第5話 婚礼直前、兄の乱暴に眠れぬ夜

婚礼直前、兄の乱暴に眠れぬ夜


高いところにあった月が徐々に下がってくる。


熱を帯びたゼンシの身体が離れると密着して汗ばんだ肌に、

部屋の空気がひんやりと触れてきた。


虚な表情で横たわるシリにゼンシが再び抱きしめてきた。


「シリ。すまない」

耳元で呟く。


「謝るなら・・・謝るなら、なんでこんな事をするのですか」

涙で声が震える。


ゼンシに背中をむけた。今は顔も見たくない。


「シリ・・・」


逃げようとするシリをゼンシは抱き寄せる。

シリの絹糸のような髪に顔を埋めながらゼンシは呟く。


「シリほど美しい娘はどこにもいない。ずっとこうしていたいと思っていた」

腕に力がこもった。


シリは首すじにゼンシの熱い吐息を感じる。


血が近い=高貴であるという考えから近親婚は珍しくなかった。


権力を保つために、叔父、叔母、姪、従兄弟と結婚する話は何度か聞いたことがある。


聞いたことがあるけれど他人事だと思っていた。

ゼンシには妻が何人もいた。

(妹の私に邪な気持ちを抱くなんて・・・)


ゼンシの話はまだ続く。


「お前が愛おしくて手元に残したかった。

妥協せずにシリに相応しい相手を探していたら気がつけば20歳になってしまった。

グユウ良い青年だ。けれど、シリがグユウのものになり契りを交わす。

それを想像するだけで気が狂いそうになった」


話しながら、何度もシリの背中に口づけを落とす。


(気持ち悪い。1人になりたい)


「兄上、明日はおいとまの式ですよ。早くお休みになってください」

背中をむけたまま震える声で伝えた。


名残惜しそうにゼンシは体を離した。


支度をして立ち去る時は、いつものゼンシになっていた。

「シリ。明日はしっかりと励むように」

そう言い残して部屋から出ていった。


1人残されたシリはベットから動けずにいた。

身体が鉛のように動かない。


(私は美しいらしい)


それが何のためになるのだろか。

小さい頃から「美しい」「きれい」と言われてた。

その褒め言葉はシリにとって挨拶のようなものだった。

ミンスタ領の姫なのだから、社交辞令の1つとして受け止めていた。



年頃になると、男たちだけではなく同性からも羨望の眼で見られることに気づいた。


男たちの視線は色情が見え隠れする。ゼンシやキヨの視線に何度もゾッとした。

女たちの視線は嫉妬が潜んでいた。


(良いことなど何もない)

(20歳まで結婚できず、嫁ぐ相手も訳ありだ。兄にも犯された。

美しくなくていい。心乱れず平凡な幸せを手に入れたいのに)


やり場のない怒りを込めて天井を眺めた。


その日の夜は長かった。


苦痛と興奮の夜にほとほと疲れ果てていた。

肉体的な痛みもあった。

それよりも心の方が辛かった。

絶えず鈍い痛みで胸が締め付けられるように痛む。


眠れないまま朝を迎えた。

今日はミンスタ領で過ごす最後の1日だ。

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