第3話:超エキサイティング

 第三章の大ボスを開幕と同時に始末すると決めたボクは、すぐに<交信コール>を使い、王国の諜報を担当している五獄ごごくへ念波を飛ばす。


(――ルビー、こんな夜遅くにごめんね。ボクだよボク、ボイド)


(ぼ、ボイド様……!? 如何いかがなされましたか!?)


 美しい声にまぎれて、チャポチャポという水の音が聞こえてきた。

 どうやら彼女は今、お風呂に入っているらしい。


(これからちょっと大魔教団を襲撃しようと思ってさ。ほらルビーって、王国の諜報担当でしょ? 王都周辺にある奴等のアジトとか、教えてもらえると助かるなぁって)


(もちろんでございます。……と、ところで、その……御同行しても、よろしいでしょうか?)


(アジトの位置さえわかれば、なんでもいいんだけど……もしかして暇だったりする?)


(はい! 暇です! 途轍とてつもなく!)


(なら、久しぶりに『夜の散歩』へ行こっか)


(ありがとうございます!)


 っというわけで、大魔教団の幹部をあぶり&探し出すため、連中のアジトを潰して回ることになった。


 その後、ルビーと合流したボクは<虚空渡り>を使い、王都から遥か南方の森へ飛ぶ。


「奴等のアジトは……っと、アレ・・だね」


 前方に不自然な魔力の揺らぎを感じる。

 よくよく目を凝らせば、不可視の結界が張られており、その中に大きな研究施設があった。


「さ、さすがはボイド様、隠匿いんとくされた結界を一目で見抜かれるとは……っ」


「こういう魔力の感知は、けっこう得意なんだよ、っと」


 虚空を使い、結界を丸ごと消し飛ばしてやる。

 その結果、何もなかったはずの空間に巨大な研究施設が出現した。


「さて、お邪魔しようか」


「はい」


 ボクが先頭を歩き、ルビーがその後ろに付き従う。

 重厚な鉄の扉・強固なバリケード・侵入者対策の罠を問答無用で消し飛ばしながら、薄暗い廊下をカツカツカツと歩くことしばし――前方に大魔教団の戦闘部隊が現れた。


(ひー、ふー、みー……三十人ぐらいかな?)


 一団の先頭に立つ男は、ギッとこちらを睨みつける。


「急に結界が消えたかと思えば……やはり貴様の仕業か、『ボイド』ッ!」


「教団の幹部を探している。ここにいてくれると助かるんだが?」


「はっ、そっちの都合なんざ知ったことか! ――お前たち、やれぇッ!」


 合図と同時、背後に控えた戦闘員たちが、一斉に魔力を解き放つ。


「――<火焔の嵐フレア・ストーム>!」


「――<雷撃の矢ライトニング・アロー>!」


「――<氷塊アイス・ブロック>!」


「――<木人形ウッド・ドール>!」


「――<水の斬撃ウォーター・スラッシュ>!」


 炎・雷・氷・木・水、多種多様な魔法が殺到する。

 しかしそれらは全て、ボクに触れる直前――虚空に呑まれて消えた。


「あ、アレ・・が噂に聞く、<虚空憑依>……っ」


「あらゆる攻撃を無効化する、ボイドの『絶対防御』……ッ」


「くそ、あんなの反則だろ……!?」


 敵さんの顔が、わかりやすく絶望に染まる。


「さて、次はこちらの番だな」


 ボクがパチンと指を鳴らすと、漆黒の球体が空中に浮かぶ。

 今回の虚空玉こくうだまは『広域殲滅用』、半径二メートルの大きな球体を100個ほど展開した。


「――<虚空まわし>」


 勇者たちに『破滅の月』と恐れられるそれは、超高速で縦横無尽に動き回り、進路上にある全てを喰らい尽くす。


「な、なんだこれ、なんだよこ――」


「やめろ……っ。来るな、来るなァああ――」


「ボイド……頼む、助けてくれ……ッ。もう二度と悪いことはしな――」


 三十人の戦闘員たちは、一人また一人とボイドタウンへ飛ばされ、あっという間に全滅した。


「この研究施設はちょっと広そうだし、虚空玉でパッと更地さらちにしちゃおうか」


「さすがはボイド様、実に効率的な名案かと」


 もしここに第三章の大ボスがいたとしても、きっと多分おそらく生き残るだろうし、多少無茶をしても大丈夫……なはず。

 そんな軽い考えのもと、虚空玉に生体感知を付与して、ポイポイポイとバラいた。

 後はカップラーメンと同じで、だいたい三分ぐらい待てば、綺麗になっていることだろう。


「そう言えばルビー、例のアレ――『王の虚城こじょう』の部屋割りって、どうなったの?」


 ボクとダイヤの寝室が隣同士という、恐ろしくどうでもいい問題が発生し、五獄ごごくは冷戦状態になっている。


「御心配をお掛けして、申し訳ございません。その件でしたら、無事に合意へ至りました」


「それはよかった」


 ボクとルビーが雑談に興じている間、


「な、なんだこの黒い球は……!?」


「離れろ! これはボイドの遠隔こうげ――」


「総員、実験データを持って緊急避難! この研究所はもう持たな――」


「ボイド、聞こえているだろうっ!? 我々は投降するッ! だから、もう虐殺はやめ――」


「やだ、やだ、死にたくない、死にたくなぁああ――」


 虚空玉が猛威を振るい、そこかしこで凄まじい絶叫が響き渡る中、ボクは先ほどの話を続ける。


「ちなみに、どこで合意が取れたの? ボクの寝室はどんな感じになった?」


「ボイド様の寝室は、『正五角形』になりました」


「せ、正五角形……!? それはまた、随分と攻めたね……っ」


「はい。五角形の各辺に隣接するような形で、五獄の寝室を配置すれば、私達はみんな平等にボイド様を感じることができる――ウルフの出した妙案です」


「なる、ほど……。さすがはウルフ、ユニークなことを考える……っ」


 個人的には、『デッドスペース』がとても気になるところだけど……。

 みんなが納得しているのなら、仲良くしてくれるのなら、別になんでもいいや。

 そもそもの話、あの城で寝ることなんて、ほとんどないだろうしね。


 そんな話をしているうちに、断末魔が聞こえなくなった。

 どうやらみんな、虚空に呑まれたらしい。

 労働力、ゲットだぜ。


「んー、ここにはいなかったみたいだねぇ、幹部」


「んー、いませんねぇ、幹部」


 ちなみにルビーは、ボクの隣にぴったりとくっついて離れない。

 今みたく二人っきりのとき、彼女は『超甘えん坊モード』になるのだ。


(というか、こっちが『素』なんだよね)


 普段のキリッとしたルビーは、うつろの最高幹部としてかなり気を張っている。

 本人いわく、「ボイド様の品位を落とさぬよう、自分を厳しく律しております」とのこと。


(ボクの品位なんか気にしなくてもいいし、ありのままのルビーが一番素敵だと思うんだけど……)


 人が努力していることに対して、「あーだこーだ」と注文を付けるのもどうかと思ったので、基本は彼女の自由意思に任せている。


「さて、次はどこを攻めようかな」


 ボクが簡易的な地図を広げると、


「この辺りだと……あっ、こことか近いかもです」


 ルビーはそう言って、とある一点を指さした。


「ふむふむ、ヲートル湖畔こはんね――おっけ、行こっか」


 ボクが左手を差し出すと、


「はい」


 ルビーは嬉しそうにギュッと握った。

 二人で一緒に飛ぶときは、いつもこうして手を繋ぐ。


 ルビーは昔、暗くて狭い穴蔵あなぐらに押し込められ、龍族に虐待されながら育った。

 そのため当時は暗所あんしょ閉所へいしょを極端に嫌い、<虚空渡り>の黒い渦に飛び込むのを怖がった。

 どうしたものかと困ったとき、「手を繋いでいただけたら……大丈夫かも、しれません」と言うので、その通りにしてあげた。


 それはいつの間にか二人の『お約束』となり、大人になった今でも続いている。


 個人的には、ちょっと恥ずかしい気もするんだけど……。


「えへへ」


 ルビーが嬉しそうだし、もう少しこのままでもいいかな。


 その後、何か所のアジトを潰しただろうか。


(……おかしい、いくらなんでも情報がなさ過ぎる……)


 これだけ派手に探し回っているにもかかわらず、幹部ターゲットが見つからないどころか、奴の名前一つとして出て来ない。

 如何いかにも重要っぽい施設も漁った、役職持やくしょくもちっぽい敵も尋問に掛けた、おかげで大魔教団の機密情報をたくさんゲットできた。

 しかしどういうわけか、幹部の・・・情報だけ・・・・は、影も形も掴めない。


 これは明らかに不自然だ。


(もしかして……『システム的な規制ブロック』か?)


 今ここで大ボスを倒せば、第三章は開幕と同時に終わり、第四章へ突入する。


(この世界にはそういう『極端なショートカット』を防ぐ秩序ルールが存在し、大ボスに辿り着けないようになっている……うん、十分に考えられる話だ)


 何せここは、現実リアルでもあり虚構ゲームでもあるからね。

 その手の『特殊な制限』が掛かっていても、まったく不思議じゃない。


(現状から推理すると……大ボスに関するなんらかの『フラグ』を立ててからじゃないと、その章の最終盤面へ進めないようになっている、って感じかな?)


 この件はまた、メインルートの進行に応じて、裏で検証を進めるとしよう。


(なんにせよ、『ロンゾルキアの根幹を成す情報』、この価値は非常に大きい)


 例えば世界の修正力・イベントの強制力・勇者の秘密などなど……『世界の法則』に関する情報は、文字通り『黄金の価値』を持つ。


(それに何より――面白い・・・っ!)


 こうして世界の謎を一つ一つ解き明かしていくのは、自分がロンゾルキアに生きているのだという実感を強く与えてくれる。


(幹部は見つからなかったけど、もっといいモノを見つけちゃったね!)


『第三章のショートカット』と『世界の根幹を成す情報』、どちらが有益かなんてえて言うまでもない。

 別に大ボスは放っておいても襲ってくるし、そのときにしっかりと家族へ迎えればいい。


(さて、と……今回の狩りはこれ・・を最後に終わろうかな)


 現在侵攻中のここは、ルビーいわく『大魔教団が構える王国最大のアジト』とのこと。


(これ以上やり過ぎたら、教団が潰れかねない……)


 彼らはロンゾルキアのストーリーにおいて、非常に大きな役割を持つ。

 それがこんな序盤に壊滅しては、メインルートへの影響が大き過ぎる。

 ちょっと名残惜しいけれど、『教団狩り』はそろそろ打ち止めにすべきだ。


 ボクがそんなことを考えていると――ここのトップらしき男が膝を突いた。


「はぁはぁ……っ。ボイド、お前は……その虚空は『無敵』なのか!?」


 さっきから剣や魔法や爆発物を使い、凄まじい猛攻撃を仕掛けていた彼だけど……<虚空憑依>を突破できず、諦めてしまったようだ。


「自分の固有を無敵と過信した魔法士は、遠からず命を落とす」


「……ハッ、敵ながら恐ろしいよ。それほどの力を持ちながら、どこまで謙虚な男なん――が、ふ……っ」


 ボクの放った軽い蹴りが、男の顔面を正確に捉えた。

 彼は遥か後方へ吹き飛び、コンテナに激しく衝突――ズルズルと床にずり落ちる。


「さて、キミも家族に……ん?」


 ボイドタウンへの扉を開いたところで、『異変』に気付く。

 今しがた蹴り飛ばした男の懐に、キラリと光るプレートらしきモノがあるのだ。


(あ、アレ・・はまさか……『レアドロップ』!?)


 ボクは獣のように飛び掛かり、彼のシャツを豪快にぎ取っていく。


 正直なところ、ちょっぴりガッカリしていた。

 こんなにたくさんの敵を倒したのに、レアドロップが一つもなかったからだ。

 しかし、最後の最後で『お宝』にありつけたらしい。


「これは……おぉっ!?」


 ボクが思わずガッツポーズを取ると、


「ボイド様、それなんですか?」


 ルビーがひょっこりとのぞき込んできた。


「このプレートはね、とあるパーティへの『入場券』だ」


「パーティ?」


「そう、最高にスリリングで超エキサイティングな――『闇オークション』だよ!」


「うわぁ、楽しそうです!」


「あぁ、凄く楽しいところだ」


 第三章から解禁される、秘密の闇オークション。

 そこには世界中から、『超激レアアイテム』が集まってくる。


(――あっ、『イイこと』を思い付いた!)


 早速明日の夜、闇オークションに参加するとしよう!

 ふふっ、これはまた楽しいことになるぞ!

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