秘密を抱えた政略結婚

@amabi

第1話 20歳 兄から政略結婚を命じられた

 1 20歳 兄から政略結婚を命じられた


「シリ様 ゼンシ様がお呼びですよ」


乳母のエマが声をかけた。

エマの声かけにシリは顔をゆがめ唇を舐める。

ゼンシ様=兄のことだ。

父が亡くなり、ゼンシが領主となってからミンスタ国の領土は広がった。


「兄上が私に何の用事があるの?」


シリは何でも質問をする癖がある。

幼い頃からエマに「女性は疑問を持たず、口にせず、微笑んでいる方が可愛らしい。殿方にも愛される」と再三注意を受けている。それでも、思ったことは胸に留めておくことはできない。

そもそも「殿方に愛される」ことはシリにとって無縁のこと。


シリには兄弟が全員で23人いる。

もちろん、母は同じではない。そのうち姉妹は13人。

顔を見たことがない姉妹もいる。

それは早々と結婚させられたからだ。


ミンスタ領の領土が広がったのは、姉妹たちが各国に嫁ぎ、同盟関係を結んだことが大きい。

大体、12歳。遅くても15歳で嫁ぐ。

早く結婚し子供を産む。

それがこの時代の常識だ。


驚くべきことに兄の娘ですら9歳で嫁いだ。

彼女が嫁ぐ日のことは今だに忘れられない。

あどけなさが残る顔で「叔母上もお元気で」と微笑んで嫁いでいった。 

(9歳の女の子が嫁いでいるのに!)

自分以外の年下の姉妹、そしてゼンシの娘たちは嫁ぎ先が続々と決まっている。

20歳になっても嫁がない娘はシリ以外誰もいない。

(兄上にとって忘れられた存在なのね)


「すぐ伺うと伝えて」とエマに話した。


「ここより美しい場所があるのかしら」

丘の上に建つシュドリー城のバルコニーに立ったシリは、眼下に広がる景色を愛おしそうに見つめ呟いた。

夕方だった。真珠色と紫にかすむ地平線の手前には水量豊かな温和な川がゆるゆると流れる。

川のほとりにハチミツ色の家々が並ぶ。

穏やかな冬を終え、まもなく春を迎えるミンスタ領。


(許されるのなら結婚はしたくない)

政略結婚で結ばれた兄夫婦を見ていると辟易する。

結婚に憧れる気持ちは皆無だ。

婚期を逃したシリは生涯ここで暮らしても良い。そんな想いがあった。

そんな感傷に耽る時間はない。


(兄上は待たされるのが嫌いだ)


「シリ様、このドレスでゼンシ様にお目にかかりましょう」エマが用意したドレスは淡い青色のものだった。

「このドレスがシリ様に1番お似合いです」と言われるがままに袖を通した。


 長い廊下を歩き、石の階段を登りゼンシの元へ行く。

 ゼンシの居住空間は、シリが暮らしている所より3階ほど高く、1番眺めが良いところになっている。

 バルコニーでゆったりと椅子に座るゼンシのシルエットが見える。


「兄上 お呼びでしょうか」ゼンシの背中に問いかける。その声は抑揚がなく反発的な響きがあった。

 挨拶もなく、すぐに要件を切り出すシリにエマは何か言いたげな渋い顔をする。



ふっと微笑んで「シリ、ワスト領のグユウの元に嫁いでくれ」とサラッと言われた。


その言い方は、「そこにあるペンをとってくれないか」と話すような口調だった。

 

(ワスト領?グユウ?嫁ぐ?)

様々な単語が浮かんで沈んだ。

その後、山ほど疑問が湧くがシリにしては珍しく言葉にならない。

降って湧いたような結婚話にシリは困惑した。


 

「結婚する相手はグユウ・セン。23歳だ。年齢もちょうど良い。

シリと結婚するので妻とは離婚させた。赤ん坊がいる。可愛がってやれ」


どうやら、相手は妻子がいるのにシリと結婚するために離婚したらしい。


(可愛がってやれって・・・)


モザ家の娘として生まれたのならば、他の領主のもとに嫁ぐことは普通だ。

ゼンシから命令を受けたら「承知しました」と頭を下げ、質問はしない。

詳しい話は乳母や家臣に聞くのが王道だ。

ところがシリは違う。


この時代は、国王の権力がほぼなくなり、領主が力を持ち始めていた。ゼンシが治るミンスタ領は急速に領土を広げていた。

シュドリー城には人の出入りが多くあった。

シリは家臣たちの噂話、地図を見て、周辺領の国力を把握していた。


ワスト領。北にある小さな一国。

ミンスタ領に比べて領力は劣るように感じる。

(私が嫁ぐことでミンスタ領に何かメリットはあるの?)


「お言葉ですが兄上、なぜ、領力が低いワスト領なのですか?教えてください」

単刀直入で質問をするシリに乳母のエマは口を開けて天を見上げた。

シリの質問にゼンシはふっと右側の口角を上げて笑う。


「結婚する相手の事よりも領力の釣り合いを気にするのか」

呆れたように呟く。


「座るか。少し話そう」

ゼンシは隣の椅子をシリに勧めた。

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