九代目、玄宗

 長い廊下を歩いて行く。

 増改築を繰り返しているとあって、曲がりくねった縁側がくねくねと続いている。石川は広い屋敷を迷いもせずに颯爽と歩いて行く。

 なかなか着かない。迷路のような縁側を歩きながら、「これだけ広い屋敷だと手入れが大変ですね」と宮川が言うと、「則天さんも、そう言っていました。この屋敷に則天さんご夫婦、二人で住んでいましたからね。掃除が大変だって、何時もこぼしていましたよ。ああ、ここだ」と石川が答ながら、がらと襖を開けた。

 襖の奥は和室になっていた。部屋の中に三人の男女がいた。中年の男と若い男女の三人だ。若い女性は部屋の中央に置かれたテーブルの前で、中年の男とおしゃべりをしている。中年の男が一方的に話を聞かされているようだ。若い男は若い女の側に座って、携帯電話をいじっていた。

「さて、みなさん。次期当主は決まりましたかな?」

 三人の男女は一斉に石川に視線を向けた。中年の男が救われたように言う。「健文さん。そちらは、どなたですか?」

 若い女のおしゃべりの相手にされ、辟易していたようだ。

「ああ、青梅署の刑事さんですよ。ええっと・・・こちらは・・・」

 どうやら名前を覚えていないようだ。「祓川です」、「宮川です」と自己紹介した。

 中年の男の顔を見た宮川は驚いた。見た顔だ。男は宮川を覚えていない様子だ。

「ええっと・・・こちらの篠村幸太郎さんが守弘君の義理の兄に当たります」と石川が中年の男を紹介した。

「篠村幸太郎です」中年の男が立ちあがって、頭を下げた。

 コジョー企画部の篠村だ。篠村は被害者の親戚だった。宮川は「祓川さん。遺体の第一発見者です」と祓川に耳打ちした。

 じろりと祓川が見返す。驚いているようだ。それはそうだろう。祓川が石川を疑う根拠となっているのは、

 ――被害者が絞殺されたことを知っていたこと。

 ――被害者が社長室で殺害されたことを知っていたこと。

 の二つなのだ。遺体の第一発見者、篠村幸太郎が石川と親しい関係であるのならば、こういった事実を知っていたとしても不思議ではない。

 石川を疑う根拠が揺らいでしまった。

「南洲家の三代目、広正ひろまさには五人の子供がいました。長女は夭折してしまいましたが、長男の憲正のりまさ、次女の絹子きぬこ、次男の憲武のりたけ、三男の憲之のりゆきが成人しました。広正の後は長男の憲正が四代目として後を継ぎましたが、程なくして病死してしまい、次男の憲武が南洲家五代目当主となりました。孝太郎さんは次女の絹子の家系で、篠村家の当主です。早い話、南洲家の分家のひとつですね。私が三男、憲之の家系で、分家、石川家の当主になります」

 石川が続けて紹介する。「そして、こちらが渡会和美わたらいかずみさんとその夫の益男ますおさんです」

 若い男女が立ち上がって、「どうも」と頭を下げた。「和美さんは則天さんの実の妹です。益男さんと結婚して、渡会姓になりました」

「先代に妹さんがいるのなら、後継ぎでもめることはありませんね」と祓川が言うと、和美が「私、嫌だわ。則天なんて可愛くない名前になりたくないし、人から宗家なんて呼ばれるのも嫌。親戚が集まる度に、人前で話をするのなんて、私にはとても勤まりません!」と言下に否定した。

「まあ、そういう訳でね。ここに、こうして我々が集まって、次期当主をどうするのか、話し合っている訳です」

「なるほど~なるほど~で、次期当主はどうなったのですか?」

「はあ・・・」と最年長の篠村が一同を代表する形で答えた。「この話し合いの前に、一族の長老である隆也たかやさんの意見を聞いておきました。隆也さんとしては、『本来であれば、和美さんが次期当主として相応しいと思う。もし、和美さんがやらないのなら、自分が南洲家の当主を勤めるのが筋だと思う』というご意見なのです。ですが、『生憎、このところ体調が優れないもので、当主の座はとても勤まりそうもない』と言うことで、私、即ち、篠村か健文さんのどちらかが、当主として相応しいのではないかと言っていました」

 南洲隆也は七代目、隆正の弟に当たる。隆正が娘の則天を後継者として定め、亡くなった為、南洲家の当主になることが出来なかった。「女などに南洲家の当主が勤まるものか!」と当人はそのことを残念がったそうだ。

 則天亡き今、待望の南洲家の当主の座が転がり込んで来そうな状況となったが、体調が優れないという。泣く泣く諦めたようで、篠村幸太郎か石川健文のどちらかが、南洲家の当主になってくれと言ったようだ。

「私は所詮、分家の人間ですし、当主という柄ではありません。謹んで、辞退させて頂きます。という訳で、健文さん、あなたに南洲家、次期当主の座を勤めて頂きたいと思います。よろしいですかな? 健文さん」

 篠村の言葉に、「そ、そうですか⁉ そうかあ~私が南洲家の当主になるのですか~光栄です。分家の人間として、感慨深いものがありますね。和美さんが同意して下さるのなら、不肖、石川健文、南洲家の当主として相応しい男になるよう、精進して参るつもりです。はい」

 まるで選挙演説だ。

「勿論ですとも! 健文さんに当主になってもらえるのなら、私に異存はありません。少なくとも、あの叔父様が当主になるより、ずっといい」と和美が同意した。

 どうやら南洲隆也が嫌いらしい。

「ありがとうございます。では、早速ですが、南洲宗家九代目当主就任のお披露目式について相談させて下さい。当主不在の時期が長くなってはいけません。なるべく早くお披露目式を執り行いたいと思います」

「ああ、そうですね。その辺、全部、お任せします。健文さんのやりたいようにやって下さい。助けが必要なことがあれば、言ってもらえば手伝います」と篠村が答えると、和美が「うん。それが良い」と隣で頷いた。

「はは。僕に任せてもらえますか。嬉しいなあ~南洲家の九代目当主になるのですから、石川健文って名前じゃ格好つきませんねえ・・・そうだ! 則天さんの後だから、私は南洲玄宗なんしゅうげんそうと名乗ることにします。玄宗皇帝の玄宗です。九代目同士ですしね」

「玄宗皇帝?」と祓川がぼそりと呟いた。

「知りませんか?」と再び、石川、いや、南洲玄宗が説明する。

 武則天の死後、王朝は再び唐に戻ったが、復位した中宗の皇后、韋后は武則天に倣い女性ながら皇帝になろうと考えた。そして、夫の中宗を毒殺してしまう。

 唐王朝は再び王朝簒奪の危難にあったが、クーデターにより韋后一族を殲滅し、唐王朝の復権を果たしたのが李隆基こと玄宗皇帝である。玄宗は唐王朝の第九代皇帝となると、善政を敷き「開元の治」と呼ばれる唐王朝の最盛期を紡ぎ出した。

 石川はその故事に倣おうと言うのだ。

「世界の三代美女の一人に数えられる楊貴妃はご存じでしょう? その楊貴妃を寵愛した皇帝が玄宗皇帝です」

「楊貴妃くらいは知っています」祓川がすねたように言う。楊貴妃だったら、名前くらい、宮川も知っていた。

「玄宗皇帝はね。治世の晩年に絶世の美女、楊貴妃を寵愛し過ぎた為、安史の乱という大乱を招いてしまいます。唐の都、長安を捨てて蜀に逃れ、途中、臣下に迫られ、泣く泣く、大乱の元凶となった楊貴妃を処刑しました」

 楊貴妃はもともと玄宗皇帝の息子の妃だった。楊貴妃を見初めた玄宗は息子から楊貴妃を奪い取ると後宮に入れてしまう。政務は臣下に任せっきりにして、玄宗皇帝は楊貴妃を溺愛した。

 玄宗が政務に倦んでいることを良いことに、楊貴妃の従兄弟、楊国忠が朝廷を壟断するようになる。やがて、辺境の節度使、地方軍閥のようなものだが、安禄山との間で政権闘争が勃発、安禄山は大軍を擁して都、長安を囲んだ。都は戦火に包まれた。未曾有の大乱へと発展した。

 玄宗皇帝は乱を避ける為に都を捨てて蜀へと逃れた。逃避行の途中、臣下の反乱により、大乱の原因となった楊貴妃は殺害されてしまう。

 石川は楊貴妃と玄宗皇帝の故事を長々と説明した。

 祓川は歴史に興味がないようだ。「歴史の講釈はもうその辺で結構です」と石川の説明を遮ると、「ところで、石川さん、いや、南洲玄宗さん。南洲家の当主になると言うことは、南洲家の遺産を相続することになるのですよね?」と聞いた。

 南洲守弘が死んで、得をする人間――それが石川健文となる。

「えっ――⁉」と石川は意外そうな顔をした。

 遺産相続のことなど、まるで考えていなかったと言いたげな様子だ。

「南洲玄宗さん。南洲宗家の九代目を継ぐということは、先代の則天さんの遺産を相続するということなのでしょう? 則天さんには守弘さんという配偶者がいた訳ですから、民法上、則天さんの遺産は夫の守弘さんが相続され、守弘さんが亡くなった今、本来であれば、守弘さんの遺族が相続することになるのではありませんか?」

「ああ、そのことですか」石川は不適に笑った。

「南洲家を継ぐと言っても名ばかりです。名誉職といって良い。まあ、南洲家の資産と言っても、この屋敷と、後は周りの畑くらいです。他に山を幾つか所有していますが、買い手がつかないような二束三文のクズ山です。大体ね。山を所有すると管理が大変なのです。林業をやるといっても、一人じゃできませんからね。それに、儲からない。かと言って放っておくと、荒れ放題になってしまいます。何処かに管理を任せると、お金がかかる。山を持っていると言えば、聞こえは良いのですが、実際は持て余すだけです」

「じゃあ、そういった資産は全て守弘さんの親族が相続される訳ですね?」

「そうですよ。ここにいる篠村さんの奥さんが守弘さんの唯一の親族となります。篠村さんの奥さんが相続することになると思います。ああ、一点だけ、南洲家が所有している山のひとつ、石川山は南洲家発祥の地です。石川家はこの土地に流れて来て山を切り拓いて勢力を広げ、平地に降りてきたと言われています。その発祥の地である石川山だけは、南洲家の当主として、所有しておきたいと考えています。辺鄙な奥地の山ですが、譲って頂けないか、篠村さんにお願いすることになりますね」

 石川健文はただ、南洲宗家の当主という名誉が欲しかっただけだと言いたいようだ。

「ああ、石川山ですか。ええ。由緒ある山ですので、石川山は健文さんにお譲りして構いません。あの山は南洲家の当主が持っているべきです。まあ、最終的には家内の意見を聞いて決めますけど」篠村が横から口を添えた。

「南洲則天さんが事故死した、別荘のある山ですか?」

 篠村は、そんなことまで知っているのかといった顔で、「いえ。別荘のある山はまた別の山です。石川山ではありません。石川山には南洲家の菩提寺があって、そこの住職が則天さんの法事に来てくれました」と答えた。

「なるほど~なるほど~では、南洲玄宗さん、何故、南洲宗家を継ぎたいのですか? 南洲宗家当主の座は名ばかりのものなのでしょう? 今さら宗家を継いでも、厄介ごとが増えるだけで、何も良いことはないように聞こえるのですが」

 その通りだ。石川はにやりと笑うと、遠い目をして言った。「まあ、そう思われるのも無理はありませんね。私はね、小学生の時に母を亡くしています。まだ母親が元気な頃、南洲宗家の法要に連れていかれたことがあります。今、考えると六代目の南洲文正なんしゅうふみまさの法要だったと思います。石川寺の講堂で盛大な法要が営まれました。冒頭、七代目、隆正が、一族を前に講和をしました。六代目の徳を忍び、法要に足を運んでくれた一族に感謝の意を伝えたのだと思います。話の内容は忘れてしまいましたが、子供心に一族の前で朗々と話をする七代目が、とにかく恰好良く見えました。そして、(僕もこんな人になりたい。宗家の当主のようになりたい)と、その時、強烈に思いました」

「私利私欲の為ではないと言うことを、おっしゃりたいのですか?」剣のある言い方だ。

「まあ、そうです。自分で言うのも何ですが、私こそ、由緒ある南洲家の当主を継ぐに相応しい人間だと思います。ああ、誤解しないで下さい。他の方が当主に相応しくないと言っている訳ではありませんよ。和美さんと隆也さんが当主を継がないのなら、私こそ、適任だという意味です。だって、私は南洲家と元石川の両方の血を引いているのですから」

「元石川?」

「元石川については説明が必要ですね。南洲家は石川数正の次男、康勝を始祖としています。明治維新の頃、当時の石川家の当主だった惟正が、新政府にへつらって西郷隆盛の雅号であった『南洲』を姓として名乗りました。

 この初代、南洲家の当主、惟正という人は、元々は石川家の家宰だった人です。ああ、家宰とは、執事みたいなものです。石川家の次女と結婚して籍に入り、権謀術策を弄して石川家を乗っ取りました。当時の当主を石川勝久いしかわかつひさと言って、彼には跡取り息子の勝之かつゆきがいました。それを毒殺してお家を乗っ取ったと言われています」

「毒殺ですか? それは聞き捨てなりませんね」

「まあ、明治の頃の話ですので、時効ですよね。惟正は亡くなっていますし。はは。それに、あくまで噂です。石川家を乗っ取った惟正は姓を南洲と改名しました。石川姓に愛着が無かったからでしょう。勝之には勝則かつのりという腹違いの弟がいました。妾腹とは言え、立派な跡継ぎ息子です。本来なら、勝則が石川家を継ぐべきだった。この勝則の系譜が、この辺りで元石川と呼ばれています」

「なるほど~なるほど~石川本家と言った意味ですね」

 石川が「ええ、ええ」と嬉しそうに相槌を打つ。「私の実家はね。この元石川の末流なのです。父方は勝則の直系で、祖母が南洲広正の三男、憲之の娘です。どうです? 私が南洲家と元石川の両方の血を引いていると言った訳が分かったでしょう?」

「ああ、そうですか」と祓川は軽く聞き流した。

 祓川のことだ。南洲家の家系図が既に頭に入っているのかもしれない。宮川は言葉で説明されても、頭に入ってこなかった。

「ああ、そうだ。憲之の娘の家系に遠藤梨奈もいるのですが、刑事さん。康臣の行方を知りたかがっていましたね。丁度、良い。孝太郎さん、康臣が今、何処にいるのかご存じありませんか?」

 突然、話を振られて、篠村は「えっ――⁉」と驚いてから、「いや、知りません。彼とは、もう何年も会っていません」と答えた。

「和美さんはどうです? 彼とは兄妹のようにして育ったのでしょう? 康臣の連絡先を知っていたりしませんか?」

 石川の問いかけに、和美は「私が? 康君の? 連絡先?」と疑問を連発すると、「康君は、お姉ちゃんのものだったから~私は知らない」と答えた。

「お姉ちゃんのものですか?」すかさず祓川が尋ねる。

「うん。変な意味じゃないのよ。康君はお姉ちゃんの言うことなら、何でも聞くの。私の言うことなんか、ちっとも聞かないの。康君はお姉ちゃんのペットみたいなものだから、飼い主が亡くなって、野良犬になっちゃったのよ」身も蓋も無い言い方だ。

「益男君は――」と石川は和美の隣に座る若い男に話を振ろうとして、「康臣とは会ったことが無かったですね」と言うと、益男は「うん、うん」と大きく頷いた。

「康臣君がどうかしたのですか?」と篠村が尋ねるので、「おや――⁉ ご存じない。あなた、被害者の会社で働いているのですよね? 遠藤康臣は事件当夜、被害者を訪ねて会社を訪れており、防犯カメラにその姿が映っていたのです」と祓川が冷ややかに答えた。

「防犯カメラの映像を確認した時、私はその場にいませんでしたからね。康臣が守弘さんを訪ねて会社に行ったのですか――⁉」篠村は意外そうだ。

「やっぱり、康君が犯人なのね。彼が守弘さんを殺したのでしょう?」唐突に、和美が言い出した。

「何故、そう思うのです?」と祓川が尋ねると、和美は「あら、いやだ」と甲高い声を上げてから、「野良犬なんだから、誰かに噛みついたって不思議じゃないでしょう? 康君、とっても気難しい子だったから、守弘さん、康君の尻尾でも踏んだんじゃない?」と楽しそうに言った。

 人を人とも思わない言い方だ。

「尻尾を踏んだ?」

「そうよ。きっと、お姉ちゃん、守弘さんに殺されたのよ。だから、それを知った康君が怒って、守弘さんを殺したのね」和美はそう言って、ケタケタと笑った。

 石川同様、遠藤康臣が南洲守弘を殺害したのだと考えているようだ。

「篠村さん、あなたはどうです? やはり、遠藤康臣が南洲社長を殺害したと考えているのですか?」

 祓川の問いかけに、篠村が答えて言った。「誰が社長を殺したかなんて、私には分かりません。分かりませんが、日頃の康臣を見ていると、犯人が康臣だと言われても、(ああ、やっぱりそうなんだ)としか思いませんね」

 篠村の答えを受けて、石川が口を挟んだ。「刑事さん。康臣ですよ。守弘さんを殺したのは。あいつのことだ。則天さんの事故のことを問い詰めようとして、口論となり、かっとして守弘さんを絞め殺したに違いない。いいですか? 刑事さん。あいつの言うことを信じちゃダメです。どうせ嘘だらけだ。あいつの言うことなんか無視して、守弘さん殺害の犯人として、あいつを捕まえて下さい。逮捕する時、抵抗するようなら射殺しちゃって下さい。はは。それは言い過ぎですかね」

 物騒なことを言う。祓川と宮川は南洲家での事情聴取を終えた。

「私が玄関まで送って行ってあげる。うち、迷路みたいでしょう」

 和美が立ち上がった。

 和美の案内で、また長い縁側を歩いて行く。和美は祓川と宮川の前を軽やかに歩いて行く。最初に通された応接室を通り過ぎ、「こっち、こっち。玄関はこっち」と廊下の先で和美が手招きをする。

 玄関に着いた。

「どうも、ありがとうございました」と宮川が丁寧に礼を述べると、和美は宮川に顔を寄せて、「刑事さん。隆也叔父さんを探して。叔父さんがいなくなったの」と耳元で囁くように言った。

 小声だったし、一瞬のことだったので、はっきりと聞き取れなかった。「えっ――⁉」と宮川が問いなおそうとした時には、「じゃあね~刑事さん」と和美は後ろ姿を見せながら廊下を駆けて行った。

 帰りの車の中で、「彼女、何と言っていたんだ?」と祓川に聞かれた。玄関先で和美が宮川に何か囁いたことに気がついていたようだ。

「叔父の隆也を探してくれと言っていたと思います」

「南洲隆也が行方不明なのか⁉」

「はあ」と宮川が答える。

「ふむ・・・そう言えば南洲隆也からは、まだ話が聞けていないな・・・」と祓川が呟いた。

「祓川さん。篠村が南洲一族の一人でした。彼は南洲守弘の遺体の第一発見者です。被害者が社長室で首を絞められて殺されていたことを知っていました。だから、篠村から聞いて、石川・・・南洲玄宗と言った方が良いのかな? 彼が知っていたとしても不思議ではありません」先ほどから心の中でもやもやとしていたことを宮川は吐き出した。

 何事か考え事をしていた祓川は「うん?」と返事をして、(こいつ、何かしゃべっている)と不思議な生き物を見るような目つきで、ハンドルを握る宮川を見た。

「前に祓川さん、言いましたよね。石川は被害者が社長室で絞殺されたことを知っていた。だから、怪しい――って。でも、篠村が南洲一族の一人で、石川に遺体の状況を話したのだとしたら、石川がそのことを知っていても不思議ではありません」

「まあ、そうだ」

「となると、やはり怪しいのは遠藤康臣なのではないでしょうか?」

「当たり前だ」と言うと、祓川は語気を強め、「刑事が一番、やってはいけないことは何だ?」と尋ねてきた。

「えっ――⁉ ええっと・・・法を犯すことですか?」

「刑事でなくても、法を犯してダメだ。冤罪だ。冤罪を生むことだ。無実の人間を罪に陥れてはならない。現時点で遠藤が最も疑わしい人間であることは分かっている。だがな、やつが犯人じゃなかったら、どうだ? 遠藤に目を奪われ、真犯人を見過ごしてしまったら、我々、警察の汚点となってしまう。だから、俺たちは捜査をしている。遠藤以外の人間で、怪しいやつがいないか調べる為に。疑わしい人間がいないか、一人一人、虱潰しに潰して行くしかないんだ」

 珍しく、祓川が饒舌だ。「は、はい」と頷くしかなかった。

「石川が最後に言った台詞を覚えているか?」

「はい。遠藤を見つけたら、射殺してくれと言っていましたね」

「何故、あんなことを言ったのだと思う?」

「さあ・・・いかに遠藤が信用ならない人間なのか、説明したかったからではないでしょうか?」

「そうかな? やつが犯人だと仮定してみろ。俺には、遠藤を見つけたら、有無を言わさずに口を塞いでくれと言っているように聞こえたぞ」

「・・・」宮川は沈黙した。祓川さんこそ、石川を犯人と決めつけて捜査をしているんじゃないかとでも思っているのだ。だが、それを口に出来るはずなどなかった。

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