第19話 政略結婚、初夜の事後…夫の冷たい態度に傷つく
政略結婚、初夜の事後…夫の冷たい態度に傷つく
「シリ様 そろそろ朝食のお時間ですよ」
エマにそう言われ、シリはのろのろとベットから這い出た。
エマがブラシで髪をといてくれる。
芳醇なお酒を飲んだ後のように頭がボーとして地に足がつかない。
足の間に違和感がある。
窓の外では、いつものように鍛錬をしているグユウが見えた。
シリは改めて昨夜のことを思い出す。
グユウは結婚が2回目。その割には女性の扱いに慣れてない感じがした。
手つきは、ぎこちなくてオロオロしていた。
(けれど・・・腫れ物を扱うように大切に優しく私を抱きしめてくれた…)
(気づけば私もグユウさんにしがみついていたな。恥ずかしい)
思い出すだけで顔から火が出るような気持ちになった。
(朝食の時にどんな顔をしたら良いのかしら…)
ーーーーーーー
エマは鏡にうつるシリの顔を見て目を細めた。
乳母になって20年。
シリが生まれた時からお乳を与え、成長を見守っていた。
子供の時から整った顔立ちをしていたけれど、成長するとともに周りがたじろぐほど美しくなった。
見た目とは、裏腹におてんばで気が強くて聡明。政治や乗馬に興味を持った。
シリが男の子だったら、どんなに有望だろう・・・と何回も思った。
そんなシリを立派な妃として相応しく育てようと必死になった。
シリといるとハラハラし通しだったけれど、
可愛くて愛しくて、自分の命をかけて大切に慈しんでいた。
8日前の夜、シリがゼンシに乱暴された。
シリは何も言わなかったし、エマも気づかないフリをした。
けれど、傷つき青白い顔をしたシリを見かけるたびに
苦しくて辛かった。
(今朝のシリ様は惚れ惚れするほど美しい。幸せそうだ)
「シリ様、お支度が整いましたよ」
「エマ、あそこの花瓶にある赤いバラ、髪に挿したら変かしら?」
シリが恥ずかしそうに聞いた。
「とても似合うと思います。小ぶりなバラの方がお顔に映えると思います」
エマがそっと髪に挿した。
洋服、髪型、お化粧全てをエマに任せていて無頓着だったシリ。
髪型を気にするなんて大きな進歩だ。
「エマ、似合う?」
「ええ。シリ様。素敵です」
ーーーーー
鍛錬後のグユウが食堂に入ってきた。
テーブル越しにシリとグユウは目が合う。
「おはようございます」
シリは恥ずかしくて頬に血が上り、ぶっきらぼうに言ってしまった。
(あぁ。もっと優しく言えば良かった…)
「あぁ」
グユウは答えたけれど、いつもと変わらぬ表情をしている。
何事もなかったように淡々と朝食を食べている。
会話がないのは仕方がない。
口下手な人なのだから。
それでも、昨夜の後なので少し欲張りになってしまう。
グユウはシリの存在はもちろん、
左耳の上に挿してある赤いバラにも関心を示さなかった。
グユウの反応を見て、シリは1人で舞い上がった自分が恥ずかしくなった。
(私だけ緊張しているなんてバカみたい)
シリは髪に挿した赤いバラを引き抜いてポケットにしまった。
朝食後、グユウは婚礼の儀式で滞っていた業務に取りかかる。
シリはモヤモヤとした気持ちを抱え、花嫁道具の整理整頓をした。
ようやく日常生活が戻った気がする。
午後は、赤ん坊のシンと面会した後にゼンシ宛に報告の手紙を書いた。
城内で何度かグユウとすれ違ったが、
グユウは相変わらずいつもと同じ表情だった。
シリとは目も合わせない。
そんな態度にシリは苛立ちが増してきた。
夕方になり、
馬場に行くと小高い丘の先にオレンジ色に色づいたロク湖が見える。
ロク湖には小さな島がぽっかりと浮かんでいる。
「散歩か」
突然後ろから声をかけられてびっくりして振り向く。
グユウだ。
黒い髪をなびかせ、真っ黒な瞳、相変わらず無表情。
グユウは湖の先をぼんやりと遠くを見つめていた。
シリは横目でグユウの顔をみた。
(キレイな横顔だわ・・・)
「身体は大丈夫か」
(身体?あぁ。昨夜のことを気にしているのね)
「だ・・・大丈夫です」
赤くなりながら答えた。
「そうか」
2人の間に沈黙が流れる。
沈黙を破ったのはグユウから。
「ゼンシ様に手紙を出しているのか」
「はい」
「それが仕事だ。励んでくれ」
シリの仕事、それはワスト国の情報をミンスタ国に提供することだ。
それはわかっている。
けれど、その言い方は政略結婚なので、
深い付き合いや恋愛感情は持たないと宣言されたような気持ちになる。
昨夜、あんなに優しくしてくれたのに。
今日は、素っ気ない態度といつもの無表情だ。
目も合わせてくれない。
(優しくしてくれたと言っても、ベットの中のことだけ。口づけ、手つき、目つき、これくらいのことしかない)
(私は愚かで、ロマンスを夢見た女だったわ。いいわ。これからはもっと賢くなる。
賢く、慎重になろう。もう、その場の雰囲気で流されない)
一瞬でもグユウに対して浮かれていた自分を愚かに感じた。
ポケットに入ったままの赤いバラを握りしめた。
「ええ。励みます」
硬い声でシリは伝えた。
今夜から寝室は2人だけになる
シリとグユウが初めて結ばれてから監視役はお役御免になった。
シリがベットに入ると、グユウはシリをチラッと見た後に背中をむけた。
一日中、グユウの態度に振り回されていたシリは、その態度に抑えきれない憤りを感じた。
次の瞬間、ひらりとベットから抜け出してグユウの目の前に立ちすくんだ。
「グユウさん、昨夜の私にご不満ですか」
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