防犯システム

 日曜日に会社に来た人間がいた。

 細野という男で、友人と吉祥寺で待ち合わせをした。早く着いたので、会社で時間を潰した。週末にペストコントロールがあることは知っていたが、少しの間なら大丈夫だろうと思ったと言う。

 宮川は祓川から「南洲社長が会いたいと言っていることを、遠藤は誰からどうやって聞いたのか調べろ」と「日曜日に出社した人間がいないか調べて事件当夜の防犯カメラの映像を確認させ、データに細工がないか確認させろ」と指示を受けた。

 その内のひとつ、日曜日に出社した人間が早速、見つかった。宮川から相談を受けた鈴木が仲間の刑事に頼んで、探してもらったのだ。細野に事件当夜の防犯カメラの映像を見せて、変わったところがないか、確認してもらう必要があった。

 もうひとつ、遠藤が誰から守弘が会社で待っていることを伝え聞いたのか、確認しなければならない。それも、先輩刑事が遠藤に確認を取ってくれた。

 石川がアパートに匿っていたことを認めたと伝え聞いた遠藤はほっとしたように言った。「おお、そうか。あいつに迷惑を掛けてはいけないと思って黙っていたんだ。あいつが俺を匿っていたことを認めたのなら、もう話しても良いな。そうだよ。俺はあいつのアパートに匿ってもらっていた。逃げ場がなくなって、他に頼ることができるやつがいなかったからな。あいつと仲が良かった訳ではないが、親戚だ。もしかしてと思って連絡を取ると、丁度、話があって、俺を探していたと言うことだった。事情を話したら、匿ってくれると言う。俺も南洲一族の端くれだ。一族の者は俺のような人間でも、見捨てたりはしないのさ。だから、俺も、やつのことは黙っていた。

 守弘からどうやって連絡があったのかって? ああ、そうか。まだ言っていなかったな。簡単だ。石川と連絡を取る方法を決めてあったんだ。あいつのアパートには固定電話がある。用事がある時は、それを使ってあいつに電話を掛ければ良い。

 やつが俺に用事がある時は、アパートに電話を掛けて来て、『携帯に連絡をくれ』と留守電を残す。それを聞いたら、アパートの電話で、あいつの携帯電話に電話を掛ける。それだけだ。

 石川から、守弘が則天の事故のことで俺に話があると聞いた。夜の九時に会社に来てくれと言うので、正直、行きたくはなかったんだがな。ほら、俺を探しているやつがいたからね。見つかると面倒だ。だが、俺も一族の人間だ。一族の人間の頼みなら仕方がない。そこで、守弘を尋ねて行った。そしたら、やつが死んでいたって訳さ。間違いない。あれは日曜日の夜だった。土曜日に、あの会社になんて行っていない!」

 遠藤は石川から南洲守弘が会って話をしたがっていると聞いたと言う。祓川の見立て通りだ。石川が守弘殺害に関与していた疑いが深まった。

「南洲さんを会社に尋ねた時、既に死んでいたと言うのなら、一体、誰が会社の入口の鍵を開けたんだ⁉」と尋ねると、「俺が知るか! 番号を押して、『遠藤だ』って名乗ったら、鍵が開いた。それだけだ」と遠藤は答えた。

 死人に鍵を開けることなど出来ない。そのことを指摘すると、「だから知らないって言っているだろう! 俺に分かるか‼ とにかく、俺が行った時には、やつは死んでいた。それだけだ。やつの死体を見た時、(やばい! このままだと俺が疑われる。俺が守弘を殺したと思われるに決まっている)と思った。だから、逃げた。あの時、部屋の何処かに誰かがいたのかもしれない。ほれ、見ろ! 俺の想像通りだ。お前たち、俺の仕業だと決めつけているじゃないか。やったのは俺じゃない。いい加減、解放してくれ」と遠藤は哀願口調で言った。

「勝手なことを言うな! 私がやりましたって自首して来ておいて、今更、俺がやったんじゃない。解放しろだと。ふざけるな‼ 警察はお前の避難所じゃねえ!」刑事の怒鳴り声が取調室に響き渡った。

 宮川は鈴木と共にコジョーを訪ね、細野に事件当夜の防犯カメラの映像を見てもらった。

 細野は二十代、学生気分が抜けないようで、赤茶けた髪にピアスが目立つが、目鼻に口も小さな地味な顔をしている。顔が目立たないので、髪を染めてピアスをしているのだろう。

「うちも暇じゃないんですけどね」と篠村に嫌な顔をされた。

 守弘を失い、会社は存亡危急の秋を迎えていると言う。篠村が社長代行を務めていた。

「この映像に何処か変なところはありませんか?」と細野に尋ねると、「変なところですかあ~」と間の抜けた返事をしながら、それでも食い入るように事件当夜の防犯カメラの映像を確認してくれた。

 真っ黒な人影が映像を過り、社長室に灯りがついた。守弘が会社にやって来た。社長室の灯りが、ほのかに職場を照らしている。細野の机は防犯カメラの映像の端に半分だけ映っている。

 遠藤がやって来て、社長室を訪ね、走り出てくるところまで映像を確認した。その後は延々と動きのない映像が続くだけだ。

 そして翌日、日曜日の朝の映像を確認した。

 八時五十六分に、細野が会社に出社して来た。特に仕事があった訳ではない。友人との待ち合わせまで、時間つぶしに訪れただけだ。コンビニで買った紙コップに入ったコーヒーを片手にやって来て、席に着くと、パソコンの電源を入れた。

 コーヒーを飲みながら、パソコンを操作していたが、やがて、待ち合わせの時間が迫っていることに気がついたようで、唐突に立ち上がると会社を出て行った。

 九時十八分だった。後は延々と動きの無い画像が続いた。

「あっ! ありました。変なとこ」細野が叫んだ。

 宮川が身をかがめて細野に顔を寄せて画像を見た。「ど、何処ですか⁉ 何かおかしな点がありましたか?」

「ここです。刑事さん、ここを見て下さい」

「何処です?」

「ここ、画面の端っこです。ほら、ここが僕の机。机の上がかろうじて映っているでしょう? 机の上を見て下さい」

 画像の隅、細野が指さす先に机の上が半分、かろうじて映っている。「机の上に紙コップがあるでしょう。コンビニで買ったコーヒーです」

「ええ、あなたが持って来たのでしょう。それがどうかしたのですか?」

「いえ、ね。画像を巻き戻しますよ。土曜日の夜に」細野はマウスを巧みに動かして、一瞬で事件当夜まで画像を戻した。流石はIT企業の社員だ。

「ここを見てください。薄暗いのでよく見えませんが、ほら、ここ! 紙コップが映っているでしょう」社長室から漏れてくる灯りで、部屋全体がぼんやりと見えている。細野の机は画像の隅なので、社長室から遠く、机の上のものは輪郭が確認できる程度だ。

「確かに、これ、紙コップですよね!」宮川が声を上げた。

 細野の言う通り、紙コップに見える。日曜日の朝、会社にやって来る時に持ってきた紙コップが土曜日の夜の画像に映っていた。あり得ないことだ。時間が逆転している。

「鈴木さん、見てください。紙コップが映っていますよ! 祓川さんの言った通りだ。防犯カメラの映像が変なのです」

 宮川の興奮と裏腹に、鈴木は冷静だった。防犯カメラの映像は絶対だと思い込んでいた。それが信用できないとなると、事件の全体像がガラリと変わってしまう。

 これは大変なことになった。冷静に見えて、鈴木も動揺していたはずだ。

 早速、篠村を呼びつけて防犯カメラの映像に細工した跡が見つかったことを告げた。土曜日の夜の画像に日曜日にしか無かったものが映り込んでいた。それを指摘すると、篠村は青くなった。直ぐに伊納が呼ばれ、「伊納君。悪が、至急、防犯システムのプログラムを見直してくれ。何処かにデータを改ざんした跡がないが調べてくれ。誰が、どうやって、防犯システムをハッキングしたのか調べてくれ」と指示を出した。

 宮川は一旦、携帯電話で、結果を祓川に報告した。「分かった。防犯システムの分析が終わるまで、そっちにいてくれ。俺は少し、調べたいことがある」と、あっさりとした返事だった。

 偏狭な性格だが、手柄をひけらかすようなところは微塵もない。

 たっぷり一時間以上は待たされた。鈴木と宮川は会議室で、伊納の確認が終わるのをひたすら待った。

 やがて、「あの、刑事さん。細かいところは、時間が必要ですが、どうやって防犯システムのデータを書き換えたのか、大体、分かりました」と伊納がパソコンを手にやってきた。

 先ずは鈴木が釘を差す。「そうですか。すいません、我々、パソコンは素人ですので、なるべく分かりやすく説明してもらえませんか?」

「そうですね。分かりました。なるべく簡単に説明します。防犯システムにはバックドアが仕掛けられていて、外部からハッキングできるようになっていました」

「バックドア?」

「ああ、すいません。裏口のことです。システムに穴が開いているみたいなもので、外からその穴を通して防犯システムにハッキングすることが出来たのです」

 鈴木にも何となく理解できた。「要は外部から防犯システムのデータに細工することが出来た訳ですね。映画みたいに、画像を細工したのですか?」

「ちょっと違います。防犯カメラの映像は動画に見えて、パラパラ漫画みたいにコマ撮りした画像を連続して記録し、再生しているだけです。一秒間に何枚の画像で構成するかによって、動画の動きが変わります。この一秒間で何枚、保存するかをフレームレートと言います。このフレームレートが高いとスムーズに動き、低いとカクカク動きます。まあ、当然、フレームレートが高いと動画の容量が大きくなってしまいます。うちは業務用サーバー内にデータを保存していますので、少々、大きくなっても構いませんが、家庭用のハードディスクだと容量の制限があるので、録画して保存しておける期間が短くなってしまいます。ほら、一週間分とか一か月分とかあるでしょう?」

「ええ、まあ」と答えたが、段々、ついて行けなくなる。

「うちのフレームレートは15くらいでしょう。一秒間に十五枚の写真を撮影して、保存してある訳です。どうやってデータを改ざんしたかと言うと、この十五枚をコピーして新しい画像を作ります。そして、都合の悪い画像がある箇所に、この作った画像を上書きすると、都合の悪い画像を消去することが出来るのです。同じように、画像を移動させることも出来ます。防犯システム上では、きちんと時系列順に画像が並んでいたので分からなかったのですが、フレーム毎のタイムスタンプを確認してみると、土曜日なのに日曜日のタイムスタンプのあるフレームがあったのです。土日の画像に日曜日の画像を上書きした箇所が見つかりました」

「具体的には、どの画像が書き換えられていたのですか?」

「先ず、土曜日の夜です。八時半から翌朝、六時までの画像がまるごと翌日のものに置き換えられていました」

「と言うことは土曜日の夜八時半からの画像は、本当は日曜日の夜八時半からの画像だったと言うことでしょうか?」

「恐らくは。これを見て下さい。日曜日の朝、五時五十九分と六時の画像です。ここで画像の書き換えが終わっているのです。ほら、ここ、細野の机の上に紙コップが消えます」

「あっ! 本当だ」鈴木と宮川が同時に叫ぶ。

 伊納が再生してくれた画像を注意深く観察すると、確かに六時になった瞬間、細野の机の上にあった紙コップが突如、消え失せた。次に紙コップが現れるのは、細野が会社を訪れる八時五十六分以降だ。

「他にも日曜日の夕方六時から夜十時までの画像が書き換えられていました。いいですか?こちらもつなぎ目の部分、夕方五時五十九分と六時の画像におかしな点があります」

 日が暮れ、職場全体が薄暗くなっており、画像の隅、細野の机の辺りは真っ暗になっていた。ところが、六時になった途端に、ほのかに明るくなり、机の上の紙コップがはっきりと見えるようになった。

「どういうことでしょう?」宮川が尋ねると、「社長室の灯りだ」と鈴木が答える。「南洲守弘氏がやって来たのは日曜日の夜九時過ぎだったのだ。彼は会社にやって来て、灯りをつけた。その画像を土曜日に持って行ったのなら、日曜日の夕方に社長室に灯りがついていなければならない。だけど、本当は灯りがついていなかった。だから画像を書き換えたのだ」

 宮川にも分かってきた。「ああ、そうか。土曜日の夜は、本当は真っ暗だった訳ですね。だから、画像を書き換える必要があった」

「そうだ。南洲守弘氏は日曜日の夜に会社で殺害された。そして、その後に遠藤がやってきたのだ!」

「遠藤はやはり無実だったのですね!」

 出入場記録にも細工をした跡が見つかった。出入場記録によると、遠藤がコジョーを訪れた日時は土曜日の夜、二十一時十八分だが、「この記録のタイムスタンプは日曜日です。この記録が生成されたのは日曜日だと言うことです」と伊納は言った。

 日曜日に遠藤が会社にやってきた記録は、土曜日の夜のものとして書き換えられていたのだ。

「防犯システムの記録は改ざんされていたようだ。犯行は日曜日に行われた。それを土曜日のものとして偽装して、犯人はアリバイを作ったはずだ。宮川、この情報を一刻も早く、祓川さんに伝えてやれ」

 宮川は鈴木の言葉を受けて、青梅署に向かった。


 防犯システムのからくりについて、祓川に報告を行うと、「違う!」と一喝された。

「えっ!どこが違うのでしょうか?」

 祓川の机の横で、また立ったまま報告させられていた。祓川は椅子に座ったまま、険しい表情で宮川の報告を聞いていた。

「南洲守弘は日曜日の夜に会社で殺害されたのではない。それだと、死亡推定時刻と合わなくなってしまう」

 南洲守弘の死亡推定時刻は土曜日の夜、八時から十時の間であることが検死の結果、分かっている。

「そうでした。死亡推定時刻のことを、すっかり忘れていました。と言うことはどういうことでしょう?」

「遺体をわざわざ会社に運んだのだ」

「遺体を運んだ?」

「防犯システムの画像データを書き換えて、会社で殺されたと見せかける為だ。遠藤に罪をなすり付けるつもりだったのだろう。で、誰の仕業だ? 防犯システムのデータを書き換えたのは?」

「あ、はい。それについては、伊納君が現在、調査中です。ですが、多分、特定することは難しいだろうと言うことでした。ただ、防犯システムにバックドアを仕掛けておいて、外部からデータを書き換えるなんて、余程、会社のシステムに精通している人間でなければ出来ません。そんなことが出来るのは、システム全体を構築した斎藤淳史という、かつての共同経営者くらいだと言うのが伊納君の見解です」

「なるほど~なるほど~その斎藤という人物が鍵になりそうだな。武蔵野署のやつらは、当然、斎藤の行方を追っているんだろうな?」

「はい。ですが、詐欺罪で手配されながら、二年も逃げ回っているようなやつです。そう簡単に見つからないでしょう」

「ふん。ちゃんと探しているのか? いいか。事件に係わっているとなると、石川がその斎藤と連絡を取ったことになる。石川でさえ見つけられるものが、何故、警察で見つけられない? 守弘の会社に斎藤と繋がりのある人物がいると言うことだ。そして、そいつは石川にも繋がっている。そう考えれば、それが誰なのか、自ずと答えが出てくる」

 石川が遠藤を陥れた張本人であることは明白だ。後は守弘殺害にどう関与しているかだ。

「あっ! なるほど~なるほど~」とつい祓川の口癖が出てしまった。

 宮川にもその人物の顔が思い浮かんでいた。篠村だ。コジョーにいて、石川と親しい人物と言えば、篠村しかいない。「今の話、鈴木さんに伝えて構いませんか?」と尋ねると、「良いも悪いも無い。必要な情報は共用すべきだ。さっさと連絡して篠村を問い詰めさせろ!」と祓川はそっけなかった。

 宮川が鈴木に電話を掛けようとすると、「待て。もうひとつ、分かったことがある。捜査本部に、それも一緒に伝えてくれ」と祓川は言う。

 祓川の手柄を奪うようなことはしたくない。「祓川さんの口から伝えた方が、良いんじゃないですか?」と尋ねると、「いいから伝えろ」と答えた。

「事件当夜のNシステムを調べてみた。あの夜、南洲守弘は南洲家から吉祥寺にある会社に向かったと考えられている。石川たちはそう証言しているからな。だが、やつらの言う通り、土曜日の夜に会社に向かったのなら、Nシステムに守弘の車が映っているはずだ」

 祓川の言う通りだ。

 自動車ナンバー自動読取装置、通称、Nシステムは全国の主要道路に設置され、走行する自動車のナンバープレートを自動的に読み取るシステムのことだ。犯罪捜査に利用されており、手配車両と走行する車のナンバーを自動的に照会することで、即座に手配車両を発見することができる。

 事件当夜、南洲守弘が都内に向かっていることが確認できれば、遠藤の証言は崩れることになる。宮川がいなくても、祓川は捜査を進めている。祓川の足手まといになっていなければと願いばかりだ。

「それで、どうでした?」

「ない」と単刀直入だ。

「なかったのですか――⁉ じゃあ、一体、誰が南洲社長の車を吉祥寺のアパートまで運転して行ったのでしょうか?」

 守弘が吉祥寺に借りていたアパートの駐車場には、愛用のセダン車が停めてあった。

「これを見ろ」と祓川はNシステムが撮影した守弘の車のナンバープレートを撮影した写真を置いた。

 守弘愛用のセダン車が映っている。そして、運転席には見知らぬ男の顔があった。顔が細く、鼻の高い整った顔立ちだが、妙に若作りだ。若い頃はなかなかの男振りだったことだろう。実年齢は結構、行っているはずだ。良い老け方をしているとは言い難かった。

 写真が撮影された日時を見ると、日曜日の夜、十七時四十二分だった。事件があった土曜日ではない。翌日の夜の画像だ。

「誰です? この人」

「それを確かめに、南洲家に行くぞ」そう言った時には、祓川はもう立ち上がっていた。

 のしのしと大股で歩き出す。「あっ! 僕が運転します」と宮川は慌てて後を追った。

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