第8話:盗賊団

 禁書庫に引き籠って、一つ理解したことがある。


 読書、おもしれぇええええええええ!


 なんだこれ、本ってこんなに面白いものだったのか?

 新たな知識を得ることで、自分の知らなかった世界がどんどん広がっていく。

 現実リアルのボクは、本なんてろくに読まなかったんだけど……なんてもったいないことをしていたんだろう。


 いや……それはちょっと違うか。

 読書がこんなに楽しいのは、原作ホロウの地頭じあたまがいいからだ。

 現世のボクが小難しい本を読んでも、きっと三秒で夢の世界へ跳んでしまう。

 つくづく思う、才能ってズルい。


 日中は剣術と魔法の修業にはげみ、夜は禁書庫で静かに知性を磨く。

 そんな日々が半年ほど過ぎた頃、ハイゼンベルク領で問題が発生した。

 なんでも領地の北部に盗賊団が住み着き、夜な夜な暴れているらしい。

 オルヴィンさんいわく、「北部の治安維持をになう当家の私兵が、鎮圧に当たっているのですが……。相手はそれなりに腕が立つようで、手を焼いております」とのこと。


(これは……使える・・・な)


 そう判断したボクは、父の執務室へ行き、趣味と実益を兼ねた『盗賊狩り』を申し出た。


「なに、お前が盗賊団を……?」


「はい、どうか御任命いただきたく」


 ボクが強い希望を口にすると、父は書類仕事の手を止め、悩ましげに髭を揉む。


「むぅ……オルヴィン、お前はどう見る?」


 父の背後に控えていたオルヴィンさんは、すぐに答えを返す。


「ホロウ様であれば、万事問題ないかと」


「そうか……(ホロウは単独で魔女の試練を突破した。こやつも今年で十一を数えるし、この手の仕事を任せても、良い頃なのかもしれんな)」


 しばし考え込んだ父は、やがてゆっくりと頷く。


「――よかろう。この一件、ホロウの預かりとする。わかっていると思うが、お前は将来ハイゼンベルク家を継ぐ男だ。手温てぬるい仕事は許されんぞ?」


「はっ、承知しました」


 っというわけで今日は、楽しい楽しい盗賊狩りだ!


 朝から夕方に掛けては、筋トレ・剣術・魔法の修業を行い――待ちに待った夜を迎える。


 ボクは黒いローブを纏い、フードを目深まぶかにかぶって、ハイゼンベルク領北部の街へ移動した。


(さてさて、盗賊団はどこだ……?)


 人気ひとけのない裏路地をぶらぶら練り歩いていると、


「――きゃぁああああああああ!?」


 遠くの方から、甲高い女性の悲鳴が聞こえてきた。


 おっ、あっちだね。

 声のする方へ向かうと、天井の崩れたボロボロの酒場に辿り着く。


 そこではなんと……。


「げっへっへっ! 無駄な抵抗はよせ!」


「ぃ、いや……っ。お願い、やめて……ッ」


 さかりのついた男が若い女性を押し倒し、その衣服をビリビリに引き裂いていた。


「ひゅーっ、こりゃ上物だ! い~ぃ体してんじゃねぇか!」


「どうして……こんな酷いことを……っ」


「げへへっ、覚えときな嬢ちゃん。この世界は弱肉強食、強い奴が正義なんだよぉ!」


「――ならば、俺が正義だな」


 ボクは颯爽さっそうと駆け出し、男の後頭部を軽く蹴り付ける。


「ぉごッ!?」


 彼は面白い声をあげながら、遥か彼方へ吹き飛んだ。


「ははっ、気持ちのいい飛びっぷりだ」


 ボクが肩を揺らして笑うと、女性が不安気にこちらを見上げる。


「ほ、ホロウ……様……?」


「ここは危険だ、さっさと下がれ」


 そう言いながらローブを乱雑に脱ぎ、彼女に向けてポイと投げ捨てる。

 若い女性がそんなあられもない姿で走っていたら、また別の事件に巻き込まれるかもしれないからね。


「で、ですが、ホロウ様を置いていくわけには……っ」


「……おぃ゛、俺の命令が聞けないのか?」


 ちょっと語気を強めて、真紅の眼を尖らせると、


「も、申し訳ございません……っ」


 ビクッと肩を揺らした彼女は、大慌てで黒いローブを纏い、大通りの方へ走り出した。


 うーん、ちょっと怖がらせちゃったかな……?

 いやでも、ボクは『怠惰傲慢な悪役貴族』を演じなくちゃいけない。

 盗賊Aに襲われなかったんだから、プラマイゼロということにしてほしい。


 そんなことを考えていると、ボクの周囲を三十人の男が取り囲んだ。

 彼らの手には短剣やら棍棒こんぼうやら斧やら、物騒な得物が握られている。


 危険な空気が漂う中、酒樽に腰掛けた大男が、極太の葉巻に火を付ける。


 ボクの原作知識によれば……彼の名はグラード・グランツ50歳、確かこの盗賊団を率いるボスだ。

 グラードは胸いっぱいに白い煙を吸い、なんとも気持ちよさそうに吐き出した。


「ふぅー……」


 こちらが風下であったため、ヤニ臭いにおいがツンと鼻を刺す。


 おいおい、成長期のお子様ボディになんてことをしてくれるんだ。

 副流煙ふくりゅうえんは、児童の健全な育成に深刻な悪影響を及ぼすんだぞ。


 ボクが右手で煙を振り払うと、グラードが嘲笑を浮かべた。


「くくっ、一時の正義感に呑まれたか? どこのガキだか知らねぇが、今日日きょうび珍しい馬鹿野郎だな」


「まったく、次期領主の顔も知らぬとは……呆れてモノも言えんな」


 互いの視線が交錯する中、真後ろにいた男がぶち切れた。


「なぁに舐めた口利いてんだ、クソガキッ!」


 彼はボクの頭を鷲掴みにして、そのまま地面に叩きつけんとする。


 しかし次の瞬間――男はヌポンっと虚空に呑まれた。


「「「……はっ……?」」」


 盗賊たちは目を点にして固まる。

 無理もない、仲間が一人忽然こつぜんと消えたのだ。


「てめぇ……まさかその魔法は!?」


 グラードが驚愕に瞳を揺らし、


「どうした、顔色が悪いぞ? まさかとは思うが……こんな子ども相手に怖気おじけづいたのではあるまいな?」


 ボクが挑発的な笑みを浮かべると同時、


「「「ざ……ざっけんなぁこらぁッ!」」」


 気の短い盗賊たちは、一斉に襲い掛かってきた。


「馬鹿野郎、逃げろッ!」


 グラードの必死の忠告も虚しく……。


 ヌポン。

 ヌポポン。

 ヌッポポン。


「た、助けてボス――」


 盗賊たちはみんな、虚空に呑まれていった。


「さて、どうしますか、ボスぅ・・・?」


 ボクは悪い笑みを貼り付けながら、ゆっくりとグラードの元へ歩み寄る。


「お前、その魔法……『厄災』ゼノの<――」


 ヌポポン。


 グラードもまた、虚空に呑まれ――そして誰もいなくなった。


 盗賊団は壊滅し、街の浄化は完了。

 めでたしめでたし。


 ボクは屋敷に戻って、父に報告する。


「父上、盗賊団を始末して参りました」


「ふむ、早かったな。奴等はどこに捕えてある?」


「いえ、全て・・始末・・しました・・・・


「……ほぅ」


 父は目を丸くした。


(盗賊団を一夜にして壊滅させ、構成員たちは皆殺し、か。よわい十一にしてこの胆力たんりょく……儂がホロウと同じ歳の頃、これほどの器量があっただろうか? 並外れた問題解決速度・盗賊団を寄せ付けぬ武力・殺しをいとわぬ冷徹な心……さすがは儂の息子だ)


 彼は眉根を緩ませ、満足気に頷く。


「よくやったホロウ、今日はもう下がってよいぞ」


「失礼します」


 執務室を出たボクは、そのまま私室へ戻り――『虚空界こくうかい』へ飛ぶ。

 そこはどこまでも広がる真っ白な空間。

 虚空の支配者たるボクだけの閉ざされた世界。

 外で吸い込んだり飛ばしたりしたモノは全て、この特殊な空間に収められているのだ。


(……改めて見ると、けっこう散らかっているな)


 虚空の修業中に飛ばした山や岩や土などなど……種々雑多なモノがあちこちに転がっている。

 そこにはもちろん、先ほど吸い込んだ盗賊団の姿もあった。


「やぁみんな、元気そうで何よりだよ」


 ボクは原作ホロウの演技をやめ、素の自分をさらけ出す。

 怠惰傲慢を気取きどるのって、実はけっこう疲れるんだよね……。

 どうせこの人たちはみんな、死ぬまで虚空界ここから出られない。

 それならば、自然体でも構わないだろうと判断したのだ。


「あっ、てめぇこの野郎! ハイゼンベルク家のドラ息子だそうだな!」


「ホロウ・フォン・ハイゼンベルク、そのツラ絶対に忘れねぇ!」


「さっさとここから出しやがれ! さもないとぶっ殺すぞ!」


 悲しいね、罵詈雑言ばりぞうごんのオンパレードだ。


「そんなに出たいのなら、別に出してあげてもいいけど……その場合、父の前になるよ?」


「「「……っ」」」


 盗賊たちの顔が、真っ青に染まった。


 ボクの父ダフネス・フォン・ハイゼンベルクは、極悪貴族と恐れられる裏社会の大物。

 彼の恐ろしさは、肩書ではなく――圧倒的な力にある。


 実はパパン、めちゃくちゃ強い。

 神懸かった魔法技能と異常なまでの大魔力。

 そして何より、起源級オリジンクラスの固有魔法<虚飾きょしょく>がチートだ。


 ボクの<虚空>と父の<虚飾>は、ロンゾルキアにおける『最強議論スレ』常連だったりする。


「虚空界を出たら、父に殺される。運よくその場は恩情を勝ち得たとしても、ハイゼンベルク領の厳しい法律に照らせば、無期懲役か打首獄門は固いだろう。それならばいっそのこと、ここで楽しく暮らさない?」


 ボクが優しい提案を口にしたところ、


「こ、このイカレ野郎が……っ」


「お前、サイコパスだろ。こんな何もねぇ場所で、どうやって楽しく暮らせってんだ!」


「腐れ外道め! 人の心ってもんがねぇのか!」


 イカレ野郎・サイコパス・腐れ外道、盗賊団の面々から口汚いヤジが飛ぶ。


「まったく……自分のことを棚に上げて、よくもまぁそんな好き放題に言えるね。キミたちに泣かされた人が、いったいどれだけいると思う?」


「「「う、ぐ……っ」」」


 正論パンチを食らった盗賊たちは、わかりやすく黙り込んだ。


「く、くそが……っ。こうなりゃお前をぶっ殺して、極悪領主ダフネスのいねぇところに脱出してやる!」


 盗賊Aが出刃包丁を取り出すと、


「――やめておけ、時間の無駄だ」


 ここまで沈黙を守り続けていた盗賊団のボス、グラード・グランツが制止の声をあげた。


「あのガキが使っているのは<虚空>。史上最悪の魔法士『厄災』ゼノと同じ、起源級オリジンクラスの固有魔法だ」


「や、厄災ゼノって……っ。お伽噺とぎばなしに出て来る、あの・・ゼノっすか!?」


「そんな凄ぇ奴と同じ魔法を、あんなクソガキが……!?」


「もしかしてアイツ、めちゃくちゃ強いんすか……?」


 矢継ぎ早の質問に対し、グラードは重々しく頷く。


「強いなんてもんじゃねぇ……正真正銘の化物だ。たとえ王国の正規軍が束になったとしても、あいつには傷一つ付けられねぇ」


「「「……っ」」」


 絶望的な実力差を知らされた盗賊たちの顔は、見る見るうちに青くなっていった。


「ときにおじさん、魔法に詳しそうだね」


 ボクの問いに対し、グラードは小さく頷いた。


「昔、ちょいとかじっていてな。魔法省で働いていたこともある」


「へぇ、優秀だった?」


「まぁそれなりにな」


「どうして盗賊なんかに?」


「貴族の同僚に罪をなすり付けられたんだ。俺の抗弁なんざ、だーれも信じちゃくれなかった。一回レールを外れたら、トントン拍子で落ちぶれて……気付けばこのザマよ、笑っちまうだろ?」


「悲しい話だね」


 人に歴史あり。

 こういう裏の設定が知れるのはとても面白い。


「それで、お前の目的はなんなんだ? 俺たちを殺さず、わざわざ生け捕りにしたのには、何か理由があるんだろう?」


「察しがいいね、さすがは元魔法省勤めだ」


 ボクはコホンと咳払いし、大きく両手を広げ、高らかに宣言する。


「ボクはここに街を――『ボイドタウン』を作り、文明を発展させたいんだ!」


 ゲームのジャンルに『都市経営シミュレーション』というものがある。

 ちょっとニッチな分野だけど、それなりに市民権を得ている、街作りのアレだ。

 ボクはその手の、地味だけどコツコツ進めて行くタイプのゲームが好きだったりする。


(ロンゾルキアには魔力という特殊な概念があるから、現実世界とは異なるユニークな発展を遂げてきた)


 そこへ日本の知識を混ぜたら……きっと面白いことが起きるだろう。

 何か便利なモノが発明できたら、メインルートの攻略に使えるかもしれない。


(ただ、街を作るには、たくさんの人手が必要になる)


 その解決策が、今回の盗賊狩りだ。

 彼らを秘密裏に捕獲し、労働力として活用する。

 そうすれば、街の治安は保たれるし、グラードたちは処刑されずに済む。

 さらにボクは街作りを楽しみつつ、新たな発明品で攻略を円滑に進められる。


 趣味と実益を兼ねた、味のいい一手だ。


(ふふっ、楽しみだなぁ……!)


 ボクが浮ついた気持ちを隠せずにいると、


「「「……」」」


 なんとも言えない沈黙が流れ、


「……ぷっ」


 誰かの噴き出す音が皮切りとなり、


「「「ぎゃっはははははははは……!」」」


 大爆笑の渦が巻き起こった。


「こ、こんな何もねぇ場所に街を作るぅ……? お前、やっぱ頭おかしいだろ!」


「ひ、ひぃー……っ。寝言は寝てから言ってくれよ……ッ」


「めちゃくちゃギャグセンスたけぇじゃねぇか! こんなに笑ったのは久しぶりだぜ!」


 盗賊たちは、腹を抱えて大笑いした。

 さすがにこれは、ちょっとカチンとくる。


「……人の目標をわらうなよ」


 ボクは瞳を尖らせ、いつも抑えている魔力を解放した。

 その瞬間、虚空界に巨大な亀裂が走り、漆黒の烈風が吹き荒れる。


(な、なんだ、このとんでもねぇ大魔力は……!?)


(やっぱりこいつ、ただのガキじゃねぇ……っ)


(あ、あばば……あばばばばばばばば……ッ)


 盗賊団の面々は腰を抜かし、その場でペタンと座り込んだ。

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