第8話:原初の破壊力

 放課後、早速リンの家にお呼ばれした。


(へぇ……片付いているね。ちょっと意外かも)


 研究者の部屋って、なんとなく散らかっているイメージだったけど、ケルビー家のリビングは綺麗だった。


「ふむ、まだ帰ってないのか」


「すみません。四時頃には戻ってくるはずなので、ちょっとだけお待ちいただけますか?」


「あぁ、問題ない」


 ボクとリンは簡素なテーブルを挟んで、木製の椅子に腰を下ろす。


「確かセレスさんは、魔法省で働いているという話だったな」


「はい」


「あそこは激務と聞くが……あまり家には帰らないのか?」


 ボクの質問に対し、リンは腕を組んで考え込む。


「うーん、前はそうでもなかったんですけど……。最近はほとんど魔法省むこうで寝泊まりしていますね。今日みたいに戻ってくるときだけ、<交信コール>で連絡がある感じでしょうか」 


「随分と忙しくしているんだな」


「何やら『特別なプロジェクト』に参加しているみたいで、このところずっと働き詰めなんです」


「なるほど(おそらく『例のアレ』だな)」


 その後しばらくの間、他愛たわいもない雑談に興じる。

 話題の中心は自然と『共通の友人』、エリザのことになった。


「エリザさん、昔から無茶ばかりするので、こっちはもう心配で心配で……」


「ほぅ、そうなのか」


「はい。まるで自分を傷付けるかのように、えて危険な任務に志願するんです」


「なる、ほど……(それは多分、彼女のへきだね)」


 非常にデリケートな問題なので、あまり多くを語らないようにした。


「後はそう、ちょっと自分に厳し過ぎますね。たまに仕事で失敗したときとか、必要以上に自分を責めているんです」


「まぁ、そのきらいはあるな(それは間違いなく、彼女の癖だね)」


 きっと一人でえつひたっているだろうから、どうか放っておいてあげてほしい。


(しかし、昔からずっとそう・・なのか……思ったより遥かに『重傷』だな)


 エリザは高潔こうけつな聖騎士でありながら、『被虐ひぎゃく趣味』という『特殊な癖』を抱えている。

 しかもリンの話を聞く限り、その起源はかなり古いらしい。


(もはや矯正きょうせいは不可能、か……)


 彼女は原作でも人気のヒロインなんだけど、まさか『残念美少女』だとは知らなかった。


(……マズいな、どこかで『まともなヒロイン』を確保しておかないと……っ)


 現状、ボクの周りには、尖った女性しかいない。

 感情激重ハーフエルフだったり、不憫ふびん可愛いチョロインだったり、被虐趣味だったり、借金馬女だったり――とにかくみんな癖が強い。


 ボクは過酷なシナリオに打ち勝った後、運命の人と結婚したいと思っている。

 しかしそのとき、周りにいるのが『なんアリ』の女性ばかりだったら……ちょっと困ってしまう。


(『正統派ヒロインの確保』、かなり重要な課題だな……)


 ボクが今後の人生プランについて、深く思考を巡らせていると――恐る恐るといった風にリンが口を開く。


「ちなみになんですけど……。ホロウくんは、エリザさんのことをどのくらいご存じなんですか?」


「難しい質問だな。一応、それなりに知った仲ではある。ダンダリア孤児院のことも聞いているしな」


「えっ、そんなところまで知っているんですか!? 実は、けっこう深い仲だったり……?」


「まぁ『ほどほど』と言ったところだ」


 ボクが適当に答えを返すと、リンは真剣な表情で語り始める。


「……エリザさんの育った孤児院は、悪い貴族に目を付けられて、いろいろと大変だったんです」


「そうらしいな」


「でも先日、『とても捻くれた優しい人』に救ってもらったそうでして……彼女、凄く感謝していました」


「ほぅ、それは初耳だ」


 どうやらエリザの好感度は、思っていたよりも稼げているらしい。


「誰に助けてもらったのかを聞いてみたのですが、『先方との約束があるので答えられない』と言われました」


「まぁいろいろと事情があるのだろう」


「私、いつかその人に会って、お礼を伝えたいんです。大切な友達を助けていただき、ありがとうございました、って」


殊勝しゅしょうな心掛けだ」


 もう十分に伝わっているよ。


 そんな風にしばらく話し込んだところで――カランカランとドアベルが鳴り、「ただいま」という綺麗な声が響いた。


「あっ、お母さんです」


「どれ、挨拶に行こうか」


「はい」


 ボクとリンが玄関口へ向かうとそこには、今回の主目的メインターゲットが靴を脱いでいた。


(ふふっ、ようやく会えたね)


 セレス・ケルビー、33歳。

 身長167センチ、透明感の強い薄緑のロングヘア。

 柔らかい緑の瞳・瑞々みずみずしく白い肌・均整の取れた顔、とても美しくて可愛らしい人だ。

 何よりも特筆すべきは、その完璧なプロポーション。作中屈指の豊かな胸・健康的にくびれた細い腰・肉感のある太腿ふともも――驚くほどにスタイルがいい。

 魔法省の黒い制服を着ており、ふちの細い眼鏡を掛けている。

 確か若い頃に夫を亡くしており、それからはずっと独り身のはずだ。


「あれ、そちらの方は……リンのお友達?」


 セレスさんはコテンと小首を傾げた。

 一つ一つの動きが、妙に色っぽい。


「はい、クラスメイトのホロウくんです」 


「あらあら、ようこそいらっしゃ――きゃぁ!?」


 セレスさんは玄関のわずかな段差につまずき、ボクを廊下に押し倒した。


(こ、これは……っ)


 彼女の豊かな胸が、顔にむぎゅっと押し当てられる。

 それは大きくて温かくて柔らかくて――とてもいいにおいがした。


「ご、ごめんなさい……怪我はないですか!?」


 セレスさんは大慌てで立ち上がり、ペコペコと頭を下げた。


「……えぇ、問題ありません」


 ボクもゆっくりと立ち上がり、静かに呼吸を整える。


 正直なところ――かなり危なかった。


(くそ、なんて破壊力・・・だ……っ)


 一撃で意識しょうきを持って行かれ掛けた。

 たけり狂う情欲のまま、目の前の『果実』を鷲掴みにするところだった。


(今の破壊力、最低でも起源級オリジンクラスはある……ッ)


<原初の氷>だとか、魔人化の力だとか、勇者因子の覚醒だとか、もはやそんな次元の話じゃない。

 全ての男にとっての『特攻属性』――言うなればそう、『原初の破壊力』を秘めていた。


(セレス・ケルビー……『アリ』だな)


 そこまで考えたところで、フッと我に返る。


(い、いやいや待て待て……っ。クラスメイトの母親に手を出すとか、ちょっとマニアック過ぎるだろ!?)


 ボクはエリザと違ってノーマル、そういう『特殊な癖』は持ち合わせていない。


 ……でも一つ、どうかこれだけは言わせてほしい。


(セレスさん、さすがにそれ・・は『犯罪』だよ……っ)


 彼女はどこからどう見ても20歳。

 どれだけ上に見積もっても25歳。

 とても『33歳の未亡人』には見えない。


(若い外見に豊かな胸に大人の色香いろか……もう『チート』じゃん……ッ)


 こんなの、ボクじゃなくても頭がおかしくなっちゃうよ。


(ふぅー……)


 心の中のガスを抜き、情欲をしずめていると――セレスさんがコホンと咳払いをした。


「はじめまして、リンの母親セレス・ケルビーです、よろしくお願いしますね。えーっと……」


「申し遅れました、ホロウ・フォン・ハイゼンベルクです。リンさんとは同じクラスで、仲良くしていただいております」


 ボクが礼儀正しく自己紹介をしたその瞬間、


「……ハイゼン・・・・ベルク・・・……?」


 セレスさんの顔が、ピシりと固まった。

 その瞳の奥には、強い『恐れ』が渦巻いている。


(まぁ無理矢理とはいえ、『後ろめたい研究』に参加しているからね)


 ハイゼンベルク家が、自分を始末しに来た――そう思ったのだろう。


 でも、安心してほしい。

 セレスさんを殺すつもりは毛頭ない。

 むしろその逆で、あなたを助けたいとさえ思っている。


「はじめましてセレスさん、お噂はかねがね聞いております。『魔法因子の分離研究』における第一人者である、と」


 彼女とはできる限り、友好的な関係を築きたい。

 そう思って、伝家の宝刀『優しい貴族スマイル』を切った。


(わ、笑った……っ。あの・・極悪貴族が……ッ)


 どうやら逆効果だったらしく、余計に怖がらせてしまった。


(うーん、おかしいなぁ)


 最近、鏡の前で優しい笑顔の練習をしているんだけど……。

 この結果を見る限り、まだまだ練習不足のようだ。


「お母さん、驚きました? ホロウくんは『四大貴族』――しかも、あの・・ハイゼンベルク家の次期当主さんなんですよ!」


 無邪気に微笑むリンとは異なり、セレスさんの顔はとても固い。


「あ、あはは、凄いですね。ちょっと驚いてしまいました……っ(リンには危害を加えていない。今も私を殺そうとしない。きっとまだ『疑いの段階』なんだ)」


 彼女はチラリとこちらに目を向ける。


(でも、ハイゼンベルク家ににらまれたら……もう終わりだ、絶対に逃げられない。あの大貴族ヴァラン辺境伯でさえ、全ての悪事を暴かれて失脚した。しかもこの件には、『次期当主』が直々に出ている。――おそらく私は、遠からず殺される。せめてその前に、あの・・おぞましい研究』を壊さなくちゃ……ッ)」


 セレスさんはしばし考え込んだ後、


「え、えっと、その……どうぞごゆっくりしていってください……っ」


 ぎこちない笑顔を浮かべ、まるで逃げるように自室へ引き籠った。

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