第26話:最後の思い出作り

 ニアの修業を見るようになって、ちょうど三週間が経った日のお昼休み。


 ボクがいつものように購買へ行こうとすると、直方体のブツをズズイと押し付けられた。


「……ニア、なんだこれは?」


「お弁当を作ってきたの、噴水広場で一緒に食べましょ」


「何を企んでいるのか知らんが……俺に毒の類は効かんぞ?」


 原作ホロウは頻繁に毒殺されるので、そこは真っ先に手を打った。

 フィオナさんの固有魔法<蛇龍の古毒ヒドラ>を利用して、この世に存在する毒から実在しない毒まで、多種多様なモノを取り揃えてもらい――それら全ての無力化に成功している。


 やり方は簡単。

 原子サイズの『虚空の欠片』を体内に生成し、それらを満遍なく全身に行き届かせるだけ。

 もしも毒物の侵入を許した場合は、虚空の欠片が瞬時に異常を検知し、有害物質を自動的に虚空へ消し飛ばす仕組みになっている。

 人間の免疫機構を参考に作った『自動防衛システム』、ボクはこれのおかげで、毒物に対する『完全耐性』を獲得した。


「ど、毒って……っ。失礼ね、そんなの入ってないわよ!」


 ニアはそう言って、アホ毛をピンと立たせる。

 まぁ……購買のメニューにも飽きてきたところだし、せっかくだからご相伴しょうばんあずかるとしよう。


 ボクとニアはレドリックの敷地内にある噴水広場へ移動し、適当に空いているスペースへ腰を下ろした。


「「――いただきます」」


 両手を合わせて食前の挨拶。

 ニアの持参した弁当箱を開けるとそこには、おにぎり・ハンバーグ・唐揚げ・エビフライ・玉子焼き・ポテトサラダ・新鮮な野菜などなど、豪華な料理が敷き詰められていた。


「これは、全部ニアが……?」


「えぇ、そうよ。早起きして作ったんだから、感謝して食べてよね」


「ふむ……(そう言えばニアには、『料理が得意』という設定があったな)」


 そんなことを思い出しながら、好物の玉子焼きを口へ運ぶ。


「どう、おいしい……?」


 ニアはそう言って、コテンと小首を傾げた。


(……はっきり言って、めちゃくちゃ旨い)


 口に入れた瞬間、タマゴの優しい甘さがふんわりと広がり、後詰ごづめにダシの柔らかい風味が駆け付け、幸せの調和ハーモニーが奏でられた。

 なんなら毎日食べたいまである。


 ただ……これをそのまま伝えては、ホロウのキャラが崩壊してしまう。

 ボクは怠惰傲慢な極悪貴族、原作の設定は忠実に守らなければいけない。


「まぁ……悪くはないな」


「ふふっ、素直じゃないわね」


 ボクの心の内が伝わったのか、ニアは嬉しそうに微笑んだ。

 まだ三週間と付き合いこそ短いが、なんとなくお互いの思っていることは、わかり合えるようになった……気がする。


 そして迎えた放課後、


「ねぇホロウ、これからちょっと王都へ遊びに行かない?」


 ニアは開口一番にとんでもないことを言い出した。


「お前、修業はどうするつもりだ? もう後一週間しか残って――」


「――たまにはいいじゃない。気分転換も修業の一環ってね」


「あっおい、ちょっと待て……っ」


 半ば無理矢理、王都の街へ連れ出された。


 流行りの洋服店へ出向き――。


「どう? 夏物の新作ワンピース、似合っているかしら?」


「……馬子まごにも衣裳いしょうだな」


 めちゃくちゃ可愛かった。


 人気の喫茶店へ連れて行かれ――。


「んー、おいしい! これ、今週だけの限定パフェでね、ずっと狙ってたんだぁ」


「そうなのか」


 普通においしかった。


 王立の動物園へ足を運び――。


「あっ、見て見てホロウ! あそこ、飛龍の赤ちゃんがいるわよ! うわぁ、可愛ぃ……っ」


「ほぅ……旨そうだな」


 何故か怒られた。


 そんな風に王都で遊び回っていると、気付けば、夕陽が街を赤く照らしていた。


「あー、楽しかったぁ。こんなに遊んだのは、十年ぶりぐらいかしら」


「まったく、こういうのはこれっきりで最後だからな」


「『最後』……。うん、そうね。これが最後よ」


 ニアは小さな声で、意味深にポツリと呟いた。


 その後は他愛もない話をしながら、家路いえじの途中まで肩を並べて一緒に歩く。


 そんな折、


「――ねぇホロウ、あれは何かしら?」


 ニアはそう言って、遠くの方を指さした。


「どれのことだ……?」


 ボクがそちらへ目を向けた瞬間、柔らかく温かいモノが頬に触れる。


「……っ」


 一瞬、世界の時間が止まった。


 目の前に、ニアの美しい顔がある。


 それは――優しくてはかないキスだった。


 ボクが硬直している間に、彼女は目を伏せたまま、一歩二歩と後ろへ下がる。

 その顔が真っ赤に見えるのは、きっと夕焼けのせいではないだろう。


「……なんの真似だ?」


「べ、別に……深い意味はないわ。これまでのお礼よ」


 ニアはそう言って、照れ隠しとばかりに微笑んだ。

 その笑顔は美しく儚げで恥ずかしそうで――今にも泣き出しそうだった。


 やっぱり今日の彼女は、何かおかしい。


「おい、何があった? そろそろ説明を――」


「――さようなら、ホロウ。昔のあなたは大っ嫌いだったけど、今のあなたはけっこう好きよ。それじゃ、また明日」


 ニアはまるで今生こんじょうの別れかのような台詞を残し、エインズワースの屋敷がある方へ歩き出した。


(……いったいなんなんだ……?)


 少し考えて、ピンと来た。


(もしかして……ニアの体が完成したのか?)


 修業を始めてまだ三週間、予定より一週間以上も早い。


(だけど、ボクの課した過酷な修業によって、ニアはメインルートのそれよりも、遥かに強くなっている……)


 その結果、<原初の炎>の魔法因子が活性化し、器の完成が早まった。

 こう考えれば、辻褄つじつまは合う。


(それに何より、今日のニアは明らかに様子がおかしかった……)


 突然お昼に手作り弁当を持って来たり、急に修業を中止にして王都へ遊びに出たり、お礼と称していきなり頬にキスをしてきたり……そして最後に残した、今生の別れのような言葉。


 これらの状況証拠から推察すると――おそらくニアは今夜、ゾーヴァとの決戦に挑むのだろう。


(今日の一連の謎の行動は、『最後の思い出作り』といったところか……?)


 ……まぁなんにせよ、大至急確認しなければいけないことがある。

 ボクはすぐに<交信コール>を発動し、うつろの特殊戦闘員・主人公監視役のシュガーへ念話を飛ばした。


(シュガー、アレンの現在位置はわかる?)


(はい。現在は王都の八百屋前で、老婆の落としたリンゴを拾い……っと、ターゲットが移動を開始しました。中央通りを徒歩で北上しています)


(中央通りを北上ね)


 ボクは頭の中で、王都の地図を思い浮かべる。


(アレンは王都の中央通りを北へ歩き、ニアはここからエインズワース家の屋敷へ帰っていく……)


 二人がこのまま進めば、数分後に鉢合わせるな。


(さすがは原作主人公というべきか……完璧なタイミングとポジショニングだ。もはやこれは、『そういう特殊能力』と評していいだろう)


 おそらくこの後、アレンとニアは予定調和のように出くわし――共に『大翁おおおきな』の元へ向かう。

 アレンはああ見えて勘が鋭いし、超が付くほどのお節介焼きだ。

 今のおかしなニアを見れば、きっと放っては置けないだろうし、その窮状を聞けば「ボクも一緒に戦う」と言い出すはず。


 そした来たる今晩零時、主人公とヒロインはエインズワース家の地下深くで、『大翁おおおきな』ゾーヴァに挑み――殺される。


 勝つことは、万に一つもない。

 稀代の大魔法士ゾーヴァ・レ・エインズワースは強い。

 何せ、原作における最初の『詰みポイント』だからね。

 彼の固有魔法<原初の氷>は、最高位の起源級オリジンクラス

 三百年の研鑽を経たそれは、ニアの<原初の炎>とは比較にならない練度を誇る。


(確かに彼女は見違えるほど強くなったけど……それでもまだ、ゾーヴァの水準には達していない)


 そして一番の問題は、主人公のレベリングが大きく遅れていることだ。


 ボクはこれまで『主人公モブ化計画』を推し進め、アレンの強化イベントをことごとく潰してきた。

 例えば、入学式直前に発生するはずだった、アレンと本科生フランツの戦い。

 例えば、アレンとニアの決闘(後に世界の修正力で実現してしまった)。

 例えば、アレンとニアによる切磋琢磨せっさたくまの修業の日々。

 こういう小さな『削り』を地道に積み重ねた結果、主人公の『進化する固有魔法』は、未だ最弱の<零相殺ゼロ・カウンター>のまま。

 勇者の固有魔法チートが目覚めていないアレンでは、決して『大翁おおおきな』の命に届かない。


 つまり――アレンとニアはここで終わり、ということだ。


「く、くくくっ……ふはははははははは……ッ!」


 素晴らしい、実に素晴らしい!

 こんな序盤も序盤で、最も厄介な主人公とヒロインのコンビを同時に始末できるなんて……願ってもない『最高の展開』じゃないか!

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