第33話オレに話したいことはないか

オレに話したいことはないか


レーク城のホールには、大勢の人が賑わっていた。


ゼンシが急に帰ると宣言をしたからだ。


昨夜、遅くまで宴会を繰り広げていた家臣達は寝ぼけ眼だ。

「なんでこんなに早く・・・」

不可解な表情をしていた。



ゼンシは焦りのせいか、いつもより苛立っていた。


シリとの関係を知ったらグユウは、怒るだろう。

小さな領地とは言え、ワスト国は良い立地。

義理堅い、義弟グユウは便利な駒だ。


ほとぼりが覚めるまで、グユウにあわないほうが賢明だ。


ゼンシは、明敏で果断な面と小心者で臆病な面とを併せ持っていた。



「兄上様、こんなに早い時間にお帰りですか」

グユウが戸惑いながら声をかけた。


ゼンシはグユウの表情を見て、今朝のことは何も知らないと判断した。


「急用ができてな。早々に帰ることにした」

「せめて、朝食だけでも・・・」

言い淀むグユウ。


その横にスッとシリが入ってきた。


「兄上、お気をつけてお帰りください」

真っ青なドレスを着たシリは極上の笑顔をむけた・・・少し不自然すぎる。



「世話になった。グユウまた逢おう」

ゼンシは言い残し、あっという間にレーク城を去った。



レーク城内は、早朝なのに宴の後のような雰囲気になった。


城内で働く人々は、ゼンシ訪問のために一丸になって準備をしてくれた。

グユウは、城の皆に感謝と労りの言葉をかけていた。


その姿を離れた場所から、シリは見つめていた。

(優しい領主だわ…)


グユウの事を知れば知るほど、好きになっていく。

好きにならずにいられない。


そっとジムが、グユウに声をかける姿が見えた。

緊張のため顔を強張らせたジムが、グユウを別室に連れていく。


シリは、当てもなく城の外に飛び出した。


再びゼンシに乱暴されるなら死ぬ覚悟だった。

遺言のつもりでジムに記録を取らせた。

そのつもりでいたのに生き残ってしまった。



欲を言えば、この件は秘め事として取り扱ってほしい。



シリとゼンシ、ジムだけの秘め事に・・・。



でも、それは無理だった。


シリがナイフを取り出した事は、領政に関わること。

グユウに内密にすることはできない。

(自分の行動に責任を取らなくていけない)



強い日差しを感じ見上げると、

突き抜けるような青空に白い雲が気持ちよさそうに浮かんでいた。


ーーーーーーーーーーーーー


「グユウ様。今朝のゼンシ様とシリ様の記録になります」

ジムは、少し青ざめた顔でグユウに羊皮紙を差し出す。



「ジム、記録の指示はしていない」

「シリ様が私に命じました」

ジムが唾をゴクリと飲んだ。



「シリが?」

「はい・・・。記録を取りグユウ様に渡してほしい。そう命じたのです」

硬った表情のジムは、この1日で老けた印象になっていた。



グユウは黙って羊皮紙を受け取り目を通した。



読み終わった後、グユウは呆然としていた。


「ジム・・・これは・・・」

握りしめた羊皮紙はくしゃくしゃに姿を変えた。



ゼンシの早々の帰宅、シリの不自然な笑顔、その理由がわかった。


「グユウ様、私の推測ですが・・・シリ様は死ぬ覚悟があったと思います。

遺言のつもりで私に記録係を命じたと思います」

ジムは伏し目がちに呟いた。



「・・・シリはどこにいる」

「先ほど、城外へ出かけたのをお見かけしました」



羊皮紙を放り出し、グユウは矢のように駆けていった。

部屋に残されたジムはため息をつく。

(これから、どうなっていくのだろう・・・)



まだ仕事が残っている。

この記録を、乳母のエマに見せないといけない。


それもシリの指示だ。

「辛い任務だ」

ジムは独り言を呟いた。


ーーーーーーーーーーーーーーーー


気がつけば馬場にいた。


陽光を浴びてきらめくロク湖、ぽっかりと浮かぶチク島。


チク島でグユウに抱きしめられた事を思い出した。

“オレもシリを好いている“

そう言ってくれた。



わすが2ヶ月前なのに遠くのことのように感じる。


遠くから足音が聞こえる。

ものすごい勢いだ。 

足音が止まった。


振り向くとグユウが立っていた。


城から走ってきたようで肩が荒く上下している。


湖からの風がシリの髪とドレスをそっと撫でていく。


整った青白い顔を取り巻くように金髪が踊る、俯くその姿に溢れるような美しさが滲んだ。


「シリ、オレに話したいことはないか」

グユウは静かに質問をした。


(もう隠せない・・・)

シリは軽く目を閉じた。

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