第22話 愛のない結婚から生まれた真実の愛

愛のない結婚から生まれた真実の愛


結婚をして3週間が過ぎた。


グユウは少しずつシリに心を開くようになってきた。

シリがグユウの瞳を見つめると、

くすぐったそうな恥ずかしそうな顔をするようになった。


一見無表情に見えるけれど、

深く黒い瞳が優しく揺れるのに気づく。


シリは気がつけばグユウのことを目で追ってしまう自分に気づいた。


グユウのことを想ったり、見つめると誤魔化しようもなく胸の奥がとくりとした。



二人は夕方に城の周辺を散歩することが新しい習慣になってきた。


領の動きや政治の話はグユウも領主らしく口数が増える。

女性との会話は続かないけれど、政策については語れるようだ。

シリ自身、領の未来について話すことが好きなのでグユウとの会話のキャッチボールを楽しんでいた。


お気に入りの場所は馬場から見えるロク湖。


「ここの景色が1番好き」シリはそう呟いた。

ミンスタ領にいた時も美しい景色だと思っていたけれど、

ワスト領に嫁ぎ、グユウの隣で見るこの景色はどこよりも好きだ。


静かに揺れる湖面にぽっかりと浮かぶ島。


その島の存在は嫁いだ日から気になっていたけれど、いつも質問をするのを忘れていた。


「グユウさん、あの島はなんという名前なの?」

「チク島だ。人は住んでない」

「あの島には何があるの?」

「セン家の建物がある。代々、大事にしている」

「どうやって島に行くの?」

「船だ」

「船!船に乗るの?」

「あぁ」

「船に乗ったことがないの。チク島に行ってみたい!」シリは身を乗り出した。


「船は揺れるぞ」グユウは心配げに呟く。

シリのワクワクした瞳を見つめると、

「すぐには行けないが・・・今度、チク島に行こう」


ーーーーーーーーーー


5日後。

グユウとシリ、少数の家臣と船に乗りチク島に向かうことになった。


見送るエマは機嫌が悪そうな顔をしている。

船に乗ることは危険だと反対したのだ。


反対したところでシリは言うことを聞くはずもない。


シリの服装にも不満を抱いていた。

なぜなら、乗馬の時と同じように男装をしていたからだ。


揺れる船やチク島は傾斜が激しいところだから

ドレスでは行けないとエマを説得し、渋々納得してくれた。


「この服装、グユウさんは似合うと言ってくれるのよ」


“それでは殿方に愛されない“

結婚前、シリが無鉄砲な事をするたびにエマは忠告をしていた。

最近は聞かなくなってきた。



エマに見送られて船に乗り込む。

風に押されて船が押し出された。

グラっと景色が揺れる。

10分ほど経つと周囲が全部湖に囲まれた。

「すごい。こんな景色見たことない」

シリが瞳を輝かして水面を見つめた。


湖岸から六キロほどの沖合に浮かぶ小さな島が近づく。

巨岩の上に繁った緑色の樹木が湖面に映える。


長い間、船に乗っていたので、島の地に降り立つと身体が揺れているような気がした。


100段を越えるゴツゴツした階段を登り切った頂上に建物が見えた。


ここはセン家が大事にしている建物で、中には小さな女性の木像が飾られていた。


芸事、在福、知恵の徳があるとグユウから説明を受けた。


建物を出ると斧で断ち割ったような島の端からレーク城が見える。



シリは湖面の風を受けて岸壁に立った。

見たことがない景色だ。


「シリ・・・」

控えめにグユウが声をかけた。


「ゼンシ様から手紙がきた。ミヤビへ行き、国王に挨拶をしたいらしい」


国王への挨拶。

それはゼンシが望んでいた領土統一の一歩でもある。


ワスト領を通らないと国王が住むミヤビには行けない。

シリがワスト領へ嫁いだ理由の一つだ。


「嫁いで1ヶ月も経たないうちに・・・兄上らしいけれど露骨だわ」


シリを嫁がせた背景を周辺の領は敏感に感じている。


周囲の目を気にせず、早急に行動するゼンシに半分呆れていた。


「オレはそれを堂々と行うゼンシ様に興味がある」

「そうですか」


「半月ほどしたら、その件について打ち合わせをする予定だ」

グユウは湖面を見ながら淡々と話した。


「シリはゼンシ様に似ている所がある」

グユウは呟いた。


それはシリが最も認めたくないことだった。

(確かに似ている)

輝くような金髪、切れ長の青い瞳、外見はもちろん、気性が激しいところもゼンシに似ている。


癇癪を爆発するたびにシリは己の中に眠るゼンシを感じていた。


「領主としての兄上は尊敬しています」

グユウの瞳をまっすぐに見つめながら挑戦的に言った。


「でも、1人の男として兄上は好いていません。

兄上の途方もない狂気で多くの人が苦しんでいました」

シリの脳裏にゼンシに乱暴された夜のことが浮かんだ。


「私は結婚に夢を抱いていませんでした。

兄上は奥様の生家の勢力を削ぐため、奥様に嘘の情報を流したことがあります」


ゼンシの行動によって、たくさんの人が泣いていた。

幼い頃からシリは何度もその光景を見ていた。

シリの憤りは止まらない。


「騙し合いで夫婦生活が成り立っていました。

兄上夫婦の姿を見ていると結婚などしたくないと思っていました」


「そうか」

グユウの答えはいつも通り簡潔だった。


長い沈黙が続いた。


「でも、グユウさんに出会って少しだけ考え方が変わりました」


「オレは何も・・・」


「グユウさんは口下手だけど嘘はつかない。私を騙そうとしない」

シリはグユウに近寄った。


胸に秘めた想い、伝えずにいられない。


「あなたと出逢って、結婚は良いものだと思うようになりました」


柔らかな青い瞳を物問げに輝かし、クリームのような頬の色を濃く染めてシリは見つめる。


「グユウさんが好きです。あなたと結婚できて幸せです」

突然のシリの告白にグユウは目を見開いた。


しばらく間が空いた後、グユウはシリの頬に触れる。


少し荒れたグユウの親指が戸惑うように震えていた。

見開かれた目がほどけるように柔らかく変わり、

いつも、閉ざしがちな唇は少しだけ微笑んでいるようにも見える。


「シリに出逢って驚くことばかりだ」


グユウの手はシリの輪郭を不器用になぞった。


手のひらの温度にシリは激しく胸が震えた。


「約束する。オレはシリに嘘をつかない」


グユウはギュッとシリを抱きしめて耳元で囁いた。


「オレもシリを好いている」

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