第2話 突然の結婚命令 嫁ぐ相手はバツイチ 子持ち

第1章 2 突然の結婚命令 嫁ぐ相手はバツイチ 子持ち


「シリの分のお茶を」ゼンシが命じると侍女たちは慌てて準備を始める。

ゼンシは待たされるのが嫌いだ。ゼンシ好みのお茶の温度、味を急いで準備をしなくてはいけない。

好き嫌いが激しく、気性が激しいゼンシの側にいるのは苦労が絶えない。

家臣、侍女、そして妻子、母までもがゼンシの表情を読み取り、機嫌を損ねないように細心の注意を払う。

そんなゼンシに口答えをするのは妹のシリだけだ。


あっという間にバルコニーのテーブルにお茶とお菓子が並んだ。

シリが好きな黄色のプラムの砂糖づけもある。

魅惑的なお菓子とお茶があるのにシリは手をつけない。

四角張って椅子に座ったままだ。


「シリ。お茶を」ゼンシに勧められ、渋々お茶を飲む。味は何も感じない。

自分と同じように黄金色の髪、深い深い青色の瞳。

13歳年上のゼンシはシリにとって早くに亡くなった父親のような存在だった。

けれど、時折、獲物を狙う強い眼差しでシリを見つめることがある。

その眼差しで見つめられると、気が強いシリですら動けなくなるほど怖くなる。


 今日のゼンシの眼差しは落ち着いていた。

「わしはお前が男なら良いのに。何度も思ったことがある」唐突に呟く。

「なぜですか?どうして兄上はそう思うのですか?」すぐ質問してしまう癖が出てしまった。

「シリの気の強さ、時代の先を読む力、物怖じしないところ、そして馬に乗るのも上手だ。

もし、男に生まれたならシリは立派な領主になっただろう」

ゼンシは、そう呟き紅茶が入ったカップに目を落とす。


 「お前が嫁ぐところはワスト領。領力は低い。土地も狭い、冬は寒さが厳しい」

シリはゼンシの話に耳を傾ける。


「権力が落ちても国王は国王だ。ミンスタ領の軍事力を背景にこの乱れた国の秩序を整える。

国王が住むミヤビに行くために、通り道であるワスト領とは無駄な争いをするつもりはない。

シリを嫁がせることで同盟を組みたいのだ」

「夢を叶った前提で準備をしているのですね。素晴らしいです」

「わしの夢だけではない。領土を広げることは家臣や女中、母、民の夢でもある」


カップを眺めていたゼンシは、座り直しシリの瞳をじっと愛おしげに見つめる。

「そのためには、シリ。ワスト領のグユウの元に嫁いでくれ」

少し掠れた声で呟く。


その瞬間、シリの覚悟は決まった。

女性の立場で自分の未来は決められない。

(嫁ぐのなら納得して嫁ぎたい)

兄の瞳を見つめながら「わかりました。兄上。ミンスタ領のためにも喜んで嫁ぎます」と告げた。

それは乙女の瞳というより戦士の瞳に近い。

そんなシリの決意をゼンシは眩しいものを見るような目で細めた。


長い間、二人は見つめ合っていた。

視線を先に外したのはゼンシの方。バルコニーから空の色を見る。

陽の光が弱まり、闇が力を増していく時間帯。


ゼンシは淡々と結婚相手について語る。

「グユウは寡黙だが良い青年だ。わしがそう思うから間違いない。

2年前に結婚した妻と子供がいたが離縁させた」


その言葉を聞き、シリはハッと顔を上げる。

政治的な問題で結婚、離婚、再婚をする人たちは多い。普通のことだ。

それでも、自分が嫁ぐことで傷ついた人がいると思うと動揺する。

戸惑うシリの顔を横目で見ながら、ゼンシは淡々と話す。

「当然だ。ミンスタ領の姫が嫁ぐのに第二夫人にさせるものか。

妻は生家に戻り、子は男の子なのでワスト領にいる。赤ん坊だ」



 陽が落ち、のぼってきた月が煌々と輝いていた。

一筋の月光が額から顔に流れたシリは震える声で

「兄上のためにもグユウ様と仲良くなるように励みます」そう告げた。

その瞬間、ゼンシは獲物を狙うような強い眼差しでシリを見つめた。

近い距離なので月の光でもはっきりとわかる。

その眼差しで見つめられるとシリは恐怖のあまり動けなくなる。


視線は時間にすると数秒の出来事だった。


シリから目を離したゼンシは、

「結婚は2ヶ月後。5月に行う。準備をするように」とシリとエマに告げた。

「2ヶ月後ですか!!」驚きの悲鳴を上げたのはシリではなくエマだった。

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