第19話 番外編 初夜 未完成婚の報告
番外編 初夜 未完成婚の報告
ワスト領では初夜に見張り役がつくことになっている。
寝室に隠し小部屋が2つ設置しており、
外見は、チェストのようになっているが中は大人1人が入れるような空間。
扉は廊下につながるようにできていた。
この隠し小部屋は、初夜の見張り役だけではなく、
大事な話をするときの記録、もちろんスパイ行為のために作られている。
寝室の隠し小部屋を確認して、シリはホッとした。
先に嫁いだ姉妹達の話を聞くと、簡単な衝立や布のようなもので仕切られたところで
初夜をする場合もあった。
見張り役の目的は新婚夫婦が交わったかを確認するためであった。
この時代、子作り=政治だった。
できるだけ多くの子供、特に男の子を作ることを求められた。
女の子の場合は親戚関係を結ぶときに政略結婚の駒になる。
ミンスタ領の領地が急速に広がったのはシリの兄弟が23人もいたことが大きい。
挙式が終わり、初夜を迎えたとき、ベットの左隣の隠し小部屋にはワスト領の家臣 ジムが待機。
右側の隠し小部屋にはシリの乳母 エマが待機することになっていた。
この日の2人は寝ずの番の見張り役になり、一晩中聞き耳や確認をして記録を行う。
グユウとシリが無事に交わり、それをお互い確認をしたら任務終了になる。
ーーーーーーーーー
初夜 エマは隠し小部屋に潜んでいた。
シリが無事に初夜を迎えることができるか心配をしていた。
教えるべきことは教えた。
黙ってグユウ様に身を任せれば良い・・・と。
その教えをシリが大人しく従うことができるか。
全く見通しが立たなかった。
グユウが寝室に入り気まずい空間が広がる。
監視しているエマも緊張してきた。
お互いぎこちない雰囲気だけど無事にベットに着地した。
これはいける!
エマは成功の手応えを感じた。
しばらくすると風向きが悪くなってきた。
シリが泣きながら「泣いてません!!」と絶叫していた。
(・・・泣いている)
エマはめまいがした。
急に頭が重くなり、がっくりと首を折ってしまった。
散々泣いた後にシリは子供のように「眠くない」「疲れていない」「平気」と
言い張りながらグユウの胸の中で眠ってしまった。
(眠ってしまわれた・・・)
初夜は失敗である。
(グユウ様は怒っているのではないか)
グユウの表情を確認すると優しい表情をしていた。
蝋燭の灯りを消した後、暗闇でシリの頭をそっと撫でたように見えた。
(気のせいかもしれない)
ーーーーーーーーーーー
翌朝、グユウが先に目覚めた。
自分の腕の中でシリが眠っていることに驚いている様子だった。
グユウは恐る恐るシリの寝顔を覗いた。
扇のように長いまつ毛は頬につきそうなほど長い。
幸せそうに眠るシリの姿を見て、グユウの口元に微笑の影が浮かんだ。
それは、長い間使わなくて錆びついてしまったような微笑だった。
ジムとエマは初夜の報告を行った。
「作法が行き届かずすみません」
エマはジムに謝った。
驚くべきことにジムは微笑んでいた。
「面白い妃が来られた。グユウ様にとって良いことだと思われます」
エマが怪訝な顔をした。
昨夜のシリの態度は、口答えをして感情を爆発し贔屓目で見てもよろしくない。
「グユウ様の前妻は淑やかで上品な方でした。自分の意見は言わない方でした。
グユウ様もあの通り寡黙な方なので・・・2人の会話はほとんどありませんでした」
「初夜はスムーズに行われたのですか」
「前妻の方とは滞りなく終わりました。その時も終始無言で・・・」
「そうですか」
「私たち家臣もお二人の仲を取り持つように色々励みましたが、
数回の交合で妊娠してからは、お二人は一緒に寝室で過ごすこともなかったです」
「昨夜はほとんど会話をしていませんよね」
「いえ。あれはグユウ様にとって話した方だと思います」
この日の記録には未完成婚と記入した。
未完成婚とは新婚初夜が全うされていない状態の夫婦のことだ。
ーーーーーーーーーー
初夜2回目
今夜こそ!!
そう思いながらエマは隠し小部屋に入った。
グユウとシリはベットの上に正座をして話し合っている。
ベットの上とはいえ甘い雰囲気がない。
シリが笑顔でグユウに近づく。
グユウは引け腰になっている。
グユウはベットに横になったが一向に始まる気配がない。
先に寝たのはシリの方が先だった。
(シリ様・・・いくら疲れているとはいえ・・・!!)
エマは歯痒くなった。
グユウは滑稽なほどビクビクしながらシリの顔を覗き込んだ。
シリは美しい秘密を知っている者のように眠りながら微笑んでいた。
その様子を見て、また錆びついた微笑を浮かべた。
(笑っているように見える・・・?起きているシリ様にあの微笑を見せればいいのに)
この日の記録も未完成婚と記入した。
翌朝、ジムは達観した意見を述べた。
「焦らず夫婦になれば良いのです」
エマは激務で身が細る思いをした。
ーーーーーーーー
初夜3回目
(初夜に3回目はあるのだろうか?)
エマはふと疑問に思った。そろそろベットで眠りたい。
寝室でグユウとシリの会話は少しずつ増えてきた。
最も会話はほとんどシリの方が行ない、グユウはたまに相槌を打っている程度だ。
この日は披露宴があった後でシリはあっさり寝てしまった。
寝返りしたシリがグユウの腕に触れた。
今夜のシリは目を下から閉じあげて眠りながら笑っているように見えた。
グユウはおずおずとシリの頭を撫で、優しい瞳でシリの寝顔を見つめていた。
この日の記録も未完成婚だった。
翌朝、ジムは予言めいたことを言った。
「グユウ様とシリ様の距離は近づきつつある」
(このペースでは2人が結ばれるのは半年先になる)
エマはそう感じた。
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初夜4回目
この狭い小部屋で4回目を迎えることになってしまった。
今夜は大丈夫なような気がしてきた。
乗馬から帰ってきたシリは夢見がちでふわふわした表情だった。
何か良いことがあったらしい。
洋服に無頓着なシリが何度もパジャマの確認をしていた。
今まで2人は寝室に入るとベットに直行していた。
今夜は窓辺に立ち話をしていた。
シリがグユウの袖を引っ張り、背伸びをして口づけをしてきた。
いきなりの進歩にエマは頬を染めた。
その後、流石のグユウも行動に移した。
シリを抱き上げ、そのままベットにむかった。
オドオドしていたグユウだったけれど、
シリと数回会話をして勢いにのってきた。
「グユウさんっ!グユウさん・・・っ」
助けを求めるように何度も呼ぶシリの声を聞きソワソワしてしまう。
翌朝、グユウは眠っているシリの髪の毛に口づけを落とした。
こうして、エマとジムの4日間の見張り役が終わった。
ジムとエマは微笑んで成婚と記録につけた。
「良いご夫婦になるでしょう」
「そうですね。お二人とも幸せそうでした」
(今夜からベットで眠れる)
エマは心から安堵した。
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