第32話:煽り

 三分後、時計塔の屋根に立ったボクは、素晴らしい眺望ちょうぼうに心を躍らせる。


(おーっ、絶景絶景!)


 思った通り、ここなら戦局を一望いちぼうできるね。


「はぁ、はぁ、はぁ……し、死ぬぅ……っ」


 真下の展望フロアでは、汗だくのニアがぐったりと倒れ、荒々しい呼吸を繰り返す。

 三重結界の影響で魔力強化が使えないため、生身で必死に走ったところ、バッテバテになっているのだ。


(魔法で水を出してあげ……いや、やっぱりやめておこう)


 万が一にも、ラグナに気取けどられたら面倒だ。

 ニアにはしばらく、あのまま干からびておいてもらおう。


(さてさて、主人公はどんな感じかな?)


 ボクは目をらし、まずは校庭を注視する。


 そこでは、


「――ハァアアアアアアアア!」


「「「ギシャァアアアアアアアア!」」」


 左手に短刀を握ったアレンが、100体を超える大量の召喚獣と戦っていた。


(ふむ……『ちょっぴり優勢』って感じかな?)


 特に何事もなければ、多少の手傷を負いつつも、順当に勝つことだろう。 


(ラグナは……まだ動かないか)


 巨大な白龍に乗った彼は、仏頂面をぶら下げて、腕組みをしたままだ。

 特にアレンを気に掛ける様子もなく、ときたまレドリック全体を見回しつつ、『巨釜おおがま』の中をしきりに気にしている。 


(ラグナの『真の目的』を考えれば、しばらくあのままだろうね)


 彼は『上』の命令を受けて、アレンを狙っているだけ。

 勇者因子よりも、自分の巨釜おおがまが大切なのだ。


(釜の光は……『青色』、か)


 まだかなり余裕があるけど、巨釜にだけは注意しておくとしよう。


 次に噴水広場。


「ねぇリンさん、この結界を解いたら、ホロウ様――ゴホン、ホロウくんから、いくらもらえると思います?」


「えっ、えー……っ。生徒にお金を強請ねだるんですか……?」


 首尾よく『結界の起点』を見つけたフィオナさんとリンが、龍の瞳を使って解析を進めてくれている。


(よしよし、いい感じだね。その調子で頼むよ)


 そして体育館前。


「負傷者を中へ運び込め! 私達はここを死守するぞ!」


「「「はっ!」」」


 エリザを中心とした聖騎士たちが、迫りくる召喚獣を斬り伏せていた。


(ここは優勢――いや完全に勝勢だ)


 さすがはバリバリの前衛職、魔法と魔力強化を封じられても、互角以上に戦えているね。


(うん、うんうんうん、悪くないじゃんっ!)


 全体を通して見れば、こっちがかなり優勢だ。


 これは間違いなく、『入念な下準備』のおかげだ。

 エリザに命令を出し、剣術に秀でた聖騎士を配置させたこと。

 レドリックを支配し、生徒と教師たちに的確な指示を出せたこと。


 この二つが、絶大な効果を発揮している。


(やっぱり『原作知識』は、文字通りの『チート』だ)


 敵の襲撃に対する完璧な対抗策カウンターをしっかり時間を掛けて準備できる。

 向こうからしたら、たまったものじゃないだろう。


(でも……ところどころで押されているな)


 具体的には、聖騎士の手が回っていないところ、前衛職が足りていないところ、予科生で集まっているところ――おおむねこの辺りが苦しそうだ。


(よし、盤面の把握は終わった。そろそろこっちも始め・・ようか・・・!)


 ボクが右手を構えたそのとき、


(おっ、ちょうどいいタイミングだね)


 前方300メートル先で、『悲劇』が起ころうとしていた。


「ひ、ひぃ……っ」


 倒れ込んだ支援職っぽい女生徒のもとへ、


「ギシャアアアアアアアア……!」


 全長三メートルのサソリ型の召喚獣が迫る。


「くそ、どきやがれッ! おいジュリー、逃げろッ!」


「こんの、邪魔すんじゃねぇッ! ジュリー、立て、死ぬぞッ!」


 前衛職らしき男子生徒二人は、既に五体の召喚獣を抱えており、とてもフォローに回れる状態じゃない。


「い、いや……やめて、こないで……っ」


 このままだと女生徒は、サソリの尻尾で突き殺されてしまうだろう。


(悪いけど、完全攻略の邪魔はさせないよ?)


 自分の魔力を親指と人差し指でネリネリして、ビー玉サイズに整えたボクは――それを指でパシュンとはじく。

『不可視の弾丸』は音速を優に超え、


「ギェッ!?」


 召喚獣の頭部をぶち抜き、巨大なクレーターを生み出した。


(よし、命中ヒット!)


 サソリ型の体液を頭からモロに被った女生徒は、口をパクパクとさせながら固まっている。

 そのうちに前衛の男子二人がフォローへ戻り、なんとか戦線を立て直した。


(ふふっ、イケそうだね!)


 この時計塔からなら、レドリックのほぼ全域が射程に入る。


(さぁ、シューティングゲームの時間だ!)


 ボクは右手と左手で、魔力のビー玉をネリネリし――パシュンパシュンパシュンと弾いていく。

 不可視の弾丸が夕焼け空をはしり抜け、


「ゲッ!?」


「グポ!?」


「アブ!?」


 召喚獣が花火のように破裂し、地面にクレーターが刻まれていく。


(ふふっ、なんか狙撃手スナイパーになったみたいで楽しいね!)


 その後、120発ぐらい撃っただろうか。


(ここまでやれば、もう大丈夫かな?)


 みんなが手こずるであろう大型の召喚獣たちは、超々遠距離から『パシュン』しておいた。

 今や手空きになった聖騎士たちが、周囲のフォローに動いており、圧倒的な『有利盤面』ができている。


(後はフィオナさんとリンが、三重結界を解くまで待ちつつ……。主人公がうっかり覚醒しないよう、目を光らせておこう)


 ボクがそんなことを考えていると、 


「――よぉ」


 目と鼻の先にラグナがヌルリと現れた。

 さすがは『最速の白龍』、けっこう速いね。


「さっきから俺の召喚獣たちが、凄ぇ勢いで消されてんだが……てめぇの仕業だな?」


「おや、バレてしまったか」


 ここまで派手にやれば、にぶいラグナでもさすがに気付く。


(でも残念、ちょっと遅過ぎたね)


 もうやるべきことは、全て終わっちゃったよ。


「くだらねぇ真似しやがって……ぶち殺すッ!」


 ラグナの顔が憤怒にゆがんだ次の瞬間、


「キュォオオオオオオオオッ!」


 巨大な白龍がグルンと体をひねり、その美しいっぽで、時計塔を吹き飛ばした。


(……あの綺麗な白龍、是非コレクションに欲しいな)


 無傷のボクがコレクター魂を燃やしていると、


「……き、きゃああああああああ……!?」


 魔法の使えないニアが、壮絶な悲鳴をあげながら、真っ逆さまに落ちていった。


(この高さは、流石に即死かな?)


 せっかく手駒にしたエインズワース家の当主、こんなところで失うわけにはいかない。


 ボクは落下する瓦礫がれきを足場にして、ヒョイヒョイと跳び移り、彼女を優しく抱き留め――ゆっくりと着地。


「怪我はないか?」


「あ、ありがと……っ」


 何故か顔の赤いニアを降ろしたそのとき、白龍に乗ったラグナが『追撃』を放つ。


「下がっていろ」


「えっ、きゃあ……!?」


 ニアを後ろへ突き飛ばした直後、


「「「「「グロォオオオオオオオオッ!」」」」」


 頭上から降り注ぐのは、巨大な鬼型の召喚獣10体。

 落下エネルギーを味方に付けた彼らは、渾身の力で拳を振り下ろす。


 次の瞬間――凄まじい轟音が響き渡り、大量の土煙が舞い上がった。


「ほ、ホロウ……私を、かばって……っ」


 ニアがペタンと腰を抜かし、周囲の学生たちが息を呑む。


「おい、アイツ生身なんだぞ……っ」


「……これもう、死んだんじゃ……っ」


「今のはさすがに……ッ」


 悲痛な空気が漂う中、


「――まったく、烏合うごうだな」


 ボクはため息をつきながら、鬼の生首をポイと放り投げる。


 足元には、モノ言わぬむくろと化した十体の召喚獣。

 胸に風穴の空いた者、頭部が粉砕された者、原型を留めていない者、無残な遺骸いがいが転がっている。


「おい、アイツ生身なん……だよな?」


「……これもう、人として駄目だろ……っ」


「今のはさすがに……怪我ぐらいしとけよ」


 失礼なことを言う学生たちを無視して、遥か大空へ目を向ける。


土煙を・・・立てる・・・固有・・とは……。さすがは大魔教団の幹部、厄介な魔法を使う」


 肩に付いた砂埃すなぼこりを払いながら、挨拶代わりに軽い煽りジャブを飛ばすと、


「……ほぅ゛……っ」


 超ド短気なラグナは、額に青筋を浮かべ、白龍の背中から飛び降り――ズンッと力強く着地した。


「ホロウ・フォン・ハイゼンベルク、貴様のことは『上』から聞いているぞ? 天賦てんぷの才を腐らせた、『怠惰傲慢な愚物・・』だとな」


「ラグナ・ライン、白龍の背に隠れたまま、空を逃げ回っていればいいものを……。わざわざ『餌』の方から降りてくるとはな」


 お互いの視線が交錯し、共に邪悪な笑みを浮かべる。


「はっ、情報通り、傲慢な野郎だ。自分が『喰らう側』だと思っているのか?」


「くくっ、見た目通り、蒙昧もうまいな男だ。自分が『喰われる側』だと気付いていないらしい」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

【※ちょっとしたお知らせ】

実は此度このたび……ホロウの物語を『カクヨムコン10』に応募してきました!

今後は3月に中間選考が、5月に最終結果が発表されるとのことです。

ちなみに今回のカクヨムコンは、過去最大の応募総数を誇り、なんと驚異の『30000作品』超え(せ、狭き門……っ)。

カクヨムコンを受賞すれば、ホロウの物語は『夢の書籍化』を果たします!

最初の目標は、『3月の中間選考』を突破すること……。

本編の内容はもちろん、カクヨムコンの行方も楽しんでもらえると嬉しいです!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る