第14話
斬ることができないとはいえ、剣で思いっきり殴られたのだろう。
吹っ飛んだ影狼がよろめいて立ち上がり、その周りに追いついた仲間たちが集うのを数えながら、
「あとは段取り通りだ、奴ら一匹たりともここから離脱しないようフェールとイルシュで囲っててくれ・・・っておいルシオス」
ルシオスとミリアルを、唸りながら次々と囲うように陣形を取る影狼たちは全部で11頭。
「あと2頭はどうした」
「罠にかかってます!それを合わせて13頭、全部です!!」
だがその会話の最中にも、必死に暴れる影狼一頭の首根っこに、噛みついていた顎に力を込めて、フェールが強暴に首をひと振りした。
叩きつけられ絶命し、ぐったりとなった影狼はずるずると地面に消えていく。
あと、12頭。
「そうか、かかったのか・・・」
何やら沈痛な面持ちである。
よっぽど毛髪が気になるのか。
自分の役割に徹するべく後退しながら、しかしてルシオスは言い加える。
「あーでもどうでしょう、たぶん、かかってたのは僕の髪の毛を仕込んだ罠だけだったかもしれないですし・・・」
ミリアルが髪の毛を仕掛けた罠は壊れていた。
実のところ、今までの「追い込む」ための罠としての髪の毛の利用ひとつとっても、ルシオスとミリアルのそれとでは効果に違いがある。
影獣騎士の長を代々務める、アッシーネの血を引くルシオスと、ミリアル等その他騎士たち。
ミリアルらが使役している影獣たちは、元はと言うとルシオスの影に巣くっており、それを任期中「預かっている」ものである。
ルシオスと他の者では、血の濃さ、もとい、「影の濃さ」が違う。
髪の毛ひとつ、影獣に及ぼす影響度にも差が出る。
恐らく、今回も・・・・
「流石アッシーネの長の御髪だ!そうとなれば今度いいところへ連れて行ってやるから、頑張って髪伸ばせよ!」
どうやら気合い一新入れ直したようだ。
いいところってどこですか?と聞き返そうとしたが、威嚇と警戒心を混ぜた低い獰猛な呻り声を聞きとめて、ルシオスはイルシュを己の影から解き放つ。
そしてフェールとともに、狼狽えて辺りを見回す狼影たちに撤退の隙を与えぬよう、周囲を走らせる。
ミリアルも叫んだ。
「さぁ、出番だヴァオーク。今日はアッシーネの若がご覧だ、間抜けなところは見せられないぞ!」
良く通る声。
風走る草っ原に渡った主人の合図に呼応して、ミリアルの影から3つの漆黒の塊が飛び出した。
羽ばたいた巨大な翼が風を巻き、周りの草木が煽がれて、長い尾が月明かりを背負って揺らめく。
ぐぅ、と伸ばされた首の先、長い鼻面と咢に並ぶ鋭い狂牙が、咆哮を上げて森を振動させた。
ヴァオーク ――― 長い爪を持った異界の化け物。
馬よりも牛よりも、二回りも大きな姿となった、漆黒の巨体を持つ異形の影獣が3頭。
凶器になりうる氷柱のような、脇から生える刺を揺らめかせながら、狼の群れの逃げ惑う草地に舞い降りた。
うち一頭のヴァオークの長く鋭い爪を持つ前脚が、逃げ遅れた影狼一頭を胴から掴み捕えて。
ぐしゃりとその躰を握りつぶす。
この巨体、風を熾す翼、一瞬で敵の体をひしゃげさせる爪と牙。
その存在感に比べれば影狼など華奢に見えてしまうほど。
残された9頭の狼の影獣たちは恐慌に陥った。
まんまと逃げおおせた前回とは状況が違う。
3頭のヴァオークとミリアルに取り囲まれながらも、何頭かが逃げ出そうと四方に散り、森をめがけて走り出す。
だが、もう遅い。
「逃がすな、フェール、イルシュ」
ミリアル達の邪魔にならぬよう外れの草叢に避難して、ルシオスが自らの使役に指示を出す。
さながら羊の群れを追い立てる牧羊犬の如し。
闇炎を纏った巨狼(おおかみ)と黒翼と鰐口を持つ蛇神の影獣は、離脱を試みる影狼に牙を剥きだして威嚇する。
それでも突っ切ろうとするものには後ろ足や尾に噛みついて、ヴァオーク達のいる方へと投げ戻す。
捕えた影狼をそのまま喰らい殺してもよいが、その隙に別の影獣に逃げられたりしないよう、あくまでこの場からの遁走を許さぬ行為に徹せさせる。
そう、今はミリアルの狩りの刻だ。
抜き身の剣がくるりと回され月光を照り返しながら、ミリアルへと飛び掛かった影狼の首を側面から強かに殴り飛ばした。
そのまま地面に投げ出され、雑草をなぎ倒した影獣は、ふらつき首を振りながら立ち上がる。
しかしその刹那、突っ込んできた凶暴な顎、並んだ牙に胴体が攫われ、甲高い悲鳴ごと噛み千切られる。
残る8頭の内、何頭かがミリアルに意識を向けたようだ。
襲い掛かってくる影狼を跳んで交わし、ヴァオークの爪から逃げ惑う狼を軽やかに振るった剣で下段から打撃して動きを止めるミリアル。
そして己の使役に指示を出して、その尾で横殴りに吹き飛ばして。
吹き飛ばされた影獣は、隣にいたもう一体のヴァオークの脇から生えた氷柱に串刺しになり、絶命してずるずると地に落ちる。
あと7頭。
「逃すな!」
また一頭、狼の影獣が、断末魔の咆哮を絞り出しながら消滅するのをルシオスは見た。
暴虐で一方的なヴァオークの凶暴性には、その本来の主であるルシオスも身震いを覚える。
だがそれを使役するミリアル本人の剣技は、軽やかで無駄が無い。
ヴァオークの粗暴な残虐性とまるで対照的だ。
踊るように、とは言わないまでも、一連の動きの中で停滞無く。
敵を殴りつけ、動きを止めて、ヴァオークと連携して一頭、また一頭と影獣を影に葬り返していく。
軽やかに見えるのは、ミリアルが剣の重さと長さを自らのものとし、腕力を如何なく発揮しているから。
単なる力任せの打撃も、強靭な手首の返しで重さを感じさせない動きを見せる。
月光の下、結わかれた金髪が残光を残して翻り、草葉を散らして剣が鋭く硬質な光をはじき返す。
ルシオスはそんなミリアルの剣技を見つめ、見とれて思わずため息をつく。
毎日、もはや手にも新たな「剣だこ」もできないほどウィルディムにこっぴどく指導されている。
それもあってミリアルの動きは頭では理解できる。
しかし、あまり成長の進まない身体のせいで、長剣を自在に振り回すだけの筋力がなかなかつかないのだ。
憧れのミリアル、というだけでなく、騎士の嗜みとして通常の長剣を帯剣し、自在に扱うことに幾分かの憧れを当然抱いてはいる。
だが十分な筋力をいつまでもつけられないため、短剣よりも長く、長剣よりも短い――手首から肘ほどの長さの――剣を双振り後ろ腰からぶら下げている。
始めは長剣の扱いを叩きこもうとしていたウィルディムも、いつの間にか考えを改めたらしい。
今では剣の長さに合わせた稽古をつけてくれている。
厳しいのには変わりないけど。
そんなことを思っていると、ヴァオークがまた狼を一頭、牙で捕らえて飲み込んで、一方で別の2頭が頭と臀部を咥えて互いに喰い千切った。
残り5頭。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。