第36話「ほう、同類か」

「いらっしゃいませ」


 俺は狩野 熱夜。コードネームは灼熱蜂だが、今は表の仕事であるバーテンダーをやっている。


 今日の客は若くて細身なチャイナ服を着た男か。なるほど、かなり鍛えてるな。


「何を飲みますか?」


「……取り敢えずマティーニを一つ」


 ほぅ、いきなりカクテルの王様マティーニを選ぶか。


 俺はマティーニをグラスに注いだ後に客の前に置いた。


「お客様、マティーニはカクテルの王様だ。丁重に飲んでくれ」


「あぁ、分かってるさ。俺はマティーニに惚れてるもんでな」


 ふむ、マティーニを一気に飲み干すのではなく、少しずつ味わって飲むのか。


 どうやら、マティーニの味わい方を知ってるらしい。


「お客様、ここいらでは見ない顔ですね。中国から来ましたか?」


「へぇ、日本人と中国人は区別がつきにくいと言われるが、アンタには分かるんだ。実は仕事で探し物を探しに来たが、手掛かりがなくてな。同僚とも逸れてしまったのさ」


「なるほど、次は何を飲みます?」


「ブルームーン」


「……かしこまりました」


 ブルームーンを選ぶか。つまり、ブルームーンの意味は『無理な相談』と言う意味も込められている。


 なるほど、他人には相談できない仕事か。


 ……今は誰が敵で誰が味方か分からない状況だ。


 もしかして、この男も黒翡翠病を求めて来たのか?


 だが俺には分かる。コイツは口を滑らせない。俺と同じプロの雰囲気がある。


 コイツは敵かもしれないが、今は客とバーテンダーの関係だ。


 いずれ敵になったとしても、この一時を楽しむとしよう。


 俺はブルームーンをグラスに注ぐと、男はブルームーンに敬意を表しながら、ゆっくりと飲んだ。


 なるほど、酒を飲み物ではなく、自分を癒してくれる相棒だと認識してる証拠だ。


 どこかの誰かさんとは違うな。


「ふぅ、まだ仕事は終わってないが、長旅で疲れた。宿すらない状況だが、悪くない。野宿には慣れてるもんでな。悪いな、俺はここで帰らせてもらう。勘定を頼む」


「必要ない。今回は俺の奢りだ」


「へぇ、アンタ、見た目に反して甘い男のようだな。だが俺には分かる。アンタと俺は同類だって事がな。名を聞かせてくれ」


「狩野 熱夜」


「俺はヒョウだ。もしも仕事上アンタとやり合う機会が来たら、存分に楽しもうぜ」


「あぁ、今回の奢りは、その時にチャラにしてやる」


♡♤♧♢


「よ、良かったんですか師匠? あの男を放置して」


「構わん、戦う時が来たら戦う、来なかったら戦わない、それだけだ」


「は、はぁ、相変わらず師匠はハードボイルドな男ですね」


 コイツは斬華きりか。戸籍上は俺の娘になってるが、血は繋がってない。


 赤身がかった茶髪をポニーテールにしたバーテンダー見習いとして働かせてるが、コイツには将来、俺の後継者になってもらう予定だ。


 つまり、俺が死んだ時の保険として、斬華に蜂のコードネームを継がせるつもりだ。


 それまでは、俺が灼熱蜂として拳を振るうしかないか。

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