第8話 番外編 妻より大切だったもの

番外編 妻より大切だったもの


※シリの夫グユウと友人の会話 結婚前


ワスト領 広い湖のほとりに二人の青年がいた。

美しく、気まぐれで、渋々やってくる春。

厳しい冬を過ごしたので、弱い光を放つ太陽ですらありがたいと思った。


「そうか。離縁したのか」

鳶色の髪、顔にそばかすがある青年が話す。


「すまない。婚礼の時にたくさんの祝いを頂いたのに」


黒髪、黒い瞳を持つ青年が謝る。

「聞いたぞ。ミンスタ領のゼンシと同盟をしたとか」

「あぁ。同盟の証にゼンシの妹が嫁ぐことになった」

湖面からすーと風が通り抜けていき、グユウの黒い髪を撫でていった。



鳶色の髪の青年はシズル領の領主。トナカ・サビ。

湖面にむかって立ちすくむ青年はグユウ・セン。

ワスト領とシズル領は大きな湖を挟み、隣同士だ。


お互い小さな領なので祖父の代から協力して、領土を守っていた。

同盟の証にグユウは10歳までシズル領で人質として育った。

年が近いトナカとは兄弟のような関係でもある。

明るく陽気なトナカ、寡黙で控えめなグユウ、性格はまるで違うが仲が良い。


「子供は・・・シンはいくつだ」

「まだ半年も経ってない。母親の顔も覚えてないだろう」


政略結婚が破綻した時、女の子の場合は母親と生家に戻ることができる。

ところが男の子の場合は、手元に残す。

跡継ぎでもあり、他領と同盟を結ぶときは人質として活用できるからだ。


「妻とは心が通じなかった。オレは話すのが得意ではない。2年間、全く会話が成立しなかった」

グユウはポツリ、ポツリと呟く。

「離縁を切り出したら、妻は淡々と受け入れ城を出た。きっと、オレといても退屈だったのだろう」



(暗い。暗すぎる。グユウの周辺に黒いオーラが漂っている)


心に深い傷を負ったグユウの姿を横目にトナカは声をかけずに黙っていた。


グユウは優しい。長年一緒にいると、その優しさに胸がつくことがある。

けれど、優しさは表に出さなければ伝わらない。


口下手で女性と話すことが苦手なグユウは誤解されることが多い。

グユウが話す断片的な言葉を推測して理解しないといけない。

言葉や表情を読み取る能力がないとグユウとは付き合いきれない。


「なんでミンスタ領と同盟を組んだんだ」

トナカは問いかけた。


飛ぶ鳥を落とす勢いのミンスタ領。

グユウが自分から交渉したとは思えない。


もちろん、交渉はゼンシからだった。


「父も、家臣もミンスタ領と同盟を組むことを勧めた。領土のために」


断片的な会話でトナカは察した。

(グユウにとって同盟は苦痛だったのだろう)

冷徹なゼンシのことだ。同盟を断ったら戦が始まる可能性がある。


「けれど、良いこともある」

「ミンスタ領と同盟を結んだ時に1つ条件をつけた」

グユウはトナカをまっすぐに見つめる。


「シズル領を攻めないようにと条件を出した。書面に残した」

この発言に今度はトナカが驚いた。

「そんな条件を出したのか」

「当たり前だ。ミンスタ領の手にかかれば俺らみたいな小さな領土はあっという間に支配される。そのための交渉だ」


「グユウ・・・。ありがとう」

トナカは胸がいっぱいになった。

(ミンスタ領と同盟を組めば、グユウと距離が離れるのではないか)

そんな不安もあった。

やはり、グユウは優しい。


「ミンスタ領から嫁ぐ姫は美人らしいな。

20歳になってもゼンシが手放さなかった姫だろ」

すでにシリの噂は広まっている。

「あぁ。噂がどこまで本当か知らないけれど美人らしい。

父上は『ミンスタの魔女に騙されるな』と再三注意をしている。美人かどうかはどうでもいい。俺は結婚にむいてない」


再び落ち込みがちなグユウにトナカは励ます。

「妻と仲良くしなくてもいいだろう。同盟を深めるため。子供を授かるため。それだけだ。

好んだ女性は第二・第三夫人と楽しめばいい」


「・・・1人でも精一杯なのに複数の女性と仲良くすることなんて無理だ」

グユウはまっすぐに湖面を見つめながら呟く。


他人事ながら、トナカは胸が痛んだ。

この傷つきやすい友人がミンスタ領の姫と結婚する。

どんな風になるのか。

(不器用なグユウ。幸せになってほしい)心から願った。

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