第11話一言も会話がなかった結婚式
一言も会話がなかった結婚式
夜明け前、目を覚ましたシリは窓辺に行き外を眺めた。
ワスト領はミンスタ領に比べて湿度が高い。
空気は露を含んで冷たく、眼下に広がるロク湖は黒い物体に見えた。
夜明け前の湖の色は見るとグユウの瞳を思い出す。
(今日は結婚式だ)
結婚式と初夜、その後、一日挟んで披露宴だ。
(先のことを考えずに1つずつ婚礼の儀式を終えることだけを考えよう)
東の丘から陽が登る頃、シリは結婚式の支度に取り掛かっていた。
シリの瞳と同じ色のウェディングドレス。
ミンスタ領で、このドレスを着た日の夜にゼンシに乱暴された。
辛い悲しい思い出があるドレスはシリに似合っているらしい。
ワスト領の侍女たちも盛んに褒めてくれた。
シリの細く滑らかな首にサファイアのネックレスが光る。
エマがヴェールを被せてくれた。
ーーーーーーーーー
レーク城内にある式場は、手入れが行き届いておりこじんまりとしていた。
結婚式はワスト領の関係者達が参列する。シリの知っている顔は1人もいない。
青いドレスの裾を引き摺り、霞のようなヴェールをかぶりゼンシの元に歩む。
紺色に銀色の刺繍をしたフロックコートを着たグユウは、
相変わらず無表情で置物のように立っている。
その鉄仮面をヴェール越しで見た瞬間、
シリの胸は動悸を1つ飛ばして打った。
それは生理学上不可能だとしてもシリにはそう感じた。
動悸は結婚式の最中も続いた。
(無理もない。緊張しているのだ)
結婚指輪の交換の時にグユウは不器用にシリの手をとり、
中指に指輪をはめようと苦戦していた。
指輪は薬指のはず。
ヴェール越しにシリはイタズラっぽく微笑み、右手で薬指をつついて教えた。
見上げたグユウの瞳が「ありがとう」と伝えたような気がする。
(この人は言葉で話すよりも、瞳で語る方が多いのかな)
ヴェールアップをする時に、うつむいたシリのまつ毛は長く、瞼は厚ぼったく夢見るようだった。
グユウの凪いだ瞳がわずかに動いたけれど、それはうつむくシリには見えない。
触れるか触れないかの儀式的な口づけをした後、
結婚証明書に署名をして終了だ。
長身、美男美女の2人が並ぶと絵になるような美しさだった。
挙式後、城の大広間で宴が始まった。
シュドリー城に比べ、レーク城はこじんまりとしており、宴はアットホームだった。
挙式まで「ミンスタの魔女」と警戒していたグユウの父 マサキは
酒の勢いも加わり手のひら返しに褒め始めた。
「こんなに美しい女性は見たことない。グユウは幸せものだ」
マサキの褒め言葉にシリは頬を染めた。
しかし、隣に座っているグユウは表情一つ変えなかった。
(とても幸せそうにみえない)
陽気な宴の中、シリは次第に不安になってきた。
(グユウ様はちっとも私の方を見てくれない。見えてないというより、あえて見ないふりをしているような気がする)
ミンスタ領のゴロクのような恥じらいや照れではなく、
シリの存在、そのものを無視しているような感じだ。
他の家臣達とは言葉は少なくても親しげに話しているのにシリとは一言も喋らない。
ドレスを着たシリを見ても無表情。
誓いの口づけは義務的だった。
(何度か話す機会があったのに目も合わせてくれない。私との結婚を嫌がっているみたい)
シリは小さなため息をついた。
(もちろん、私だって望んだ結婚ではないけれど)
孤独が胸に詰まる。
宴の終わりが見えてきた。
このあとは初夜。
シリの緊張と不安は高まる。
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