第3話 Boy become Girl
朝。高速すぎて思わず殴りたくなる電子音に目を覚ます。
目覚まし時計のビートと寝起きの心拍数はいつも不協和音だ。
瞬間、違和感。
あれ・・・なんか・・身体が重い・・・・いつもよりもだるい・・・昨日夜更かししてないはずなのに・・・・
「あれ!?え!?」
もう2年も使っている3980円のパジャマもブカブカになっている。昨日まではピッタリサイズだったのに。育ち盛りの急成長ならあり得るけど、一晩で身体が縮む事なんてあるのだろうか。
動揺しながら、なぜか俺は股間に手を伸ばす。本能的に衝動的に触った。いつもなら少しだけ山が出来てるはずのそこは、今朝は元気がない。というかそこにも違和感。
「おいおいおいおい!おおおおおおおお!!!」
ない!!
ない!!
どういう事じゃぁああ!!
相棒がいない。エロのアイデンティティが。
俺のライトセーバーが!!
ズボンを下げる。勢いよく下ろす。ただ覗き込むだけで良いはずなのに、そうしないといけないような気がした。
そこに山はなかった、代わりに谷があった。
なんじゃこりゃ!?
ヤバい!!
消えた!!
漫画だ!!
ついに俺にもこんな体験が!!
いや夢か!?
夢でも良いや!!
明晰夢でも面白い!!
怪奇現象だ!!
「母ちゃ〜ん!!!ヤバいよヤバいよ!!怪奇現象!!」
叫びながら階段を降りて洗面台に向かう。しかし俺はすぐにリビングに身体を方向転換する。姉貴様が洗面台を使っていたからだ。早朝の姉貴様は凄ぶる機嫌が悪いので、関わらないのが正解だ。
しかし悲しいかな。すぐに腕を掴まれた。
朝一番の大声はやはり姉貴の逆鱗に触れてしまったようだ。
しかし姉貴の様子が少し違う事に気づく。
恐る恐る振り向くと、姉貴の表情に怒りはなかった。困惑と驚愕が厚化粧の代わりに塗られていた。
「ハル・・・?・・・アンタ一体どうしたの!?」
「そうそう。怪奇現象っすよ、お姉様。なんか身体が縮んでるし、アソコが!アソコがないんすよ!!」
「というか・・・女になってね?」
「・・・ふぇ?」
『女になってる』
姉貴の言葉に脳が一瞬フリーズする。
まあ確かに相棒が消えたという観点を考えると、女になったとも言えるが、それは少し全時代的な考え方じゃあないだろうか?今の時代では持ってても、持ってなくても関係ないのだから。
「お姉様、ちんこが無くても俺は立派な男だぜ」
親指を立てて高らかに宣言する。
しかしここである事に気づいた。
髪の毛も伸びている事に。普段はバンドマンらしく前髪も襟足も伸ばしていたが、流石に腰までは伸びてなかったはずだ。
「ちんこはどうでも良いんだよ。ちょっと来い!!」
「どうでも良くないだろ!」
「お前のはモノは四捨五入したら0だ。だから関係ない!」
「小学生の話だろ。成長期舐めんなよ。あ、思春期か」
「良いから来い!」
強引に洗面台に連れて行かれる。
姉に俺の肩を掴み、鏡の前に立たせる。
しかし俺の姿は鏡に映らない。
怪奇現象だ。
鏡面世界内に映らない俺の姿の代わりに、鏡面世界外にはいない美少女が、まるで今の俺のように鏡の中で姉貴に肩を掴まれている。
脳がまたフリーズ。
え?どういう事・・・・?
数秒後。冷や汗で脳内CPUを冷却すると、この怪奇現象の答えが脳裏によぎった。
え・・・?この美少女、おれ!!??
えええええ!!!???
俺の脳内PCUが弾き出した答えに、鏡の中の少女も口をあんぐりと開けた。
「え?これ?え?女子になってるぅうう!?」
洗面所で叫ぶ俺を置いて、姉貴が母を呼びに行く。
「おかあさーん!!!やばいよやばいよ、超常現象!!」
鏡の中に、少女だけが映る。
腰まで伸びた、栗色のファサッと音がなりそうなゆるふわヘアー。
姉貴より目測15センチ低い、つまり約140後半くらいの身長。
まつ毛の伸びた、パチっと開いた可愛らしい茶色の瞳。
そして髭なんて見る影もない真っ白いその肌に、マカロンを食べるのに三口も使いそうな小さな口がついている。
クルッと回ってみる。
その長い髪をファサァと浮かせながら、鏡の中の少女も回る。
はは。はは。ははははははは!!
マジだ。これ俺だ!
本当に美少女になってる。
声を出してみる。
「あ〜〜〜〜〜♫」
ただの高音を出しただけなのに、安直に例えるならまるで天女と言い表せるような綺麗で空から降ってきたような、鼓膜を疼かせるソプラノが洗面所を揺らした。
ははははははは!!
すげー!
すげー!
常識を吹っ飛ばすあり得ない現象を目の当たりに、というか身に受けたその少女と俺は、鏡越しに口を引くつかせる。そして少し震えたその足を無理矢理に動かした午前7時15分。
母を呼びにいった姉貴を待たずして、俺は家を飛び出していた。学校に向かっていた。
ブカブカの上着を羽織って。
ウェストに合わないズボンをベルトとゴムで無理矢理に履いて。
トーストは咥えないで。
いつもよりも数倍は重く感じるギターを背負って。
学校に向かう下り坂をゆっくりゆっくり下っていく。
なんだコレ!?
なんなんだこれ?
これはなんなん!?
朝起きたら知らない美少女になってたよ。
早くアイツらに見せなければ!!
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