第31話:一家に一台

 全体に指示を出し終えたボクが、そろそろ暗躍を始めようかというそのとき――体からスゥっと魔力が抜けていった。

 どうやら第三層『魔力吸収の結界』が張られ、『三重結界』が完成したようだ。


(なるほどなるほど、これ・・が魔力を吸われる感覚か……初体験だね)


 こそばゆいような、もどかしいような、じれったいような、とにかくスッキリしない感覚だ。


「んっ……。なに、これ……変な感じ……っ」


 隣のニアさんが、やけにつやっぽい声を出す。


 きっと初めて魔力を吸われて、驚いているんだろうけど……。


(……やめてくれ、今はそういうときじゃないんだ)


 高鳴る情欲を抑えつつ、冷静に現状を分析する。


(原作通り、吸収される魔力の量は、『割合』じゃなくて『定数』。毎秒いくらいくらって決まっているっぽいね)


 体感的には全魔力の0.00001%……ぐらいだろうか?

 吸われているような感じはするけど、「如何いかんせん微量びりょう過ぎてよくわからん」、というのが正直なところだ。

 自然回復する魔力>>>>>吸収される魔力なので、実質的な被害ダメージは完全にゼロ。

 この結界の中で生活しても、なんら困ることはないだろう。


(ただ……ボクみたいなのは、例外中の例外だ)


 おそらく一般の生徒たちは、魔力のとぼしい者から順に倒れていき――やがて死に至る。

 そうして吸い上げた魔力は全て、あそこ・・・に集められるというカラクリだ。


 そらを見上げれば、強力な三重結界が折り重なり、その頂点に巨大な『黄金のかま』が浮かぶ。


(いやしかし、綺麗だなぁ……)


 あれこそが、ラグナの固有<原初の巨釜おおがま>だ。

 起源級オリジンクラスのこの魔法は、あらゆる事物じぶつを『吸収』・『貯蔵』するという、非常に特異ユニークな特性を持つ。


(あまり戦闘向きじゃないけど……ラグナの職業『召喚士』と組み合わせたとき、一気にバケる・・・


 まず大前提として、原作ロンゾルキアの召喚士は、かなりの『強職きょうしょく』だ。

 何せ召喚魔法を使えば、相手に『多対一たたいち』を強制でき、ほぼほぼ数的有利が取れるからね。


(しかしその分、デメリットも強烈)


 召喚士は一般魔法をまったく覚えられず、召喚系統の魔法しか使えなくなってしまう。

 また後衛職に属するため、いくら数的有利があったとしても、間合いを詰められるとやっぱり苦しい。


(そしてもう一つ、召喚士には『致命的な弱点』がある……)


 それは――シンプルに面倒・・くさい・・・

『召喚獣A』を使役するには、①魔獣や精霊を発見②戦闘して勝利③<契約コントラ>を締結、この三ステップを踏む必要がある。


(ここまでは別にいいんだけど……)


 もしも召喚獣Aが倒された場合、その契約は自動的に破棄され、先の①②③ステップを踏み直さなくちゃいけない。


(これが死ぬほど面倒で、不便なんだよね……)


 当然ながら、同じ戦闘中に召喚獣Aの再召喚は不可能。

 召喚獣B・C・Dと新たな手札を切らざるを得ず、もしもそのうちの一体が倒れたら、その子ともまた契約を結び直す必要がある。


(つまり、『一回切りのタイマン』には強いけど、『連戦』や『長期戦』には滅法弱い)


 だからボクは、最初の職業選択で、召喚士を選ばなかったのだ。


(でも、<原初の巨釜おおがま>を使えば、この・・デメリ・・・ットを・・・踏み・・倒せる・・・


 召喚契約を結ぶとき、<原初の巨釜おおがま>を間に噛ませて、対象の・・・魂の・・一部を・・・吸収・・貯蔵・・

 この『魂の情報』を召喚することで、オリジナルと全く同じ『複製』を呼び出せてしまうのだ。


 これは本物じゃなくて、ただのレプリカ。

 敵に倒されても再契約の必要がなく、その場ですぐに再召喚ができる。

 それどころか、自分の魔力が許す限り、何体でも無限に呼び出せてしまう。

 何せ召喚しているのは、魂の一部をもとに作った複製体に過ぎないからね。


 つまり、召喚獣Aと契約を結び、再召喚を繰り返すだけで……何千何万という『大軍勢』が作れてしまうのだ。


(そしてこの召喚獣Aが、もしも『死霊系の魔獣』だったら?)


 たとえば『スケルトン』、こいつは種族的特性から、水・食料・休息を必要としない。

 ひとたび呼び出せば、文句を言うことなく、永遠に働き続ける。


(ラグナを家族に迎え入れ、死霊系の魔獣と契約させる。それから彼が失神するまで、ひたすら再召喚を繰り返させれば――ボクは文字通り、『無限の労働力』を手にする!)


 ラグナ・ラインが一家に一台あるだけで、面倒な炊事も洗濯も掃除も全て解決!

 ボイドタウンの二大事業、『武器の超大量生産』と『ニュータウンの開発』も、きっと爆速で進むだろう。


 召喚士×<原初の巨釜おおがま>は、やっぱり最高の組み合わせだ。


嗚呼あぁ、欲しいよ……っ)


 ラグナ・ラインが。

<原初の巨釜おおがま>が。

 無限の労働力が。


(喉から手が出るほどに欲しい……ッ)


 ……ふふふっ、キミだけは絶対に逃がさないからね?


(たとえどんな手を使っても、必ず家族へ迎え入れる……!)


 ボクが熱の籠った視線を向けると、三重結界を張り終えたラグナが、凄まじい大声を張り上げる。


「俺は大魔教団幹部『天魔十傑てんまじっけつ』の一人――『獣災じゅうさいのラグナ』だっ!」


 ラグナ・ライン、30歳。

 身長2メートル70センチ、遠目からでもわかる屈強な筋肉、金色の長髪を逆立さかだたせた独特のヘアスタイル。

 暴力性を秘めた琥珀こはくの瞳・捕食者を思わせる大きな口・猛獣のような鋭い犬歯、『金色の獅子しし』の如きワイルドな大男だ。


 おそらく服装には、こだわりがないのだろう。

 上にはシャツなどのインナーは着ておらず、そでの千切られた野性味やせいみあふれる茶色の羽織をまとい、下はボロボロに破けた茶色のズボンを穿いている。


「てめぇらに恨みはねぇが……『上』からの命令があったんでな、今からこの学校をグッチャグチャにする! 三つの結界を張ってあっから、逃げ道はどこにもねぇぞーッ!」


 ラグナがバッと右手をあげると同時、1000体を超える大量の召喚獣が、一斉にレドリックへ進軍を始めた。


「そんでもって、アレン・フォルティス! お前だけが持つ『なんちゃら因子』が必要らしい! 隠れても無駄だ! 大人しく出て来やがれッ!」


 彼は荒々しい魔力を解き放ちながら、手前勝手な要求をズケズケと述べた。


(ふふっ、いいね、最高だよ!)


 ラグナが口にしたここまでの台詞せりふは、原作ロンゾルキアのイベントと全く同じ。


(こういうの、今までも何度かあったけど……やっぱり気分が上がるっ!)


 自分がロンゾルキアの世界に生きている、そんな実感を強烈に与えてくれるのだ。


 ボクがニコニコと微笑むかたわらで、


「な、なんて獰猛どうもうな魔力なの……っ」


 険しい顔をしたニアが、ゴクリと唾を呑んだ。


 そんな折、アレンが校庭に現れる。

 残念ながら、メイド服じゃない。

 いつもの制服に着替えてしまっている。


(とりあえず……この場は主人公に預けようかな)


 メインルートのイベントシーン、本当は最後までじっくり見たいんだけど……。


 ボクの目的は、あくまで完全攻略パーフェクトクリア

 これを達成するためには、いろいろと『裏』で動かなくちゃいけない。


 まずは……最も厄介な『三重結界』を一度この目で確かめておこう。


「ニア、付いて来い」


「うん」


 本校舎を出て裏門へ向かい、結界の外縁部がいえんぶに触れる。


(ふむふむ……)


 原作ロンゾルキアにおける三重結界は、『破壊不能物質アンブロークンオブジェクト』。

 所謂いわゆる『システムに保護された破壊できないモノ』になっていたんだけど……。


(なるほどなるほど、こっちではこう・・いう形・・・に置き換わるのか)


 目の前のこれは、単純に『超高出力の結界』となっていた。

 第三章の時点で、主人公陣営がこれを突破するのは……まず無理だ。

 システム的に壊せないわけじゃないけど、現実的にほぼ壊せない設定となっている。


(いや、面白いね!)


 現実リアル虚構ゲームの中間地点、ちょうどいい『落としどころ』だ。


(<虚空>なら、三重結界を丸ごと消し飛ばすことできる)


 でもその場合、かなり大きな魔力を使うことになり……ボクの正体がボイドだとバレかねない。

 ここはメインルートと同じ『正攻法』、フィオナさんとリンの共同作業で、結界を解析してもらうのが丸いだろう。


(それじゃ早速、キーパーソン二人を見に行くとしようかな)


 ボクが再び移動を始めたそのとき、


「きゃぁああああああああ……!?」


 遥か前方で白服の女生徒が倒れ、


「ゲギギギギギギギギ……!」


 蟲型むしがたの召喚獣が忍び寄る。


「ホロウ、アレ!」


「あぁ、わかっている」


 ボクは右足を振りかぶり、足元をコツンと蹴った。


 次の瞬間、舗装された道がぜ、大小様々な瓦礫がれきが飛ぶ。


「ギ……ゲギャッ!?」


 ラグナの召喚獣は、石の津波に呑まれ、淡い光となって消滅した。


「ねぇ……今のって『生身の一撃』、よね?」


「見ればわかるだろう」


「そ、そっか……(いやいやいや、あんなのもはや『土魔法の奥義』でしょ……っ)」


 何故か顔を引きらせるニアをスルーして、今しがた襲われていた女生徒のもとへ向かう。


「おい、大丈夫か?」


「は、はい……ありがとうございます……っ」


「単独行動は危険だ。どこかのグループに混ざれ」


 その直後、助けを求める声が小耳に入る。


「お、お願い……誰か……っ」


 特別棟の片隅で、女生徒が倒れており、


「バボボボボボボボッ!」


 魚型の召喚獣が、凄まじい勢いで殺到する。


「まったく、次から次へと……」


 足元の小石を掴み取り、適当にポイと投げ付けた。


 次の瞬間、


「バボッ!?」


 召喚獣の頭部が、綺麗にはじけ飛んだ。


「そこの女、さっさと逃げろ」


「は、はぃ、ありがとうございます……っ」


 その直後、また別の場所で悲鳴があがった。


 でも、そちらは聖騎士が対応してくれたっぽく、わざわざボクが出張らずに済んだ。


(うーん、これじゃちょっとキリがないな……)


 どうしたものかと頭をひねったそのとき、ホロウブレインが名案をひらめいた。


(そうだ、あそこ・・・に行けばいい!)


 原作ホロウの知性は、ロンゾルキアで最高の数値を誇る。

 情欲による超弱体化デバフさえなければ、どんな問題も一瞬で解決してしまうのだ。


「ニア、行くぞ」


「こ、今度はどこに……?」


「あそこだ」


 ボクはスッと右腕を伸ばし、レドリックで最も高い建造物――『時計塔』を指さした。

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