第3話 婚礼直前 怖すぎる兄の反応

第1章 3 婚礼直前 怖すぎる兄の反応


シリがワスト領のグユウの元に嫁ぐことは瞬く間に城内に広まった。

「シリ様が嫁ぐなんて」

「それもワスト領だなんて」

「グユウ?誰だそいつは」



 モザ家一族は美男美女を多く輩出する家系だ。

シリはモザ家の特徴である長身、黄金を溶かしたような金髪、切れ長の瞳、青い瞳を持っている。

皆が口々に褒めるのは瞳の色。深い海のような青い色。

その瞳でじっと見つめられると、多くの人は落ち着かなくなり跪きたくなる。

背の高いほっそりしたシリを城内で見つめることが楽しみだった家臣たちの嘆きは深い。


一方、乳母のエマは血相を変えて動き回っていた。

婚礼の準備は基本的に乳母が手配する。

花嫁道具、花嫁衣装も含まれる。

しかも、今回は結婚資金は全てミンスタ領持ちだ。

通常なら、両家が結婚資金を折半する。

仕事量の多さにほとほと疲れ果てていた。



婚礼衣装の件についてはゼンシが仕立て屋に細かく指示を出していた。

素材は柔らかく、ひだが多く、すんなりしているもの。

リボン、レース、パフスリーブは不要。

素材は最上級のものを。

色はブルー、淡いパープル。

刺繍は銀色、白、金色のものに限る。

ネックレスに使用する宝石は、透明度が高いブルーサファイア、アメジストを指定してきた。

旅立ち、ワスト領入城、結婚式、お披露目においての儀式の衣服を細かく指示をしていた。

美しいシリを美しく仕立て、ワスト領に圧をかける背景があった。


騒ぎの主役であるシリも連日の婚礼準備にうんざりしていた。

ドレス、髪飾り、宝石、帽子よりも戦術、国力、馬術の方が興味がある。

仕立て屋が採寸に来るたびに、うんざりした顔を隠そうとしない。

「馬に乗りたい」と呟くシリに

「いけません。大事な時期です。怪我をしたらどうするのですか」とエマが恐ろしい剣幕で叱咤する。


そんな日々も終わりを告げることになる。

婚礼の2日前、結婚式に着るウエディングドレスが完成したのだ。

衣装を着たシリに周囲の女中たちはわぁと歓声を上げた。


「本当に美しいこと」「シリ様 素晴らしいです」と口々にシリの様子を誉めたてる。


やわらかな全身にまとわりつく青いドレスはシリの瞳と同じ色だった。

サラサラとした黄金色の髪を結い上げていく。

白い喉につけられたブルーサファイア、

ドレスが裾の方にいくにつれ、銀色の花の刺繍が散らばる。

衣装に興味がないシリですら、鏡に映った自分の姿を娘らしい満足の気持ちで眺めた。


「シリ様。ゼンシ様にドレス姿をお見せしましょう」とエマは話した。


(このドレスはお金と手間がかかっている)

結婚式はワスト領で行われるので、ゼンシはウェディングドレスを見ることができない。

(ドレスのお礼をゼンシに伝えた方が良い)

エマの提案はもっともだと思った。


ゼンシに逢えるかエマが確認すると、

わずかな時間を空けてもらえた。

石畳の階段を裾をひきながら上がってゼンシの部屋に入る。

ゼンシは家臣たちは明日に控える、いとまの式について打ち合わせをしていた。

いとまの式とはシリの家族、親戚、ミンスタ領の家臣達の前で結婚の報告をする儀式だ。

仄暗い広間をシリがゼンシの元に歩むと、

家臣達の感嘆の囁きが部屋中に広がった。


1番最初に声を上げたのはキヨ・トミだった。

「シリ様!なんと美しいお姿!」小柄で貧相な身体、髪の毛は薄くハゲネズミとあだ名がついている。

目にも止まらぬ速さで、あっという間にシリの足元へ行く。

一般人から家臣までになり上がったキヨは、シリより10歳年上であり、

ゼンシのお気に入りの家臣の1人だ。

シリはキヨよりも20センチほど身長が低い。

卑屈な言動だけでも不愉快なのに、物欲しそうにチラリチラリと舐めるようにシリを見上げる。

言葉には出さないけれどシリはキヨが嫌いだ。

キヨと話すたびに身ぶるいをする。


キヨの振る舞いを「ゼンシ様より先に話すなんて失礼だぞ」とゴロクが注意した。

ゴロク・クニ。

無骨な性格で髭を蓄え、生真面目な家臣。

25歳年上だけどシリと目が合うとすぐ少年にように目を伏せる。

今も真っ赤な顔をして床を見つめている。シリを見ることですら恥ずかしいらしい。

誠実で少し可愛いらしさを感じるゴロク。シリは心から信頼している。


ミンスタ領からワスト領までの移動は、この2人が警備として付き添うことになっている。


「シリ、よく似合う」奥の椅子に座っていたゼンシは立ち上がった。

「兄上のお陰で素敵なドレスを作っていただきました。

たくさんのご負担、ありがとうございます」シリはお礼を伝えた。

着飾ったシリをゼンシは熱をはらんだ目で見つめる。

(まただ。あの眼差し。今日はとても強い)

シリは足がすくみ口の中がカラカラになる。


ゼンシはシリに近づき、左頬に手を添え撫でる。

「髪型は・・・結わないほうが良い」と呟いた。

「垂らしたまま。自然の方が美しい。エマに伝えろ」耳元で囁く。

「・・・わかりました。兄上」シリはスッと目を逸らしゼンシから離れた。

視線が自分の顔にねばりついてるように感じる。

(これ以上、兄上に見つめられたくない)

挨拶もそこそこに逃げるように自室へ戻った。


シリが部屋から退室した後、ゼンシは家臣に人払いを命じた。

今夜は、エマをはじめ、家臣、女中達はシリの部屋に近づくな・・・と。

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