第11話
ルシオスの住むアッシーネの領地と、ミリアルが管轄しているハリファクスの領地の、その境目となる森。
広葉樹がほとんどで、まばらに針葉樹が、負けじと存在を主張して尖った頭を見せている。
それほどぎっしり樹が密集しているわけではない。
自分の背丈か、腰ぐらいの丈の灌木がところどころ生えている。
陽の当たる茶色の地面と、樹々の影になる部分は、半々。
・・・つまり、影ができる箇所が結構ある。
「・・・なるほど」
小回りの利く影獣が相手とあらば、確かに面倒そうな植生である。
逆を言えば、そういった影獣はこのような土地を好む。
まだこの辺にいるだろう、とルシオスは見当をつけた。
ふと、少し視線を伸ばすと、1,2本隣り合う大きな樹の向こう側は、それほど樹が生えていないようだ。
「開けて」いるように見える。
「・・・あそこが使えるかな・・・?」
踏み外さないよう気を付けながら立ち上がり、視線の先にある地形周辺を伺いながら。
少し考え事をして、ふむ、と頷き。
しばらくしてから、登った時と同様に、いや、それ以上に身軽にするすると枝を下り、飛び降りた。
「あんまりやりたくないけど、今回はこれかな、仕方がない」
ミリアルが歩み寄って来る目の前で、短剣を後ろ腰から引き抜く。
そして、うなじの位置で結わかれている自身の髪の毛を数本切り落とした。
「ルシオス」
「土地的にしょうがない感じです、罠をしかけましょう。まだこの辺りにいるように思いますし」
言いながら辺りを見回し、手ごろな位置にあった灌木に2本ほど結びつける。
一瞬、うんざりとした表情を作りかけたミリアルも、ルシオスと同様に自身の金髪を少量切り落として、膝位置にある低い枝に結び付けた。
さて次の位置はどこに、と辺りを見回したルシオスは、ふと思い立って脚を止めた。
・・・閃いた。
いや、確証はない。だが。
先ほど自分が引っ掛かりそうになった、通常の獣用の罠の所へと戻る。
ウィルディムの怪訝げな視線を受けながら、その罠を探って。
仕掛けが発動しないよう、「輪」の部分にそっと切り落とした自分の髪の毛を結び付けた。
「どうせなら、ねぇ?」
そう満足そうに独り言ちて立ち上がると、ウィルディムの、その灰色の眼と視線が合った。
「あ、ウィルディムさん。先ほどの罠の地図、ちょっと見せていただけますか?」
「一体、何を」
言いながら、ウィルディムは取り出した地図をルシオスに手渡す。
「んー、ちょっと思いついたので、試してみたいことが」
地図に書かれた付近の罠、そのうちの一つへと歩を進める。
暫く歩いたところにある樹の根本、屈みこんでみると今までと同様の罠があった。
「この罠が使えないかなぁ、と思いまして。いつも通り『追いこむ』だけじゃなくて」
そう言ってまた切り落とした自分の髪の毛を3本ほど結びつける。
それを胡乱げに後ろから見ていたミリアルも、ルシオスの意図を解したようで、同じように作業を始めた。
しばらくの間そうして、ミリアルと協力しながら「罠」を仕掛けていった。
影獣を狩る際に、ルシオスたちはこうして自身等の「髪の毛」を用いることがある。
だが、これは公言されるものではない。
うまく使えば「影獣避け」にも利用可能だが、反面、使い方によっては影獣を「引き寄せてしまう」ためだ。
扱いは容易ではない。
ゆえに、周知されることはない、「影獣騎士の狩り」の仕方である。
半ば夢中になって、無心に結わきつけていると、背後頭上からミリアルの声が降って来た。
「そろそろいいんじゃないか?」
反応して頭を上げると、元居た場所からも大分移動してきているのに気が付いた。
確かに。
これだけ仕掛ければ、あとは遭遇する運と、自分達のやり方次第だ。
「そうですね。・・・・上手くいくといいんだけどなぁ」
「それなんだけどな、ルシオス。念の為に聞くが、もしこれで効果があるなら、お前一体どうするつもりだ?」
「え?」
「まさか、森中に仕掛けられている罠に結びつける気か?猟師が『くれ』と言うたびに髪の毛一本一本くれてやるのか?」
「あー・・・うーん、その・・・」
今までの様に、やたらと草むらに結び付けていく作業をするよりはラクになるように思う。
だが、一本一本分け与えるのは・・・・。
器用に眉毛を上下させ、「よく考えろ?」とミリアルの眼が問いかける、その心は。
――― 毟られるかもしれんぞ、猟師たちに。
「い、いいじゃないですか!ミリアルさん、そんなに髪の毛あるんですし!」
「あの」
「言ってくれるな、うちの祖父さんを見たことあるだろう?忘れたかあの禿げ具合。これでも気にしてるんだぞ。」
だから伸ばしてるんだよ、と、少しむくれた様子の表情で言う。
まぁ確かに。ミリアルの懸念も分からないでもない。
ルシオスも自身の、うなじのところで結んだ髪の束を触って確認する。
そこそこの数の罠や草むらに2,3本ずつ、切り落とした髪の毛を結び付け終えたので、少し減ってしまったか。
・・・上手くいったとしても、これはこれでまた公言せずにおかねばならない。
周知されてしまったら、ミリアルの指摘通り後悔することになりそうだ。
「影獣騎士の有難い御髪、分け与えてくれ」と迫られることになりかねない。
そして、それはそれで扱い方を間違えられると、危ない。
ミリアルの懸念も正しい。
「で、でも今までよりは使う髪の毛の量が少なくて済むかもですよ・・!」
「当主代理」
「それはそうかもしれないが・・・」
「とにかく!今夜、様子を見て見ましょうって!」
そう言いながらウィルディムの手元から、猟師が仕掛けた罠の地図をひったくって。
残る場所は無いか、と確認しようと軽く駆けだしたその時。
「当主代理。そちらには」
ウィルディムの声は何となく聞こえていた。
だが。
むぎゅ、と。何かを踏んだ。
「?」
ばちん、と何かが弾ける音がして、
「ッッ!?―――ぎゃゃぁぁあああああああ!!!」
突然足首を引っ張られて葉っぱの塊に脚から飲み込まれた!
――― 否。
ばさばさと音を立てて、一瞬にしてルシオスの体は脚に掛かった罠に引っぱり上げられた。
――― ま、また引っかかった!!!
そう気付いたときにはすでに、樹のてっぺん近くまで吊り上げられてぶらぶらと揺れることになり。
逆さまになってぶら下がったまま、噛もうにも噛めない臍を噛む。
しかも下からミリアルが爆笑する声が聞こえた。
「っ、~~~~~~~ッッッ」
もう嫌だ。
せっかく・・・・せっかく、良いアイディアを思いついたと思ったのに!
逆さまになってしまい血が頭に登る、というか、下がって来るというか、ともかく顏が真っ赤になるのを感じながら。
だがそうして歯ぎしりしながら赤面している場合ではないのも事実。
どうにか、足首を締め付ける罠を解かなくては、と腹筋に力を入れるがどうにもならない。
回りの枝を手繰り寄せるべく手をおたおたと振るが届かない。
・・・情けないが・・・、
「た、助け―――」
ややあって、意を決して地上に残る二人に助けを求めようとしたその瞬間、今度は「プチっ」と足元もとい頭上から聞き捨てならない音が聞こえた。
「・・・・・!!!??」
一方の地上。
「なーにか、気をとられながら、っ歩いてるなぁ、とは思ったんだが」
突然、目の前から吸い上げられるように消えたルシオスを見、一頻り笑うに笑った後。
冷めやらぬ笑いを噛み殺しきれず、口の端をひきつらせながらミリアルは見上げて呟いた。
小鳥が騒がしく飛び去った頭上の遥か上の方。
樹の枝がばさばさと揺れて、折れた枝がぼとっと落ちて、ぱらぱらと実も葉も舞い落ちてくる。
それを手で払いながら、樹上の主人の姿を探る鉄仮面然とした男を横目で見た。
相変わらず石板に彫られた彫像のように眉毛も動かぬ無表情だが、内心、主の心配しきりなのが丸分かりだ。
仕方ない、世話の焼ける弟分な上司を助けにいくか。
ミリアルは微苦笑を浮かべながら、邪魔な剣を腰から外して投げ捨てて、樹の幹に手足を掛ける。
が、黙って上を見上げていたウィルディムの声に動きを止めた。
「・・・来ますよ」
「何?」
「離れて。落ちて来る」
意味が解らず眉根を寄せるが、すぐに、ばさばさとけたたましい音が上から聞こえた。
だんだん近づいてくる。すぐ横を折れた枝が落ちてきた。
「なっん・・・っ」
「ゎああああフェ―――ーーール゛っっっ!!!」
一陣の黒い風が太い幹を駆け下りてきたのを見、思わずさっと後ずさったその場所に、直後、赤毛が頭から落ちてきて、
「ぐぎゃっッ」
ルシオスは後頭部から、呼び出した自身の、長毛の狼の姿をした使役の上に落ちた。
そして、その影獣フェールを地面にぺちゃんこに伸して、そのまま両足をぱたりと地面に落とした。
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