第10話 結婚相手は無愛想 本当に寡黙
馬車がレーク城の門前に到着した。
「シリ様のご到着」
ジムが声をかけると、待ち受けた家臣達が一斉に頭を下げる。
その様子を馬車の中から見つめていたシリは、気の毒なほど震えていた。
今まで、ゼンシが指示していたことを淡々と行えば良かった。
これからは自分でワスト領の妃らしい振る舞いをしていかなくてはいけない。
両手で顔を覆い目をつぶる。
(知らない人の元に嫁ぐことなどできない。)
馬車から降りるのが怖い。
(ああ、シュドリー城に帰れさえしたら!)
この馬車の扉を開けたら、後戻りができない。
ジムが馬車の扉を開けた。
シリは息を吐いて、ゆっくりと目を開けた。
逃げ出したい気持ちを抑えて、戦いに行く前のゼンシを思い出す。
恐れを知らず、少し笑みを含み、堂々と歩く姿を思い出した。
(毅然と歩く兄上のモノマネをすれば良いだけ)
手を差し伸べたジムの手をとり馬車から降りた。
両脇に頭を下げた家臣、侍女達が見える。
松明がズラリと並び、門の前に銅像のように立ちすくんでいる人がいる。
(あの人がグユウ様なのだろうか。そうに違いない)
これから結婚する相手にむかって、ゆっくりと歩み始めた。
ーーーーーーーーーーーーー
シリの到着を待ち構えていた家臣達は期待と好奇心の塊となっていた。
家臣の1人、カツイは嫁いだシリの顔を見たくて仕方がなかった。
グユウ様の結婚は大事件だ。
飛ぶ鳥落とすミンスタ領の領主ゼンシ様の妹。
ものすごい美人と言われている。
隠居したゼンシの父は「ミンスタの魔女」と蔑んでいた。
そのミンスタの魔女が目の前にいる。
(どんな姿形をしているのだろうか)
好奇心を抑えられない家臣はカツイだけではなかった。
シリが近づいてきた時、家臣達は不敬を承知で視線を上にむけてしまった。
夕陽の黄色い光が降りそそいでいた。
白と紫色のドレスをまとい、
夕陽を背にした柔らかな暗闇の中で、ほっそりとしたシリの姿がくっきりと浮かんだ。
光を受けて髪は焔のように輝き、
若々しい星のような目から感情が湧き出ている。
シリの姿を見て、家臣一同息を呑む。
(見たことがない美人だ)
口を開けてぼぅとなってしまった。
シリの後ろを歩くジムの鋭い目線に気付き、慌ててカツイは頭を下ろした。
(毅然とした美しさは噂以上の美しさだ。このような美しい姫がこの領に嫁ぐことが信じられない)
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城の入り口に近づくと青年が門の前に佇んでいた。
(この人がグユウ様だ。そうに違いない)
シリは自分より背が高い男の人はゼンシしか知らない。
(なんて背が高い人なのだろう)
シリの身長はかなり高い。
(グユウ様はおそらく私より顔一つ分、背が高い)
黒い燕尾服を来て白いボウタイを着ているその姿に圧倒された。
白い肌にインクのように黒い硬い髪が生えている。
切れ長で黒い瞳、すっと通った鼻、薄い唇。
(予想以上に見た目が良い)
シリが近づいても、グユウは身動きすらしない。
表情は全く変わらない。
人形を通りこして、もはや置物のようになっている。
遠くからシリが嫁いできたのに「嬉しい」「歓迎」「待っていた」と示すような言動が全くなかった。
無表情でシリのことをじーっと見つめている。
昔から多くの人にチヤホヤされていたシリにとって、
初対面でこんな反応をする人は初めてだった。
(鉄仮面のような人だわ。政略結婚とはいえ、もう少し愛想があっても良いはず)
グユウの目の前に辿り着いたので足を止めた。
2人は見つめあったまま沈黙が流れる。
(この場合、私の方から声をかけるべきなのかしら。どうすれば良いのだろう)
シリの瞳は焦りと動揺で揺らいでいたけれどグユウの瞳は静かに凪いでいた。
そこに何の感情も見えない。
「グユウ様」
見兼ねて、ジムが低い声で鋭く短く声をかけた。
グユウは夢から覚めたようにハッと気づいたようだった
「グユウ・センだ」
低い声で呟いた。
何の感情もこもってない声で淡々と話した。
「遠方からよく来た。今日はゆっくりと休むと良い」
冷たい目線でシリを一瞥した後、1人でレーク城にスタスタと戻ってしまった。
目前で扉を閉められたような気分だ。
ジムが慌てて侍女を呼んだ。
今夜はご休息。
明日の結婚式に備え、与えられた部屋で一夜を過ごすことになる。
部屋に戻るなり、エマは興奮した面持ちで話しかけてきた。
「グユウ様、とてもハンサムでしたね」
「確かに見た目は良いわ」
シリはグユウの鉄仮面のような表情を思い出した。
「でも、冷たそう」
吐き捨てるように言った。
用意されたベットはふかふかで気持ちが良い。
「エマ、疲れたわ。一緒に寝ましょう」
明日は結婚式。そして・・・初夜だ。
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