第2話:ショートカット

 聖暦1015年6月2日23時。

 ボクは自室の椅子に座り、グーッと体を伸ばす。


「ふぅ……疲れたぁ」


 今日は朝から晩までずっと『イベント』続きで、なんともまぁ忙しい一日だった。


 まずは朝、父ダフネスに闇の大貴族ヴァランを始末したむねを報告しに行く。


「――このような形で、ヴァラン・ヴァレンシュタインを捕縛し、聖騎士エリザ・ローレンスへ身柄を引き渡しました」


「そうか、よくやった」


 父は言葉ことばすくなにそう言った。


 正直、これにはかなり驚いた。

 ダフネス・フォン・ハイゼンベルクは、原作ロンゾルキアで最も『不器用』な男。

 そんな彼が、褒めたのだ。

 捻くれた表現をまったく用いず、ただただ素直に『よくやった』と。


(これは紛れもなく『最大級の賛辞』!)


 父の中で、ボクの評価が大きく向上したことは間違いない。


(ふふっ、このまま信頼を積み上げて行けば、レドリック在学中にハイゼンベルク家を継げるかも……?)


 いや、さすがにそれはちょっと望み過ぎかな。

 でもまぁ昔から、『夢は大きく』って言うしね。


 次に昼は、『高利貸し』と面談の場を持った。


「急に呼び立ててすまないな。こちらから出向いてもよかったのだが……」


「いえいえいえ、滅相もございません! ホロウ様に御足労をいただくわけにはいきませんので、はいはいはい!」


 超高速で胡麻ごまをするこの男は、ローレンス夫妻とダンダリア孤児院を言葉巧みに騙し、泥沼の『借金地獄』に沈めた極悪人だ。


 ボクは端的に伝えた。

 そちらの利率が王国の法律に反したモノであること、後ろ盾のヴァランはこの手で始末したこと、本件に対してかなり不愉快な思いを抱いていること。


 その結果、


「え、えぇえぇえぇ、大変申し訳ございません……っ。本当に本当に本当に些細な行き違いから、ローレンス夫妻には大変なご迷惑をお掛けしてしまい……ッ。なんとお詫びすればよいことやら……しくしくしく」


 癖の強い高利貸しは、嘘くさい涙を浮かべながら、薄っぺらい謝罪を述べた。


 最初、ボイドタウンに送る案も考えたんだけど……。

 この男は、珍しい魔法因子を持っていないので、単純に労働力が+1されるだけ。

 それよりも彼には、『もっといい使い道』がある。


「今ここでむごたらしく殺されるか、超低利の金貸しとして慈善事業に励むか、楽しい理想郷ボイドタウンで強制労働に勤しむか――好きな未来を選ぶといい」


 恒例の『ドキドキワクワク三択アンケート』を取ると、超低利の金貸しとしてハイゼンベルク領で働く道を選んだ。

 これでうちの領民たちに『もしものことがあった場合のセーフティネット』ができた。


(もちろんお金なんて借りない方がいいけれど……人間生きていたらいろいろなトラブルがあるからね)


 こういう『万が一の命綱』は必要だろう。


 当然ながら、高利貸しの利益はゼロに等しく、今後一生タダ働きになるけれど……。

 彼は今まで多くの人達を騙し、借金地獄に突き落としてきた――『自業自得』というやつだね。


 最後に夜は、聖騎士協会王都支部の重役三人を家族に加えた。


 虚の構成員シュガーに監視と尾行をお願いして、彼らが人気ひとけのない路地裏に入ったところで連絡をもらい――お迎えにあがる。


「――お前たちが、王都支部の『腐ったミカン』だな?」


「あぁ゛ん……なんだ、てめぇ?」


「いきなり随分なモノ言いだなぁ……。わかってんの? 俺達の気ぃ悪くすりゃ、お前もその家族もみんな、刑務所ぶたばこ行きだぞ?」


「がっはっはっは、せいぜい身の回りに気を付けるこった! 明日、『不慮の事故』に遭っちまうかもしれねぇからなぁ!」


 三人は酒に呑まれており、臭い息を吹き掛けてきた。


(なんとまぁ醜い奴等だね)


『品性下劣』とは、彼らのためにある言葉だろう。


 でも大丈夫。


「――そうおびえるな、俺達はもう『家族』じゃないか」


 ヌポン。

 事務局長が消えた。


 それと同時、


「「……えっ……?」」


 二人の顔から笑みがせる。


 どんなゴミにだって、使い道はあるものだ。

 これから一緒に『まだ見ぬ自分の価値』を探しに行こう。


「お、おい誰か! こいつを殺せ! 金ならいくらでも払――」


 ヌポン。

 副支部長も消えた。


「ひ、ひぃ……っ。たす、たす、助け……お願い、命だけは――」


 ヌポン。

 支部長も消えた。


 絶大な権力を誇り、私利私欲の限りを尽くした重役三人は、ボイドタウンの住人A・B・Cに生まれ変わったのだ。


(よしよし、『上の席』が綺麗に空いたね)


 これでうちのエリザが、王都支部の新たなおさ抜擢ばってきされることだろう。


(ふふっ、そうなればもうこっちのものだ!)


 ゆっくりと時間を掛けて、聖騎士協会を内部から乗っ取り――ゴホン、『浄化』していくとしよう。


 っとまぁこんな感じで、朝から晩までイベントをこなし、今ようやく一息ついたところだ。


(明日は学校があるから、今日はもうゆっくり休みたいんだけど……)


 残念ながら、そういうわけにもいかない。

 まだ『残業』があるのだ。


「さて、もうひと頑張りっと」


 紙と羽根ペンを取り、机に向かう。


(第二章の後片付けも終わったし、明日から本格的に『第三章』が始まる……。今回はこれまでと『毛色』が違うから、どんなルートでクリアするか、きちんと考えておかなくちゃね)


 第一章は『大翁おおおきな』ゾーヴァの目論見もくろみを潰し、第二章は『闇の大貴族』ヴァランの国家転覆クーデターを未然に防いだ。

 二つともこちらから能動的に動いて、大ボスの邪悪な野望を阻止する――というストーリーラインだ。


(でも第三章は、これまでと打って変わって、敵がこちらへ攻め込んでくるタイプ……)


 ずっと同じパターンを繰り返していると、プレイヤーもちょっと飽きてくるので、『変化球』を織り交ぜてきたのだ。

 原作ロンゾルキアは、この辺りの塩梅あんばいが絶妙だね。


(そしてこの第三章のメインは――『学校パート』)


 今まで大貴族の陰謀とかハイゼンベルク家の闇の仕事とか、ちょっと『黒いシナリオ』が多かったので、レドリックの明るいイベントは清涼剤&味変あじへんになるだろう。


 しかし、しかしだ。

『謙虚堅実』を標榜ひょうぼうするこのボクが、のんべんだらりと学校で過ごすことは――決して許されない。


(原作ホロウは世界に中指を立てられた存在、わずかかな油断や慢心が命取りになる……)


 ボクは誰よりも修業に励み・誰よりも思慮を重ね・誰よりも準備をして、『抜きん出た存在』にならなくちゃいけない。

 そうして主人公を周回遅れにするぐらいの――『圧倒的な大差』を作るのだ。


(ここで問題になるのが、どうやって周囲と差を付けるか……)


 これを解決する鍵は――『受験勉強』だ。


 入試直前となる三年生の夏休みは、みんな多かれ少なかれ勉強する。

 だから、その期間にどれだけ努力しても、あまり大きな差はつかない。

 であれば、いったいどこで『大差』が生まれるのか?


(答えは簡単! 他の受験生が勉強をしていないとき――つまり、第三章の学校パート、まさに今ここだッ!)


 みんながゆっくりまったりするであろう、このおだやかな時間を利用して、ボクは築き上げる!


 圧倒的な力を!

 万全の備えを!

 周囲との関係性を!


(ひたすら努力し続けて、圧倒的な大差リードを作ってやる!)


 もちろん、自分が強くなるだけじゃ駄目だ。

『真・主人公モブ化計画』をきちんと動かし、アレンへの『妨害工作』も手抜かりなく行う。


(そのためにも第三章は、いつもより丁寧に進めないとね!)


 羽根ペンを動かし、今後のイベントを紙に書き出していく。


(明日から『聖レドリック祭』の準備期間だ、どこかで『第十位』と軽く関係を持って……。後はそう、エインズワース家の地下から運び出した『例のアレ』は、ゾーヴァに解析を急がせよう。あ゛ー、『紫色のボロ雑巾』も近日中に回収しておかなきゃ。商店街のイベントは……うん、自然に組み込めるな)


 頭の中にある原作知識を引っ張り出し、『最高効率の攻略ルート』を組んでいく。

 そうして順調にレールをいていく中で、一つ問題が浮上した。


「……この・・母娘おやこ』、どうしよう」


 リン・ケルビーとセレス・ケルビー、天才的な魔法研究者だ。 

 リンとセレスさんは『ヒロイン枠』ではなく、あくまでも『便利なサポートキャラ』という位置付けであり、メインルートの攻略において『回収必須』というわけじゃない。


(ただ……二人を仲間に加えられるのは、第三章のこのタイミングだけだ)


 所謂いわゆる『取り返しのつかない要素』というやつだね。


(研究職は貴重だ、どれだけいても困らない)


 なんなら百人でも千人でも欲しいぐらいだ。


(でも、このケルビー母娘を仲間に加えるイベント……。ちょっと『カロリー』が高いんだよなぁ……っ)


 出会い→関係構築→自宅訪問→イベント発展→仲間に引き込む。


(……さすがに長い、どうやったって十日は掛かる……)


 ここに大量のリソースを割くぐらいなら、他のイベントを三つこなした方が絶対にお得だ。


(あの母娘を引き入れられるのは、第三章のここしかないけど、優秀な研究職は確かに欲しいけど……仕方ない、ここは諦めよう)


 あまり欲張り過ぎたら、他のもっと大切なモノを取りこぼしちゃうからね。

 時には諦めも肝心だ。


 そんな風にして、ルートを練ること一時間、


「――よし、できた!」


 我ながら、中々にいい絵図えずを描けたと思う。


(後は『死亡フラグの管理』だけど……今回はそこまで気を張らなくてもいいかな)


 第三章の死亡フラグは、比較的わかりやすいモノが多いから、そんなに警戒しなくても大丈夫だろう。


 一つ注意するならば、この章から『暗殺者』が解禁されるということ。

 原作ホロウは至るところで恨みを買っている、そうでなくてもハイゼンベルク家はうとまれている。

 そのためこの第三章からは、『暗殺者イベント』がランダムで発生し、原作ホロウを殺しに来るのだ。


(……いったいこの世界は、どれだけボクのことが嫌いなんだろうね……)


 わかってはいたことだけど、やっぱりちょっと悲しくなってしまう。


 ――さて、気を取り直して『最終盤面』を考えよう。


(今回の『大ボス』は、ちょっと面倒くさいんだよなぁ……)


 もちろん単純な強さもあるんだけど、それ以上に『厄介だ』という印象が強い。


 今まではボクが襲う側だったけど、今回は襲われる側になる。

 向こうは『万全の準備』を整えたうえで、激しい総攻撃を仕掛けてくるため、最初からかなり不利な状況に置かれるのだ。


(それに何より……第三章の大ボスは『確保必須』)


 第一章の大翁ゾーヴァは、300年と積み上げた知識に価値があった。

 第二章の闇の大貴族ヴァランは、その巧みな情報操作が非常に魅力的だった。

 そして第三章の大ボスは――『固有魔法』がめちゃくちゃ便利だ。


起源級オリジンクラスアレ・・をゲットできれば、ボイドタウンの労働力問題は一気に解決する!)


 さらには、王選の・・・その後・・・見据えた・・・・計画・・が、完璧で盤石なモノになるだろう!

 なんとしても『家族』に迎えられるよう、全身全霊を注がなくちゃいけない。


(来たるべき最終盤面に備えて、ボクもしっかりと修業レベリングを……って、待てよ)


 そこまで考えたところで、『とんでもないこと』を思い付いてしまった。


「これ……今から『大ボス』を狩りに行けばいいんじゃね?」


 第三章のラストは、大魔教団の『幹部』がレドリック魔法学校を襲撃してくる。

 先制攻撃を受けて不利な立場になるぐらいなら、逆にこっちから襲っちゃえばいい。


 だって、ボクが転生したのは『主人公』ではなく――『悪役貴族』。

 敵が変身中でも、必殺技の途中でも、準備をしている最中でも、容赦なく倒しに掛かっていい身分だ。

 いや、原作ホロウのキャラ設定を遵守じゅんしゅするなら、むしろそうすべきだろう。


(もしもこの案が上手く行けば……第三章は開幕と同時に終わる!)


 そうなれば必然、主人公の強化イベントは全て消滅!

 アレンは経験値を一ミリも得ることなく、勇者因子を覚醒させられず、そのまま過酷な第四章へ放り込まれる!


 つまりこれは、ただの時短だけでなく、最高の勇者対策になるのだ!


「くくっ……素晴らしい! 夢の『超絶ショートカット』じゃないか!」


 そうと決まれば、善は急げだ。

 漆黒のローブと仮面を身にまとい、『お迎えの準備』を整える。


「さぁ、第三章の大ボスを狩りに行こう!」

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