第34話 妊娠の告白 子供の父親は…誰?
妊娠の告白 子供の父親は・・・誰?
「オレに話したいことはないのか」
グユウの静かな問いにシリは軽く目を閉じた。
(もう隠せない・・・)
何から話すべきか。
今朝の出来事、ゼンシとの関係、そしてお腹の子のことも伝えなくてはいけない。
まずは謝罪だ。
ワスト領の領主 グユウに迷惑をかけた。
「今朝の振る舞い、ご迷惑をおかけしました」
震える声でグユウに伝えると、何か言いたげな黒い瞳が揺れている。
端正なグユウの顔を見つめていると涙が出そうになる。
沈黙の後、グユウは質問をした。
その声は、手で触れるほどの硬さだった。
「シリ・・・死ぬつもりだったのか」
「はい」
「何で・・・」
「兄上に犯されるなら死んだ方がマシです」
声を震わせながらキッパリと言い放った。
「シリ・・・その・・・ゼンシ様とは・・・」
その先の質問をグユウはできなかった。
シリも答えられない。
質問に答えたら何もかも終わるような気がした。
2人の間に長い沈黙が流れた。
「シリ、隠すな。オレに甘えてくれ。それが何より嬉しい」
グユウが静かに切り出した。
「嫁ぐ2日前…」
俯きながら、途切れ途切れにシリが言葉を吐き出す。
「兄上に犯されました。初めてでした…」
「そうか」
俯いているので、グユウの表情は見えない。
反応が怖くて顔を見ることができない。
グユウの返答は、いつもの’’そうか''だった。
「オレはシリが隣にいるだけで良い」
グユウはシリを見つめた。
シリはグユウの瞳に応えない。
頑なにチク島を眺めている。
「死ぬなんて考えないでくれ」
グユウの声が揺らいだ。
「シリを失うことが一番辛い」
グユウはシリの肩に手をかけた。
「優しくしないでください」
シリはグユウの手を払いのけた。
シリはグユウの瞳を真っ直ぐに見つめる。
グユウの瞳は傷ついて悲しげに揺れていた。
「優しくしないでください」
震える声でもう一度伝えた。
「妊娠しています」
シリは呟いた。
「2月には子供が産まれます」
グユウは目を見開く。
我慢していた涙が溢れ出た。
「あなたの子かもしれません・・・兄上の子供の可能性もあります」
つぶやき、しゃがみこんだ。
嗚咽がとまらない。
「シリ・・・」
グユウはそっと隣に座り、シリの手を取った。
「オレは嬉しい」
そう囁き、優しい瞳でシリを見つめる。
「どうして?子供の父親はわからないのですよ」
シリは噛み付くように答えた。
「オレの子かもしれない」
「それは・・・でも!」
「回数ならオレの方が多い」
グユウは照れくさそうに話す。
「それは・・・でも・・・」
「大丈夫だ。その・・・シリが産めばオレの子供だ」
これほど蕩けそうなグユウの声音は初めてだった。
恐々、顔を見上げるとグユウが微笑んでいた。
(こんなところで笑うなんて・・・。ズルい)
シリは声もなくうめいた。
鉄仮面のような顔をしているグユウが、穏やかに微笑むと破壊力は凄まじい。
こんな状況なのにシリは見惚れてしまった。
慌てて我に返る。
「あなたは・・・その・・・可愛がることができますか。もし・・・」
子供の父親がゼンシだったら。
妊娠がわかってから、シリは何度も思ったことがあった。
ゼンシと自分の子供を可愛がることができるのだろうか。
可愛いと思えるのだろうか。
まだ存在感がないお腹を撫でながら不安になった。
母親であるシリがそんな心境なのだ。
父親になるグユウは、もっと思うに違いない。
「シリ、赤ん坊のシンは可愛いか?」
突然グユウが質問をした。
「可愛いですよ。可愛いに決まっています」
あのふくふくした頬っぺた、真っ黒な瞳、シリを見ると微笑んでくれる赤ん坊。
シンを思い出すだけで胸の奥が豊かになる。
「シンはオレと前妻の子供だ」
グユウはチラッとシリを横目で見る。
「血は繋がっていない。可愛いのか?」
「可愛いに決まっています」
「どこが可愛いと思う?」
「それは・・・たくさんありすぎて言葉になりません。
そこにシンがいるだけで可愛い。愛おしい。
グユウさんと同じ瞳を持つ男の子。好きにならずにはいられません」
「オレもそうなると思う」
グユウはキッパリと言い放った。
「シリが産んだ子供なら・・・無条件で可愛い」
「そんな・・・」
「子供はシリに似てほしい」
グユウはシリの顔を見て微笑む。
「きっと可愛いはずだ」
激しい感動のため、シリは頭から爪先まで震えた。
喜びー幸福ー戸惑いー心配ー絶望。
この数日間シリに身を切る思いをさせた
ありとあらゆる感情が、胸の奥に揺すぶられたとたん、一瞬、どっとシリの心に殺到したかに思われた。
シリは何か言おうとした。
最初、声がどうしても出てこなかった。
「グユウさん・・・」
その名を囁いてグユウの瞳を見つめる。
シリの顔を見て、グユウは心からホッとした顔をしていた。
グユウはシリの肩をつかみ、シリを覗き込んだ。
その無骨な指は、まるで腫れ物を触るように、シリの頬の涙を優しく拭う。
「口づけしたい。良いか?」
不安げにシリの瞳を覗き込む。
「どうして聞くの?」
こんな場面でもシリは質問をしてしまう。
「その・・・口づけをしたら・・・お腹の子供に良くないかな・・・と」
シリは思わず吹き出した。
「大丈夫ですよ。1週間前まで馬に乗っていたんですよ。私」
イタズラっぽくシリは答える。
シリの顎の下に添えられた指をそっと上げた。
もう一方の大きな手は遠慮がちにシリの頬に添えられる。
近づく黒い瞳に高鳴る胸。
何度経験しても慣れない。
その黒い瞳が集点を結べないほどの距離になった時、シリは瞼を閉じた。
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