許の忙しい1日

「やっぱりここにいたんですね」

凱太子の侍女が、日常の常識のように入って来る。


「まだ、寝かせてあげて。私は叔母上に朝の挨拶へ」

許の侍女達により、黒く艶やかな髪の結いあげや髪梳きが終わり、色とりどりの宝石があしらわれた簪が挿し終わると、許は部屋を出た。


「沈(ちん)太皇太后に、朝のご挨拶を」

小さく可愛い身体の胸辺りから、左手を少し前に差し出し、左手の平に右手の甲を重ね、立ったまま頭を下げる。


「私の可愛い許よ。堅苦しい挨拶はよいから、おいで。見せたいものがあるのよ」

許の手を、皺はあるものの暖かく滑りのよい沈太皇太后の手が優しく包み込んだ。


許は、満面の笑みで顔を上げた。

「もしかして、叔母上…」

期待に満ち溢れた大きく丸い黄水晶の瞳が輝く。


「そうだよ。前に許が欲しがっていた薬草の栽培が成功してね。許の言う通り土壌作りを見直すことから始め、様々な肥料との掛け合わせを試し、詳細にその記録を記したら大成功したんだよ」

許の顔を見て、沈太皇太后も更に笑顔になる。


「叔母上様。凄いですわ!これで凱太子の病気が治るかもしません」

「そうね。許の発想が凄いのよ。海水まで肥料に使う発想はなかったわ」

2人とも手を取りあい喜びあった。

けれど、一瞬にして許の顔が曇った。

「海水…」


央国には豊穣な大地に、美しく大きな湖はあるけれども、海に面してる土地では無かった。

漁業が盛んな東国と、豊富な鉱山資源に恵まれた西国の大帝国に囲まれるような形で、央国があった。


「叔母上様、記録を見せて下さいませ」

心配気な叔母上の顔。

宦官に、すぐに記録帳を持ってこさせる。


許は、記録帳を見て嫌な予感が当たってしまった事に、苦虫を噛み潰したような顔になる。

「叔母上様。東国の海水が使われてますわ。凱太子の分は用意出来るかもしれませんが、央国の民達の分までとなると…」


央国の民の半分が、凱太子のように虚弱で産まれる。

対処法はあったが、どれも貴重な薬草や痛みを伴うものばかりで、許はずっとどうにかしたいと思っていた。


「東国の海水だとわ。すまないねぇ。ぬか喜びをさせてしまって」

沈太皇太后も、顔が曇った。

「また、手立てを考えます。嚀(ねい)皇太后にご挨拶して来ますわ」

許は、心配させまいと笑顔を作り沈太皇太后を抱きしめ部屋を後にした。

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