2章 ワスト領 結婚
第9話 初めて会う結婚相手…不安と期待が交錯する
ミンスタ領からワスト領までは、馬に乗って5日ほどかかる。
1日中、馬車に乗って移動する。
移動中のシリは1分1秒楽しんでいた。
馬車の窓から見える景色は
シリにとって初めての景色ばかりで興奮の連続だった。
生まれてからシュドリー城の中で暮らし、
外に出るといえば、シュドリー城周辺を弟、家臣と共に馬に乗る時ぐらい。
シリは外の世界を知らない。
地図を眺め、家臣達の噂話を聞くたびに、
外の領土はどんな感じなのだろうか。
どんな人が暮らしているのだろうか。
想像を巡らせていた。
橋を渡る時は滑稽なほど緊張していた。
「あぁ。エマ、橋を渡る時に橋が真っ二つに折れたらどうしよう」
「大丈夫ですよ。シリ様。橋が折れることありません」
「見るからに古くて脆そう橋だわ。馬車が乗っても耐えられるかしら」
「シリ様。大丈夫です」
そう話すエマも橋の耐久性が不安になってきた。
無事に橋を渡った後、2人の笑い声は馬車の外からも聞こえた。
ミンスタ領を離れることで気軽で自由の気持ちになった。
その気持ちは移動中の5日間のみ。
ワスト領に嫁いだら、顔も知らない人の妻になりミンスタ領のスパイになる。
5日目の朝、順調に行けば夕方にはワスト領のレーク城に到着する予定だ。
「シリ様 ロク湖が見えてきました」
ロク湖。ワスト領の大半を占める湖は、湖と呼ぶにはあまりにも広すぎた。
青く澄んだ水面が光の影響で表情を変えていく。
海を見たことがないシリにとって、水平線の彼方まで広がる湖は海のように見えた。
波音もかすかに聞こえる。これは海というものに違いない。
湖の中央にぽっかりと浮かぶ島が見えた。あの島の名前は何というのだろう。
エマに尋ねたけれど、わからないと回答された。
地図で見る湖と実際目にする湖はまるで違う。
昼食後、宿内の部屋でドレスの着付けが始まる。
ワスト領の領地に入ったら、家臣や馬たちはミンスタ領に戻ることになっている。
その代わり、ワスト領の家臣や馬がシリをレーク城まで運ぶことになる。
着付けが始まると、シリは急に不安が募ってきた。
(あと数時間で、知らない土地で暮らし、顔も見たことがない人と結婚をすることになる)
今まで『まだ先の話』と思っていたことが急に現実味を帯びてきた。
「エマ、どうしよう。怖くなってきた・・・」思わず弱音が出る。
(戦うような気持ちで嫁いだつもりなのに)
ワスト領が近づくと足が震える。
軟弱な気持ちに蓋をしようとしたけれど不安がどんどん増す。
(自分より何歳も若く嫁いだ姉妹達は、結婚前に不安な気持ちがなかったのかな)
「シリ様。大丈夫ですよ。ゼンシ様がお選びになった相手、間違いない方だと思います」
エマは優しく話しかけながら、シリの肩をギュッと掴む。
エマを始め、家臣の誰もがグユウがどんな人なのか知らない。
ワスト領は小さな領土なので、領主のグユウのことは話題に上がることがなかった。
「シリ様、紫色のドレスも素晴らしいです」
エマは元気な声で褒めた。
白く薄い生地のドレスで胸のところは紫色の花が散っている。
背中のボタンを閉める時に、エマはシリの背中をチェックした。
7日前まで鬱血跡が散らばっていた背中、今は跡形もない。
エマはホッと安心のため息をついた。
明日の夜は初夜だ。
「優しい人だと良いな」
シリはエマに話すより、自分に語るように鏡にむかって呟いた。
ワスト領の領内に入ると、ミンスタ領から来た家来達は
馬車、シリの衣装、道具、婚礼品を地面に置く。
シリを送る役目はこれで終了。
ハゲネズミのようなキヨと涙目のゴロクとはこれでお別れだ。
これから知らない人に囲まれて暮らしていく。
代わりにワスト領の家臣達が馬車を動かし、荷物を運ぶ。
今まで花嫁行列の後方にいたお迎え役のジムが列の先頭に立つ。
レーク城は高く険しい山の上にある山城だった。
長い山道を登り、城の入り口についた。
城の門の前には城内の人たちがシリを迎えに集まってきていた。
門の前にはズラリと松明が焚かれていた。
レーク城に着いた。
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