・・・・が出ちゃってたな)」


 ホロウは大きく深呼吸を行う。


(あまりやり過ぎたら、死んじゃうかもしれない。ちゃんと『ボロ雑巾』のラインで止めておかなきゃね)


 そうしてたかぶる邪心を鎮めていると、


「来い、白龍……!」


「キュィイイイイイイイイ!」


 大空を舞う白龍が、その大きな脚で主人ラグナを掴み、全速力で戦線を離れた。

 三重結界の外――『安全地帯』へ退避しようとしているのだ。


「くくっ、かけっこなら負けんぞ?」


 ホロウは地面をトンと蹴り、爆発的な速度で追い掛ける。

 大地を踏み、校舎の外壁を駆け、空中を・・・走り・・抜ける・・・


(あの野郎、魔力で足場を……っ。なんて魔法技能をしてやがんだ……ッ)


 第二層『封魔の結界』が阻害するのは、『魔法』と『魔力強化』のみ。

 純粋な魔力の塊は影響を受けず、その場に存在し続けるのだ。


「くそっ(こっちは『最速の白龍』に乗ってんだぞ!? なんで生身で追い付けるんだ!?)」


 両者の距離はグングン縮まって行き、このままでは悪魔に捕まってしまう。


「く、来るんじゃねぇッ!」


 ラグナは召喚魔法を使い、蒼い火の粉をバラ撒くが……。


「はっ、みすぼらしい」


 ホロウはまったく意に介することなく、羽虫でも払うかのように一蹴する。


(こいつはもう人間じゃねぇ……っ)


 この化物には、如何いかなる攻撃も通じない。

 それを理解した、否、理解させられたラグナは――高速で思考を回転させ、『とある弱点』に気付く。


(そう言えば……時計塔をぶっ破壊したとき、金髪の女子生徒ガキを助けていた。天使型がアレンを襲ったときも、大慌てでヘルプに入っていた。……なるほど、読めたぞ! ホロウはああ見えて、仲間・・思いの・・・イイ奴・・・だ!)


 まるで見当違いの推理だが、次の一手は中々に効果的だった。


「これならどうだ! ――<狐火きつねび>!」


 巨大な炎の塊を召喚し、レドリックの学生たちへ射出する。


「……チッ」


 ホロウの目標は完全攻略パーフェクトクリア

 今日この日この時この瞬間に限り、学生たちは保護対象となっている。

 宙空ちゅうくうで方向転換した彼は、凄まじい速度で校庭へ跳び――<狐火>を素手で引き千切り、ゆっくりと地面に降り立った。


「くくっ、やはりそう・・か! ――解ッ!」


 ラグナはその間に三重結界を部分解除し、安全地帯たる『外の世界』へ逃げおおせた。

 強力な結界を挟み、ホロウとラグナの視線が交錯する。


「十五の学生を相手に、尻尾を巻いて逃げるとは……なんとも臆病な男だ。そのいかつい風体は見掛け倒しか?」


「ハッ、なんとでも言いやがれ!」


 ラグナがパンと両手を打ち鳴らすと、


「<原初の巨釜おおがま・魔力吸収>ッ!」


 第二層の結界が眩い光を放ち、魔力の吸収速度が上昇した。


「そのイカれた馬鹿力でも、三重結界は壊せないんだろ? つまり、俺がわざわざ手を下さずとも、てめぇは魔力を吸い尽くされて死ぬっ!」


 ホロウに限って、それはあり得ない。

 彼の魔力は無限に等しく、今なお『自然回復する魔力』>>>『吸収される魔力』となっている。


 しかし、


(他の生徒たちが、ちょっと持たなさそうだね)


 既に魔力の少ない者が、体調不良を訴え始めていた。

 このまま行けば、後十分もしないうちに気を失い、やがて命を落とすだろう。


「まったく、おめでたい奴だな。まさかこの俺が、なんの手も打っていないと思ったか?」


「その『手』ってのは、あの女たちのことか?」


 ラグナはあごをクイとやり、噴水広場を示した。

 そこでは、フィオナとリンが結界の解析を行っている。


「残念ながら、てめぇの策は失敗に終わる! 何せ俺の<原初の巨釜おおがま>は、起源級オリジンクラスの固有魔法だからなァ! この三重結界は、千年前の――『原初のことわり』で構成されているっ! 脆弱ぜいじゃくな現代の魔法士なんぞにゃ、絶対に解けねぇ代物だッ!」


 ラグナの言葉は正しい。

 確かにフィオナとリンは、天才魔法研究者だが……この極々僅かな時間で、原初の結界を解くのは不可能だ。


 しかしそれでも、ホロウの余裕は崩れない。


「ふっ、うちの『馬女』をめるなよ?」


 彼は懐から、とっておき・・・・・を取り出した。

 美しく輝くそれは――王金貨おうきんか

 市場には流通していない記念硬貨であり、中央銀行に持って行けば、『1枚1000万ゴルド』で換金される。


「おいおい、まさかとは思うが、金で許してもらおうってか?」


「いいや、これは『特別報酬うまだい』だ」


「……うま、だい……?」


「知らないのか? 明日6月16日は、上半期最大のレース『クラインダービー』が開催される」


 ホロウはそう言って、貴重な王金貨を親指でピンと弾いた。

 天高く舞い上がったそれは、クルクルクルと美しい弧を描き、フィオナの眼前にポトリと落ちる。


「こ、こここ、これはまさか……王金貨とくべつほうしゅう!?」


「こんな大金、いったいどこから!?」


 次の瞬間、結界の第一層が消滅した。

 原初のことわりが、結界の魔法構造が、解き明かされたのだ。


「な、なんだと!?」


「くくっ、さらにもう一枚」


 ホロウが二枚目の王金貨を弾くと、


「ほっ、ホッホッホッホッホッホッ……!」


「ふぃ、フィオナ先生……頭、大丈夫ですか!?」


 第二層の結界が、音を立てて崩れた。


「な、何が起きている……!?」


 呆然とするラグナを他所よそに、ホロウは三枚目を取り出す。


「さぁ、駄目押しの一枚だ」


 最後の王金貨が噴水広場に降り注ぎ、3000万ゴルドもの特別報酬にんじんをぶら下げられた馬狂いは――人の領域を超える。


「う、馬……馬馬馬馬、馬ぁああああああああ……ッ!」


「ひ、ひぃ……っ」


 第三層の結界が霧散し、<原初の巨釜おおがま・三重結界>は破れた。


「……ば、馬鹿な……っ」


 大金による一時的な『知能ステータスの限界突破』。

『特級俗物ぞくぶつ』フィオナ・セーデルにのみ許された、とても恥ずかしい固有ユニークスキルが、原初のことわりに打ち勝った。


「だから言っただろう、『うちの馬女を舐めるな』、と」

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