第9話:ボイドタウン

 盗賊団の面々が絶望に顔を曇らせる中、グラードだけは気骨を見せる。


「どれだけ脅されようが、てめぇの言いなりにはならねぇ……っ。盗賊にもプライドってもんがある。煮るなり焼くなり、好きにしろ……ッ」


 彼はそう言って、ギッとこちらを睨み付けた。

 虚空の魔力に晒されながら、これだけの啖呵を切れるとは、中々に根性が入っているね。


 ボクは魔力をゼロに抑え、優しく微笑む。


「なるほど、ちょっと舐めていたよ」


 この手のタイプは、力で押さえつけても無駄だ。

 そもそもの話、恐怖による支配は、ボクの望むところじゃない。

 そういう独裁的な街作りには、息苦しさが生まれてしまうからね。


 ここは当初の予定通り、『プランM』を進めるとしよう。


「それじゃまた会おう」


 ボクは再び虚空を展開し、ロンゾルキアの世界へ戻った。


 さて、この世には『三の法則』というものがある。

 酸素を吸わなければ三分で、水を飲まなければ三日で、食べ物を摂らなければ三週間で、おおよその人は死んでしまう、という致死量の目安的なアレだ。


 虚空界には空気がある。

 水はまぁ……たまに雨を飛ばしてやればいいだろう。

 問題は――食事だ。


 ごはんを食べなければ、人は三週間で死んでしまう。

 逆に言えば、何も食べずとも三週間は死なない。


 盗賊団を拉致らちってから十六日後――。

 虚空界にテーブルセットを持ち込んだボクは、ナイフとフォークを使って豪華な夕食をとっていた。


「あぁ、やっぱり最高級の霜降りステーキはおいしいなぁ……っ」


 まるで見せ付けるようにお肉を頬張ると、


「「「う、うぅ……っ」」」


 お腹を空かせた盗賊団の面々は、ゴクリと生唾を呑み込んだ。


(よしよし、いい具合に効いてるな)


 彼らに――特にボスのグラードに気骨があることはわかった。

 あそこまで腹を括った男は、そう簡単に折れやしない。

 痛みにも苦痛にも、きっと耐えてみせるだろう。


 ただ、空腹は別だ。

 三大欲求の一つ『食欲』。

 暴力的な渇きは、人を容易に狂わせる。


「もぅ……限界、だ……」


「に、肉ぅ……っ」


「くれ、くれくれくれ、くれぇええええええええ……!」


 食欲に呑まれた男たちは、濁流のようにテーブルへ押し寄せ、霜降りステーキに手を伸ばす。


 その瞬間、ボクはパチンと指を弾き、肉の表面に薄い虚空の膜を張った。

 結果、男たちの手は虚しくもくうくばかりで、いつまで経ってもステーキへ到達しない。


「ぁ、あぁ……あぁああああああ!」


「なんだよ、これ……いったいどうなってんだよ!?」


「くそ、くそ……っ。目の前にあるのに、なんでどうして……ッ」


 絶望に暮れる盗賊たち。


 ボクはそれを見下ろしながら、最後のステーキをゆっくりと口へ運ぶ。


「ん~~っ、上品な脂の旨味と濃厚な肉の甘味! もうたまらない、最高だ! 多分こういうのを『幸せの味』って言うんだろうなぁ……」


 渾身の食レポを披露すると、


「極悪貴族ホロウ・フォン・ハイゼンベルク、噂に違わぬ性格の悪さだ……っ」


「こんなの、人間がやることじゃねぇよ……ッ」


「人の皮を被った悪魔め……」


 頬のこけた盗賊たちは、恨めしそうにこちらを睨み付けた。


 これが『プランMミート』、盗賊たちを飢餓状態に置き、肉の力で落とす作戦だ。


(我ながら、本当に悪魔的なことを考える……)


 原作ホロウの思考は、本当に邪悪極まる。

 人の嫌がることを考えさせたら天下一だ。


(この様子だと、もうじき折れそうだな)


 椅子から立ち上がったボクは、元の世界へ戻るため、正面に虚空を展開する。


「それじゃ、また明日」


 黒い渦に片足を踏み入れたそのとき、


「――待て」


 亀のように動かなかったグラードが、ここにきてようやく声を発した。


「ホロウ、お前の望みはなんだ……?」


「前にも言ったと思うけど、ボクはここに立派な街を――『ボイドタウン』を作りたいんだ」


「俺達にその街作りを手伝えと?」


「そっ」


 ボクはクルリときびすを返し、グラードの元へ歩み寄る。


「これはそっちにも益のある話だと思うよ? キミたちは領法を犯した犯罪者、もう表の世界では真っ当に生きられない。それならいっそのこと、虚空うらの世界で楽しくやった方が生産的じゃないかな?」


「……こういうのを『悪魔の囁き』って言うのか」


「もしかしたら『天使の導き』かもしれないよ?」


「はっ、随分と邪悪な天使様だこと」


 二人でそんな話をしていると、盗賊たちが声をあげる。


「グラード様、やりましょう! ここにボイドタウンを作りましょう!」


「ホロウは正真正銘のサイコ野郎です! 俺達がここで野垂れ死んでも、きっとなんとも思わない、すぐにまた別の盗賊を連れてくるだけっすよ!」


「ここで意地を張っても無駄死にだ! この悪魔の言うことを聞くのはしゃくですが……もう表の世界は諦めて、こっちで一花咲かせましょうや!」


 部下たちの説得を受け、グラードは苦渋の決断を下す。


「……わかった。俺たちは今後、お前の手足となって働く。だから、メシをくれ。さすがにもう限界だ……」


「あぁよかった、嬉しいね! これでボクたちは家族ファミリーだ! みんなで一緒に立派なボイドタウンを作ろう!」


 ボクはそう言いながら、虚空界のとある一点を指さした。

 そこには、外から取り込んでおいた大量の土砂が山のように積み上がり、たくさんのシャベルが突き刺さっている。


「早速だけど、あそこにある土をならしてもらえるかな?」


 虚空界って天井はないし、床も真っ白だから、なんか浮いた感じがするんだよね。

 やっぱり人間は陸上生物だし、地面があった方が落ち着く。

 っというわけで、ボイドタウン開発工事の第一歩は、茶色い地面を作ることだ。


「お、おいおいちょっと待てよ、話が違うじゃねぇか! メシはどうした、メシは!?」


 グラードは両目をかっぴらき、異議申し立てを行った。


「『働かざる者食うべからず』って言うでしょ? ちゃんと仕事をしたら、おいしいごはんを用意するよ。大丈夫、『三の法則』的に、後五日は死なないからさ」


 それから三時間、盗賊団の面々は汗水垂らして必死に働いた。


 真っ白だった足元に茶色の土が広がり、立派な地面ができていく。


「はぁはぁ……これでいいだろ?」


「うん、ばっちりだね。――みんなお疲れ様、約束通り、おいしいごはんを用意したよ」


 ボクがパチンと指を鳴らせば、何もない空間から大きな長机が現れた。

 机の上には巨大な鍋がドンドンドンと三個並び、中にはそれぞれ白飯と肉と味噌汁が――『こういうのでいいんだよ』って感じの料理が入っている。

 ハイゼンベルク家のメイドにお願いして、特別に用意してもらったものだ。


「「「……っ」」」


 艶のある白飯・暴力的な肉の塊・いい香りの味噌。突如として出現した御馳走に対し、盗賊たちはゴクリと喉を鳴らす。


「みんな、そっちの皿を取って、ここへ一列に並んでね。慌てなくても、ちゃんと全員分あるから大丈――」


 三角巾とエプロンを身に付けたボクが、炊き出し形式で振る舞おうとした瞬間、


「「「う、うぉおおおおおおおお……!」」」


 盗賊たちは、もはや我慢ならぬと言った風に駆け出した。


「はいはい、落ち着いて食べてねー。水はあっちに用意してあるから、セルフで頼むよー」


 ボクは白飯・肉・味噌汁をササッとよそい、超高速で待機列をさばいていく。


「なんだよこれ、ただの白飯が、死ぬほどうめぇ……ッ」


「肉、肉、肉ぅううううううううううう!」


「あったけぇ味噌汁が、体に沁みわたるぜ……ッ」


「母ちゃん……俺、今度こそ真っ当に生きるよ……っ」


 彼らは大粒の涙を零しながら、十六日ぶりの食事を楽しんだ。


(ふふっ、これはもう完全に落ちたな)


 ボクがそんなことを考えていると、グラードがこちらへ歩み寄ってきた。


「おいホロウ、ボイドタウン建設の話だが、まずは何から始めればいい?」


「おっ、前向きだね」


「やると決めたからには、全力で取り組む。それに俺達は、もう二度とここから出られねぇんだろ?」


「うん」


 グラードたちは、ボクのと<虚空>の秘密を知った。

 残念ながら、虚空界から出すわけにはいかない。

 まぁそもそもの話、彼らは立派な犯罪者だから、市中に放つのは危険だしね。


「どうせ一生この中なら、ボイドタウンを死ぬほど発展させて、外の世界に負けねぇぐらいの大都市にしてやる! そうすりゃ、浮世への未練もなくなるってもんだ!」


「いいね、その調子だよ」


 そういう前向きな考え方は嫌いじゃない。

 どうせやるのなら、楽しまなきゃね。


「そんでさっきの質問に戻るが、俺達は何から始めればいい? ボスはあんただ、指示をくれ」


「うーん、そうだな……。まずはグラードたちの寝床でも作ろうか。雑魚寝じゃ体に悪いしね」


「おぉ、助かるぜ。うちには昔、建築をかじってた奴がいてな。資材さえ用意してもらえりゃ、大抵のモンはどうとでもなる」


「それじゃ、必要になりそうなものは、外の世界から適当に吸い込んでくるよ。……よし、当面はあそこを資材置き場にしよう」


 虚空界のとある一点を指さす。


「巨木とか岩石とか土砂とか、容赦なくガンガン飛んでくるから、近付かないようにしてね? 巻き込まれたら死んじゃうかもしれないし」


「あぁ、わかった」


 当面の予定が決まったところで、グラードが大声を張り上げる。


「聞け、野郎共! どうやら俺達はもう表の世界にゃ帰れねぇらしい。だが、それで人生終わりってわけじゃねぇ! ここにドデケぇ街を作って、面白おかしくやろうぜぇ……!」


「「「おぉ゛ーっ!」」」


 さすがは盗賊と言うべきか、ほんと刹那せつな的な生き方をしている。

 こういう切り替えの早さは、見習うべきかもしれない。


(――さて、ここまでは順調だ)


 剣術と魔法の基礎を修め、禁書庫という知識の源泉を確保し、自分の街ボイドタウンを手に入れた。

 一つ一つ、確実に力を蓄えていっている。


 そんな順風満帆じゅんぷうまんぱんなボクが、次に手を付けるべきなのは――『回復魔法』、やはりこれだろう。

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