最後の対決
武蔵野署で斎藤の取り調べが行われた。斎藤の取り調べは鈴木が担当した。
「俺は金で雇われて、頼まれたことをやっただけだ」と斎藤は自供を始めていた。
コジョーの社員、伊納が調べ当てた通り、会社の防犯システムにはバックドアが仕掛けられており、外部からハッキングすることができた。
「会社のシステムを外部からハッキングしていたのだな?」
「そんな刑事さん。ハッキングだなんて大袈裟な」と斎藤は手を振りながら答えた。
「違うのか?」
「まあ、その通りだけどね。時々だよ。会社に忍び込んでいた」と斎藤は証言している。「何か、盗もうとか、そんなんじゃない。そんなつもりは無かった。ただ、何と言うか、懐かしかったんだ。それに、逃げ回ることに疲れていた。誰もいない会社にいって、ぼうっと時間を潰すことが、よくあった。後で侵入記録は全部、消去しておいた」と言い、「バックドアを仕掛けた理由は、自宅や出張先からでも、仕事が出来るようにしておきたかったからだ。外部から会社のサーバーにアクセスできるように、自分専用のバックドアを仕掛けておいたのさ。そうやって寝ている時以外、一日中、仕事をしていた。そして、そのことは誰にも言わなかった。古城と喧嘩別れしてから、バックドアを使って会社のサーバーに攻撃を仕掛けることもできたんだ。でも、やらなかった・・・」と言って斎藤は目を伏せた。古城は守弘の旧姓だ。
その理由を「古城は憎かったけど、会社に恨みはない。一緒に働いた仲間たちから仕事を奪うなんてできなかった」と言った。
「事件の話を聞きましょうか?」
「ああ、守弘の死体が会社に運び込まれた日のことだな」
斎藤は防犯システムにハッキングして、防犯カメラの映像などデータを書き換えたことを素直に認めた。
「日曜日の夜の映像を土曜日の夜に持って行ったら、社長室の灯りの問題が発生してしまった。焦ったよ。最初、気づかずに、日曜日の夜の映像を二時間程度、土曜日の夜の映像に上書きしただけだった。作業が終わってから、映像を早送りして確かめると、誰もいないのに、社長室の灯りが消えてしまったんだ。こりゃあ、ダメだと思って、結局、日曜日の朝まで映像を上書きする羽目になってしまった。日曜日の夕方から夜にかけてもそうだ。全く、苦労したね」と斎藤は言う。
伊納が推察した通りの方法で、防犯カメラの映像を書き換えていた。
「でもまあ、俺だから出来たことだ。何故、映像を書き換えたことが分かったんだ?」と斎藤が不思議そうな顔をするので、日曜日の朝、出社した社員がいて、飲み干したコーヒーの紙コップを机の上に置いていったことを話した。
「あちゃ~そんな細かいところまで見なかったな。見逃した」
更に、伊納が防犯データのタイムスタンプを調べてファイルが上書きされていることに気がついたことを教えると、「ほう~伊納君かあ~彼、優秀だからね。彼はね、僕が面接して採用を決めたんだ」と嬉しそうな顔をした。
「さて、斎藤さん。あなた、金で雇われて防犯システムにハッキングをしたとおっしゃいましたね。誰に雇われたのですか?」
鈴木が斬り込むと、「ああ、篠村さん。篠村幸太郎さんだ」と斎藤はあっさり依頼者の名前を漏らした。
「篠村さん? コジョーの企画部の篠村さんが、あなたに自分の会社の防犯システムにハッキングするよう頼んだと言うのですか? それ、変じゃないですか?」
「そう言われても、篠村さんから頼まれたんだから仕方ないだろう!」斎藤が口を尖らせる。「もともとね――」と斎藤は会社を辞めてからも、篠村とだけは連絡を取り合っていたことを明かした。
守弘と喧嘩別れしてしまったが、何時か分かりあえる日が来ると信じていた。二人で、「悪かったな」と仲直りする日の為に、仲介役として、篠村とのパイプだけは確保しておいた――と言う。
「彼は古城の義理の兄ですしね。温厚な人なので、間に立ってもらうにはうってつけの人だと思った。篠村さん、会社を辞めてからも連絡をくれて、色々、心配してくれた。だから、ずっと連絡を取り合っていた。詐欺罪で警察に追われている間も、彼は俺のことを黙っていてくれた。だから、信用していた。その篠村さんから、『報酬を弾むし、当面、隠れ家を提供する。だから手伝ってくれ』と言われたら、断ることなんて出来ないさ」
「だから犯罪の片棒を担いだのか?」
「それは後になって知った。本当だ。日曜日の夜の映像を土曜日の夜の映像に見せかけること。それに日曜日の夜の古城の出入場記録を土曜日夜に移動させること。日曜日の九時過ぎに尋ねてきたやつの記録を土曜日に移動させ、やつが尋ねてきたらドアの鍵を開けてやること。頼まれたのは、それだけだ。だが、日曜日の夜の実際の映像を見て驚いたよ」
「な、何が映っていたんだ?」
「二人の男が、何か変なものを社長室に運び込んでいた。真っ暗だったので、二人の男が誰だったのか、何を運び込んでいたのか分からなかった。だけど、後でニュースを見て気がついた。あれ、守弘の死体を運び込んでいたんだな」
死後、守弘の遺体が社長室に運び込まれた。
斎藤は非常灯しか灯っていない暗闇の中、二人の男が会社に何か大きなものを運び込んでいる様子が、かろうじて確認できたと言う。二人の男は守弘の社員カードを使って、会社の鍵を開けていた。そして、二人で死体を社長室に運び込んだのだ。
社長室に灯りが灯るのは、二人が死体を運び込んでからだ。
その後、二人は会社を出て行き、暫くして遠藤康臣が守弘を訪ねて来た。入口のインターホンで来訪を告げる。防犯システムにハッキングしていた斎藤が鍵を開けてやった。
遠藤は社長室に足を運び、守弘の遺体を発見した。(自分が疑われるに決まっている!)と思った遠藤は逃走し、身を隠した。
ざっとそういう経緯だ。
「その二人、南洲氏の遺体を運び込んだのは、どんなやつだったんだ?」
「どんなやつって~真っ暗だったから、分からないよ。まあ、説明するより、見た方が早い」
「見た方が早い? 遺体を運び込む映像があるのか⁉」
「あるよ」と斎藤は平然と言い放った。「危険な橋を渡らされたんだ。保険がないと、我が身が危ないからな。書き換え前の防犯カメラの映像を保険として残してある」と言う。
「ど、何処にあるんだ?」
「何処にもなにも、会社のサーバーに保管してあるよ」
斎藤はバックドアを使ってコジョーの防犯システムにハッキングしてデータを書き換えた上に、元データをサーバー内に秘密のフォルダを作って保管しておいたと言うのだ。
「俺のパソコンを持って来てくれたら、直ぐに見せてやるよ」とアパートで押収されたパソコンを要求した。
流石に、斎藤にパソコンを操作させると、何をしでかすか分からない。ウイルスでも仕掛けられては一大事だ。サーバー内のデータを破壊され、証拠隠滅を図る可能性や、証拠を書き換えてしまう可能性があった。
サーバー内にあるという秘密のフォルダの場所を聞き出し、サイバー対策犯罪課に任せることになった。
斎藤からの事情聴取を終えた武蔵野署では篠村幸太郎の逮捕状を請求した。「さあて、次は篠村だ!」と鈴木たちは篠村の身柄を確保すべく、勇躍、町田に向かった。
その頃、宮川は祓川と共に南洲家を目指していた。
「いよいよ石川と最後の対決ですね~」と宮川が気炎を上げると、「気負うな! やつが犯人だという証拠はまだ何もない。全ては状況証拠に過ぎない」と祓川は至って冷静だ。
南洲家ではいつも通り石川が半笑いを浮かべながら、「おや、刑事さん。またですか? 精が出ますね~」と二人を出迎えた。
何時もの応接間に通された。
「お茶でも煎れて来ましょう」という石川を「結構です。そこにお座りください」と祓川が制した。そして、「石川さん。ああ、玄宗さん。あなた南洲則天さんと不倫関係にあったそうですね。違いますか?」といきなり斬り込んだ。
石川は「えっ――⁉」と驚くと、「はは。僕と則天さんがですか? レストランで会ったことを、まだ疑っているのですか? あれは、たまたまです。前にも言いましたよね? 久しぶりに会って、お茶を飲んで、世間話をして別れました。それだけです。親戚なのですから、会って話をしても不思議ではないでしょう?」と答えた。
それに構わず、祓川が続ける。「則天さんとの不倫が、この事件のきっかけだったのでしょう。あなたがた二人は、則天さんの夫、守弘氏が邪魔になった。そこで、彼を始末しようと考えた。大型台風がもたらした集中豪雨により、別荘の裏庭が崩れ落ちて危険な状態にあることを知った則天さんは、守弘氏を誘い出し、別荘のベランダから突き落として殺害しようと試みた。石川さん、あなたも相談に乗っていたのでしょうね。だが、危険を察知した守弘氏により、寸でのところで計画は失敗し、逆に則天さんがベランダから転落死してしまった。返り討ちに遭った訳です」
「馬鹿らしい」と石川は一笑に付した。
「石川さん、玄宗さん。あなたは困った。あなたの真の目的は、則天さんなどではなく、則天さんが南洲家の当主として所有している石川山だったからです。則天さんが亡くなれば、石川山は当然、遺産として守弘さんが相続することになる。そうなると、あなたの手の及ばないところに行ってしまう」
「馬鹿らしい」と石川が再び口にする。
声に出すのが、やっとのようだ。日頃、口数の多い石川が妙に無口だ。祓川が何処まで知っているのか、気になっているのだろう。
「招知大学の鷲尾教授、あなたの恩師ですよね? 鷲尾教授をお訪ねして、話を聞きました。あなた、教授のもとに調べてもらいたいと鉱石を持ち込んだそうですね? 私は詳しくありませんが、インジウムって言うんですか? レアメタルのひとつだそうで。鉱石にそれが含まれていないか、確認してもらいたいと、あなたから頼まれたと教授は証言しています。
鉱石を調べると、確かにインジウムが見つかった。石川山にはインジウム銅鉱が大量にありそうだということで、鷲尾さんのゼミと合同で調査を始めているそうですね。
そう言えば、あなた、南洲家の遺産なんて何も要らない。だが、石川山だけは、南洲家発祥の地なので、南洲家の当主として、所有しておきたい――と言っていましたね。あなたは、石川山にインジウム銅鉱があることに気がついた。そこで、石川山を我が物にする為に計画を練った。石川山の所有者であった則天さんを色仕掛けでたぶらかし、守弘さんと別れさせ、自分と結婚させる。その上で則天さんを始末すれば、石川山はあなたのものになる。最初はそういう計画だったのではありませんか?」
「馬鹿らしい」石川がまた繰り返す。顔色が真っ青だ。
「石川山を我が物にする為に、守弘さんを始末しなければならなくなった。そこで、あなたは一族の人間に、遺産目当てに守弘さんが則天さんを事故に見せかけて殺害した――という話を信じ込ませ、南洲一族の縄墨を持ち出して、守弘さん殺害計画への協力を強制した。南洲一族の縄墨なんて、今の時代、過去の遺物のようなものです。ですが、あなた方一族の人間にとっては、非常に重い足枷みたいなもののようですね。全く、信じられない一族です。一族の人間は復讐を誓い、あなたへの協力を申し出た。そして、計画を練り上げた。
恐らく、最も熱心だったのが南洲隆也氏でしょう。一族の長老として、そして、次期、南洲家の当主として、守弘氏は排除しなければならない――隆也氏はそう考えていた」
祓川の言葉に、石川は「ふふ」と笑った。
「則天さんの四十九日に、南洲家で法事が行われました。法事が終わり、歓談していたあなた方は、くつろいでいた守弘氏に襲い掛かった。皆で押さえ込み、ロープで首を絞め上げ、殺してしまった」祓川はここで言葉を切ると、石川の表情を伺った。だが、石川は能面のように無表情だった。
「守弘氏の遺体は一晩、南洲家で過ごしたのでしょう。翌日、南洲隆也氏は守弘さんの車を運転して吉祥寺のアパートに向かい、あなたは守弘さんの遺体を車に乗せて、会社へと運んだ。途中、守弘さんのアパートで隆也氏を拾ったのでしょう。
二人で会社に到着すると、遺体を社長室に運び込んだ。会社への入場は、守弘さんの社員証を使ったのですね。
さて、ここから篠村さんの出番です。篠村さんは斎藤淳史という人物を確保してあった。斎藤は守弘さんと一緒に会社を興した共同経営者だったそうですね。プログラムの天才で、会社のネットワークに簡単に侵入することができた。防犯カメラの映像を書き換えることなど、朝飯前だった。
篠村さんは、日曜日の夜に守弘さんの遺体を運び込む様子が撮影された映像を消し去り、あたかも守弘さんが前日の土曜日の夜に会社にやってきたように、斎藤に防犯システムの映像やデータを書き換えてくれと頼んだ。そして、日曜日の夜に呼び出されてやってきた遠藤の映像を土曜日の夜に移動してもらった。遠藤に罪をなすりつける為です」
「ふふん」と石川が鼻を鳴らす。
「遠藤の身柄を確保しておいたのは、あなたでしたね? ヤクザ仲間に大怪我を負わせて逃げて来た遠藤を匿っていた。あなたにとって、飛んで火にいる夏の虫だった訳です。何故、遠藤に守弘さんを殺害させなかったのですか? 和美さんが言っていました。遠藤は則天さんの犬だったと。遠藤に、則天さんは守弘さんに殺されたのだと吹き込めば、彼は守弘さんを殺しに行ったでしょう。遠藤を実行犯として使えば良かった。何故です?」祓川の問いに、石川は答えない。
祓川は話を続けた。「隆也さんが自ら復讐することにこだわったのですか? 一族の長老になるには、リーダーシップが必要ですからね。それとも、あなたかな? 自らの手で裁きを下すことに拘ったのは・・・ああ、そうか。守弘さんだって馬鹿じゃない。彼は則天さんが自分を殺そうとしたので、逆に彼女を殺してしまっていた。則天さんの信奉者である遠藤と会うなど、危険極まりないですからね。十分、注意していたでしょう。遠藤と会うはずがない。だから、遠藤を暗殺者として使うことが出来なかった。
遠藤とは音信不通でしたから、計画が練りあがってから、遠藤が逃げ込んで来たので、犯人として仕立て上げた――それだけなのでしょうかね?」
「そんなこと、私に聞かれても――」
「日曜日の夜、やってきた遠藤を会社に入れたのは、斎藤でした。当然、事前に篠村さんから頼まれていたからです。遠藤の連絡先を知っていたのは、あなたです。あなたが遠藤に連絡した。守弘さんが、則天さんの事故の件で会いたがっていると。日曜日の夜、九時に会社で待っていると。言われた通り、会社にやって来た遠藤は守弘さんの遺体を発見した。そして、このままでは自分が守弘さんを殺害したと疑われてしまうと、そのことに気がつき、慌てて姿を消した。あなたに騙されたとも知らずにね」
「刑事さん。やったのは遠藤ですよ」あきらめの悪い男だ。
「南洲守弘さんの殺害について、ざっと以上のような状況でしょう。ですが、事件はこれで、終わりじゃない!」
突然、祓川が言い出した言葉に、宮川も驚いた様子だった。これ以上、何があるのだろうと思ったのだろう。
石川は渋い顔をして押し黙ったままだ。もはや言い訳すらしない。何かある。
「あなた、南洲隆也さんを殺害しましたね? あの夜、守弘さんの遺体を会社に運び込んだ後、あなた方二人はここに戻って来た。そして、隙を見て隆也さんを殺害した。事件後に誰も隆也さんの姿を見たものがいないのです。彼はここ以外では生きて行けない人間です。何処かに行ったとは思えない。もう殺されている――と考えて、間違いないでしょう。そして、殺したのはあなただ。
あなたにとって、南洲隆也さんは生きていてもらっては困る存在だ。次期南洲家の当主として、相応しいのは彼の方だ。彼が当主になると言い出したら、あなたに正当性はない。南洲隆也さんが次期当主になってしまうと、宝の山、あの石川山はあなたのものにはならない。あなたは是が非でも南洲隆也さんを殺さなければならなかった。
いや、むしろ、この事件は南洲隆也さんを殺害する為に仕組まれたものだったのかもしれません。則天さんの事故死の責任を守弘さんに押し付け、南洲家の縄墨を盾に一族の人間に復讐を迫る。南洲家を背負っているつもりの隆也さんなら、一も二もなく、あなたの計画に乗ってくる。守弘さんを亡き者にした後で、邪魔者の隆也さんを排除する。あなたにとって一石二鳥の計画だった。そして、最後の最後には、守弘さん殺害の罪を全て隆也さんに被ってもらう為のスケープゴートでもありました。隆也さんの殺害は、あなたにとって、一石二鳥どころか一石三鳥の価値があった。
さて、そうなると、隆也さんの遺体はどうしたのでしょうね? 隆也さんの家にはありませんでした。ここ、南洲本家? 違うでしょう。ここは人の出入りが多すぎる。じゃあ、何処? きっと、そう遠くない場所にありますよ。この辺りで人の出入りが少ないところでしょうね。
遠藤康臣の実家? 可能性があります。彼の祖父母は既になく、実家は空き家になっているようですからね? でも、どうでしょう? 康臣や彼の母、利奈が何時、帰ってきて、遺体を発見するか分からない。
他には? ああ、そう、そう。あなたの実家がありました。ご両親は既になく、実家はあなたのものですが、あなたは実家には戻ろうとせずに、ずっとこちらで暮らしている。実家にいたくない訳でもあるようだ」今日の祓川はよくしゃべる。
「馬鹿らしい」石川が声を絞り出した。また、「馬鹿らしい」だ。
祓川の言う通り、石川は南洲隆也を殺害し、遺体を実家に隠しているのだろうか。石川の余裕のない態度を見て、宮川は祓川の推理が正しいような気がした。
「終わりですか?」と石川が尋ねる。
祓川が「ええ」と頷くと、「刑事さん。ひとつ、教えてあげましょう」と石川が笑顔を顔に張り付けながら言った。「康臣はね。聡美、いや、則天のために人を殺したりなんてしませんよ。だって、あいつ、心の奥底では聡美のことを恨んでいたのですから。あいつは聡美の犬なんかじゃない。聡美に玩具にされ、辛い少年時代を過ごしたんだ。恨みこそあれ、忠誠心など欠片もなかったでしょう。聡美が死んだと聞いても、(ああ、そうか)としか思わなかったはずです。遠藤という男は、一族の人間から蛇蝎のごとく嫌われていました。あいつも一族の人間のことを、心底、嫌っていたはずです。そんなあいつですから、南洲家の縄墨など、屁とも思わなかったでしょう。康臣が慕っていたのは、聡美と和美の母親、香澄さんだけだったのですからね」
「それは自白と考えてよろしいでしょうか?」
祓川の言葉に、石川はさも可笑しそうに手を打って笑いながら、「まさか! はは。康臣のことを刑事さんに教えてあげただけです。私は守弘さんを殺していないし、隆也さんも殺していません。全ては刑事さんの憶測に過ぎません。私が犯人だと言うのなら、証拠を持って来てください」と言った。
「そうします。斎藤淳史の身柄は確保しました。彼に防犯システムの細工を頼んだのは、篠村さんだと分かっています。早晩、篠村さんの取り調べが行われるでしょう」
石川がくっと口元を結ぶ。篠村から連絡があったのだろう。斎藤が捕まったことは、既に知っていたようだ。
「明日には、あなたの実家の家宅捜索を行う為の捜査令状が取れるでしょう。そしたら、正式にあなたの実家を捜索させてもらいます。何が出て来るのか楽しみだ。また明日、お会いしましょう」
「もう結構です」二人は南洲家を追い出された。
「もう一歩でしたね」と宮川が残念そうに言うと、祓川が口の端を僅かに上げて言った。「舞台は整った。後は、役者が演じてくれるのを待つだけだ」
どうやら笑ったようだ。携帯で妻子と話しをする時以外、祓川の笑顔など見たことが無った。宮川は背筋に「ぞぞ」と寒気が走るのを感じた。
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