第4話


 日本の高校生活で注目を浴びる方法ベスト3は。

 1、SNSで万バズ。

 2、インターハイ出場。

 3、ギブス登校。


 だと思っていた。


 しかし間違っていた。教室で皆の注目を浴びる方法、堂々の第一位は、

 『男子高校生から美少女に変身』する事である。


 普段は俺と数メートルは距離を開ける清楚系女子集団が、あまり会話しないギャル集団が、ワイワイキャッキャウフフと俺の周りを囲む。逆に普段良く喋る野郎どもは、女子のバリケードによって俺に近寄れないでいる。


 俺はどうしてるかって?

 もちろん鼻を伸ばしているに決まっている。女子集団に囲まれて鼻を盛大に伸ばしている。世界線が違ったらピノキオになってたレベルで伸びている事だろう。でも誰もそれに不快感を覚えない。だって美少女が鼻を伸ばしても可愛いだけだろ?


「え??本当に永井なの?」

「うん。そうだよぉ」

「『そうだよぉ』だって可愛い〜!!」


 俺を囲む女子達の黄色い悲鳴が教室に響く。

 ちょっと可愛い声を出すだけでこれだ。癖になりそうだ。


「なんで女子になったの?」

「分かんなぁい」

「『分かんなぁい』だって!!カワァ〜〜!!」


 すげーぞこの身体。何を喋っても可愛いという結果しか返ってこない。

 一方通行キャワコール。モテの最上級の言葉を考えないといけないかもしれない。


 女子達は俺の頭を撫で回しながら、身体をクネクネさせる。

 それを見ていたら、脳裏にあるキケンな思想が流れてしまう。


 この十年間、主に鉛筆を持つためだけだった右手が。この三年間、弦を抑えるためにカタカタに進化した左手が、眼前に、顔前に浮かぶたわんたわんタワワに吸い込まれていってしまう。やっちゃいけない事だとは分かっているが、ちょっと、怖い物見たさで手が伸びる。


 ワキワキワキワキワキワキ・・・


 いや・・・違うよ。この両手は・・・そう!空気ピアノを弾いてるだけだよ。ほらほらそこの「ソ」と「ミ」のところなんて特に音色が良さそうだ。惚れ惚れしちゃうよ。


 ほれ・・・ミソって・・・ほれ・・・ソミって・・・・ほら・・・

 ソミソミソミソミソミソミソミソミソミモミモミモミモミ・・・・


 そうか、これは神からのプレゼントだったんだ。

 命懸けで電車の窓から手を出すまでもなく、こんな簡単に夢が叶ってしまうとは。

 全く敵わないな、神とやらには。


 さあ、ちぎれろ!俺の可愛らしいお手て!!


 いざ行かんシャングリラ、と伸ばした手は、その山の頂上に触れるすんでの所で止まった。女子の円陣を掻き分けたゴツゴツした腕が俺の腕を掴んだからだ。


「ヒャン!!」


 突然の鷲掴みに変な声が出てしまう。いつもの感覚から2オクターブは高い悲鳴だ。自分でもこんな声が出るのだと衝撃を受けていると、俺を掴んだ正体が焦ったような声を出す。


「ちょ!おま!変な声出すなよ!!」


 俺の腕を掴んだのは、不破だった。俺の悲鳴に呼応した女子軍団がギョロリと不破の方を振り向く。女子の視線が弱点の不破だ。サーッと顔を青くしながら、それでも辛うじて俺を円の中から引っ張り出す。


 そして女子の軍団から遠ざかるように教室の角に俺を引っ張る。


「お前・・・ハルタカなんだって・・・?」

「おうよ」

「マジか・・・!!」

「おう。朝起きたら・・・」


 状況を説明しようとすると女子軍団が俺を集団に戻そうとする。


「ちょっと、不破。永井返してよー!!」


 女子の不満気な声も弱点な不破だ。肩をびくつかせる。


 愛されているのは嬉しいが、少し不破と話をさせて欲しい。つーか、バンドの奴らに見せねば・・・


「よし。逃げるぞ!!」

「え!?」


 ジリジリと滲み寄ってくる女子から逃げるように、俺を不破引いて廊下に逃げた。

 それでも追っかけてくるので階段に逃げる。

 まだまだ追っかけてきたのでトイレに逃げ込んだ。

 ふぅ、ここなら女子も入ってこれまい。

 やれやれ、モテモテで困るぜ。


 俺は不破に向き合う。目が合った。


 いや、一瞬だけ目があったものも、不破はすぐに目線を外す。少し不破は伏し目がちになって、ちょうど俺の胸辺りに視線が行くもんだから、本能的に少し不快感を感じる。不破に視線を外された事から、やはり俺は女子になってしまった事を再確認する。


「・・・・あの、もう一回聞くけど、マジでハルタカなんですよね?」


 不破はなぜか敬語だ。

 そしてなぜかモジモジしている。


「おう」

「一体全体どういうこった?」

「知らん。朝起きたら女の子になってた」

「ええ〜・・・キモ・・・・あ!この『キモ』はお前がキモいって事じゃなくて、この現象がキモいって事だから」


 不破は困惑しつつ言い直しす。いつもの不破と少し違う。女子と話す時の『気にしすぎ』不破君だ。


「なんかお前・・・今日優しいな」

「へ?そう?」

「なんかキモい。あ、これは素直にお前がキモいって事だから」

「ええ〜??」


 不破は肩をがっくし落とす。やはりいつもの不破と違う。いつもなら反論が飛んでくるはずなのに。


 するとトイレに土井とアラタもやって来た。

 不破がメッセージかなんかで呼んでいたのだろう。クラスメイトから聞いたのだろう。俺が美少女になってしまった事は知っていた。


 土井が俺の髪を触りながら笑う。


「うわ、すっご。ウィッグじゃない。本当に女子になったんだ」


土井はそのあどけない瞳を輝かせる。相変わらず視点が面白い奴だ。


「いやいや。他に判断材料あったろ」

「うわ〜肌触り良い。ちょっと嗅いでみても良い?」

「良いわけねーだろーが」


 しかし俺の忠告を無視し、土井は俺の髪の毛、多分つむじらへんに鼻を埋める。

 突っぱねようとするも、上手く力が出せないのか引き剥がせない。


 しかも背伸びもせずに俺の頭頂部に届くだと?

 くそ〜〜俺の方が背が高かったのに・・・屈辱的だ。


 初めて女子の家に遊びに行った時にこっそりやるように、土井はスゥ〜と静かに音を立てながら俺の匂いを鼻に集める。


 ヤバイヤバイヤバイヤバイ。なんだコイツ!?

 元から色々ズレてる奴だとは思ってたけど、ここまでとは・・・・

 あ・・・なんかちょっとムズムズしてきた・・・くすぐったい。


「はーなーれーろーよ!!お前、今の状況を俯瞰してみ?犯罪だぞ?」

「ええ〜??友達じゃん」

「言い訳になってねーよ。友達だからって何しても良いわけねーから」


 やっとの思いで土井のホールドから抜け出す。

 力一杯に勢い良く前に倒れた物だから、身体のバランスを崩してしまう。


 未だ慣れない身体な事もあって、倒れる・・・と思いながら目を瞑ると、ドンッと壁にぶち当たった。


 肉の壁だった。

 目を開けるとベルトの金具が現れる。


 ちょっと良さげなブランドのベルト・・・このちょっと小洒落た感じは・・・


 視線を上げると、やはり俺がぶつかったのはイケメン君、アラタだった。

 アラタは俺の脇に手を入れて、猫でも持ち上げるかのように俺を宙にぶら下げる。

 そしてそのムカつくほどに整った顔立ちを見せつけてくる。至近距離で。目を細めながら。


「マジで永井か・・・・?」

「何回も言ってるだろーが・・・つってもまあ、信じられないよな。そーだなー・・・あ、じゃあお前の彼女の名前知ってるぜ。名取由利、隣町のお嬢様学校の二年生。馴れ初めはこの前のカラオケ合コン。ちなみに俺はその時、女子と会話が弾まず、一人ずっとマイクを握ってました」

「おお、マジだ!」


 

 アラタは納得する。こいつが他校の女子と付き合ってる事を知っているのは、バンドメンバーだけだからだ。


 俺は猫のように重力伸ばされたまま、降ろせと抵抗する。しかしアラタの野郎。面白がってそのままおろしてくれない。


 うう・・・こんな簡単に持ち上げられるとは屈辱的だ。


 必死で暴れていると個室のドアが開いた。中からふくよかな眼鏡君が出てくる。同クラのオタク、太田オオタ拓郎タクロウだ。女子からはなぜか嫌われているが、話が面白い良い奴だ。


「え〜と・・・皆さんお揃いでどうしました・・・?」

「おお太田。おはよう」


 太田と一番仲の良い不破が挨拶をする。

 しかし太田にはそんな事どうでも良かったのだろう。

 俺を見て悲鳴を上げる。


「ドゥワぁああああああ!!女子が!男子トイレに女子が!!!」


 あ、そういえば。そうだった。

 女子から逃げるために慌てて男子トイレに逃げ込んだが、俺女子ナウだった。

 というか不破、土井、アラタ、お前らもツッコんでくれよ。


 太田の汚いテノールを背に、アラタは俺を担ぎながらトイレから飛び出す。

 流石にそろそろ降ろして欲しい・・・

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