第5話「最速の生命体」

「ごめーん、ちょっと良いかなー?」


「? なんすか、お姉さん?」


 ゲームセンターで集会をしていた不良達が、一人の女性に視線が集中した。


 見た目は20代前半ぐらいの若い女性だった。


 髪はボサボサだが、かなりの美人であった。


「実はさー、ここに可愛い姉妹が来るからさー、他の場所で集会してくれる?」


「えー? だったら、お姉さんが俺達と遊んでよ」


 不良達が高笑いしてると、目の前の女性の口元が悪そうに歪んだ。


「良いよー、私について来れたらな……『風読加速エアドライブ』」


 一瞬の出来事だった。目の前の女性が消えたかと思ったら、凄まじい暴風が吹き荒れたかと思うと、さっきまで目の前に居たはずの女性がいつの間にか不良達の背後に立っていた。


「へー、君達は他校の生徒か、ウチの学校の生徒じゃなくて良かったー」


「え、は? 何が起こっ……」


 女性の手には、不良達の生徒手帳や財布が全員分握られていた。


「悪いねー、この程度のスピードの私について来れないようじゃ、君達とは遊べないなー」


♡♤♧♢


 まず、何が起こったのか解説しよう。そもそも蜚蠊ごきぶりとは、どう言う生物なのか。


 たしかに、見た目が気持ち悪くて、みんなの嫌われ者ではあるが、蜚蠊には凄まじい能力がある。


 まず、風読みと言う能力がある。例えば蜚蠊を退治しようとすると逃げられる事が多いと思うが、これは人間が叩こうとする風圧を読んで危険を察知して回避してるのだ。


 更に蜚蠊は人間とは異なり筋肉が液状化してるので、哺乳類の動物だったら最高スピードに達するまでに何秒もかかるのに、蜚蠊は初速から最高時速を出せるのだ。


 どれぐらい早いかと言うと、新幹線の最高速度と同レベルの速さを初速から出す事ができる。


 更に蜚蠊は危険を察知するとIQが300にまで達するらしい。


 つまり、告死蝶No.9『酔蜚蠊よいごきぶり』の能力である『風読加速』とは、これらの蜚蠊の能力を人間が引き出す事に成功した異質な能力なのだ。


 つまり、初速から新幹線レベルのスピードを出せる上に、酔蜚蠊は一瞬だけIQが300にまで達して、そして自身から発生した暴風を元に対象の動きを風読みして、対象の弱点や持ち物の場所を瞬時に特定して、それらを抜き取る事ができる。


 しかも、酔蜚蠊は、この新幹線レベルのスピードを自在にコントロールできる。


 人間が自身の身に何か起こって、それを認識するのにかかる時間は、僅か0.5秒。


 酔蜚蠊にとっては、あまりにも遅すぎる時間なのだ。


 人間が彼女のスピードについて行く事は、ほぼ不可能としか言えない。


♡♤♧♢


「私、一応は教師だからさー。今回は見逃してあげるけど、次は鳩尾みぞおちに穴が開くかもしれないよ?」


 不良達は、数々の喧嘩を乗り越えた経験から分かる。


 目の前の女性には絶対に勝てない。いや、人間が勝てる相手じゃない。


 生物としての次元が違いすぎる。


「ひ、ひぃぃぃ、逃げろぉぉ!!」


 不良達が逃げたのを見送ってから、酔蜚蠊は不良達から盗んだ生徒手帳をポケットに入れた。


「ふぃー、一応他校だけど通報しとくか」


「あれ? 克奈ちゃん?」


 酔蜚蠊が再び如月 克奈の仮面を被って、目の前の水無月 月音と、その隣に居る告死蝶のボスである騙蛾かたりが、表の名前は星音ではあるが、先程と同じ態度で接した。


「くはは、また会ったなー。ここさっきまで混んでたけど、ちょうど空いたみたいだぞー。んーとリズムゲームかー、私と勝負する?」


「わーい! また遊べるねボサボサのお姉さん!」


「星音ちゃーん? ボサボサ言うのやめてくれない? お姉さん傷付くぞ?」


 月音、星音、克奈の三名はリズムゲームを楽しんだ後に、月音と星音と別れた克奈は、再び秤蜘蛛に連絡した。


「ふー、星音様からデートプラン聞いてるんだろ? 次は夢蟷螂に任せるぞ」


『ありゃー、そうしたいけど、夢蟷螂の消息が途絶えた。あの子、迷子の達人だと思ってたけど、筋金入りすぎて草』


「草生やしてる場合かよ! あーもう、保護者同伴じゃないと何もできない、お子ちゃまめ! もーダルい! 帰って寝る!」


 酔蜚蠊は、そのまま自宅に帰った。

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