太子密建

「ところで、見てもらいたい写真があります」

 祓川は携帯電話を取り出すと、石川に見せながら、「この男、誰だか分かりますか?」と尋ねた。

 宮川が送った謎の男の写真だ。

 石川は祓川の携帯の画面をのぞき込むと、「ああ、これは康臣でしょう。間違いありません」とあっさり答えた。

「康臣?」

「遠藤康臣と言います。南洲一族の一人、親戚の一人ですね。彼がどうかしましたか? 随分と暗いところで取った写真ですね。何処です? ここ。どこかの事務所に見えますけど」

 石川の問いには答えずに、「その遠藤康臣という人物について、もう少し詳しく教えてもらえませんか?」と祓川は頼んだ。

「分かりました。康臣は僕の従弟になります。父親の妹、叔母の子が遠藤康臣です」と石川は南洲家の家系について、細かく説明した。

 南洲家第五代当主、憲武のりたけの弟、憲之のりゆきの孫が遠藤康臣の母、利奈だ。石川健文とは従兄弟同士に当たる。

 ちなみに憲武の曾孫が南洲則天だ。

「叔母は何かと問題の多い人物でしてね。浮気性で、男をとっかえひっかえしているような人です。康臣自身、幼い頃は育児放棄にあって、本家で育てられました。大きくなって母親のもとに戻されると、すっかりグレてしまいました。狂犬のような男で、ヤクザになったんじゃなかったかな。隠し立てしても仕方ありませんから言いますけど、あの親子は親戚中から爪弾きになっていました。付き合いは、ほとんどありませんでしたね。もう何年も、あいつとは会っていません」

「南洲守弘さんはどうでしょう? 遠藤康臣と親しかったのですか?」

「守弘君が――⁉ まさか! ああ~ただ、康臣は一時期、本家にいましたからね。守弘君の妻、則天さんとは姉弟のようにして育ちました。あの狂犬も則天さんにだけは、頭が上がらなかった。守弘さんと康臣が親しかったとは思いませんが、面識はあったかもしれません」

「二人の間でトラブルになっていた――ということはありませんか?」

「トラブルですか? そうですねえ~ああ、そうだ。刑事さん。守弘さんを殺害した犯人は康臣かもしれませんよ」と石川は言い、にやりと笑った。

「どういうことです?」

「いえね、刑事さん。守弘さんが別荘の二階から則天さんを突きとした――とは言いませんが、その疑いはありました。皆、疑っていました。康臣だって、同じことを考えたかもしれません。康臣は則天さんの犬みたいなやつです。ご主人を殺されて、守弘さんのことを恨んだ。殺してやると思った。そして、ご主人の復讐を果たした。その可能性はあると思います」

「なるほど~なるほど~」と祓川が頷く。

 なるほど、なるほどを繰り返すのが、祓川の口癖のようだ。

「刑事さん、遠藤康臣がどうかしたのですか? そろそろ、教えて下さい。その写真は何なのです?」

「ああ、ご協力、感謝します」と結局、祓川は石川の質問には答えなかった。

 防犯カメラに映っていた謎の男の素性が知れた。この情報は至急、捜査員の間で共有する必要がある。一刻も早く、遠藤康臣の身柄を確保しなければならない。

 祓川と宮川は石川に礼を言うと、南洲家を離れた。報告の為に、一旦、青梅署に戻ることにした。

 ハンドルを握る宮川が、「何とも胡散臭い人物でしたね」と言うと、祓川は吐き出すように言った。

 ――あいつが犯人だ。

「えっ⁉ あの石川っていう男が犯人だと言うのですか?」

 現時点で疑わしいのは、事件当夜、防犯カメラに映っていた遠藤康臣と過去に被害者との間でトラブルを抱えていた斎藤淳史のはずだ。

「やつが犯人だよ。南洲守弘を殺したのはやつだ」呟くようにだが、はっきりと言った。

「えっ、えっ、何故です? 彼、アリバイが無いのですか?」

「あいつにはアリバイがちゃんとある。あいつ、社長室で死んでいたと言っていた。被害者が殺された場所が何処なのか、ちゃんと知っていた。それに、絞め殺された。そうも言った。被害者が絞殺されたことを知っていた。何故だ? あいつは事件当時、犯行現場から遠く離れた、こんな辺鄙な場所にいたはずなのに、どうして被害者が社長室で絞殺されていたことを知っていたのだ?」

「あ、ああ~」言葉の端々まで注意して聞いていなかった。(この人はやっぱり優秀な刑事なのだ)と宮川は感心するしかなかった。

「石川が犯人だとすると、アリバイを崩す必要がありますね」と言うと、「うむ・・・」と祓川は考え込んだ。

 土曜日の夜、南洲守弘は吉祥寺にある会社の社長室で殺害された。同時刻、石川たちは遠く離れたここ南洲家で法事の延長のような宴会をやっていた。石川は会社に行っていない。アリバイを証明しているのは、会社の防犯システムだ。これは難敵だ。


 遠藤康臣の身元は直ぐに割れた。

 前科があったからだ。全国的な暴力団の準構成員として三次組織に属し、傷害と恐喝の前科があった。属に言うチンピラだ。複雑な家庭環境で育ったようで、高校を中退した後、裏社会の一員となった。

 住民票では千葉県船橋市のアパートに住んでいることになっていた。

 早速、捜査員が事情聴取に向かった。だが、部屋はもぬけの殻だった。一人暮らしのようで、部屋は雑然としていた。冷蔵庫の中味や食べかけの食パンなどから、慌てて姿を消したことが伺えた。

 遠藤の足取りを追ったが、まるで消え失せたかのようだった。

 裏社会の人間だ。身を隠すのには慣れている。携帯電話の位置情報で潜伏先が知れないか調べてみたが、電源が切られていた。携帯電話から足がつくことを知っていたようだ。

 独身で家族は母親だけだ。武蔵野署の捜査員が母親の利奈を探し出した。阿佐谷北口駅前の商店街からひとつ、通りを外れた裏路地にある小さなバーで働いていた。住み込みで働いており、雇われママだという。

「康臣――⁉ その名前を聞くのも、随分、久しぶりね。さあ、知らないわよ。あんな子。五年、いや、六年になるかな。会っていないね。私はね、あの子に捨てられた可哀そうな母親なのよ」

 梨奈は康臣の行方どころか、何処に住んでいるのかさえ知らなかった。

 母親とは絶縁状態だった。

 遠藤康臣は犯行当夜、守弘の会社を訪ねている。遠藤が会社を訪れた時、守弘は社長室から遠隔操作で入口の鍵を開けている。二十一時十八分に、入り口の鍵を開錠したことが防犯記録に残っていた。

 入口にあるインターホンを使って来訪を告げたようで、インターホンのボタンに指紋が残っていた。出て行く時の壁の開錠ボタンにも指紋が残っていた。前科のある遠藤の指紋は警察のデータベースに登録されており、照合の結果、遠藤のものと一致した。

 防犯カメラの映像と合わせ、犯行当夜、遠藤が南洲守弘を訪ねたことは明らかだった。

 南洲守弘殺害の容疑者として、遠藤康臣の行方を追うよう、捜査員に指示が飛んだ。

 遠藤は俗にいうチンピラだ。組織犯罪対策部が捜索に協力することになった。遠藤康臣の交友関係を洗って行くことで、潜伏先を特定できると踏んでいた。

 組織犯罪対策部の刑事たちが、に聞き込みをかけたところ、意外な事実が浮かび上がってきた。

 南洲守弘の殺人事件が発生する前、遠藤は兄貴分だった浅田を半殺しの目に遭わせて姿を消していたのだ。平素、二人の間にトラブルは無く、むしろ遠藤は平素、浅田を「兄貴、兄貴」と呼んで慕っていたという。

 バーで遠藤と浅田、それに遠藤の後輩の三人で飲んでいた時に事件は起こった。

 浅田が酔った勢いで、「最近、ねんごろになった女の家にガキがいてな。こいつが生意気なやつなんだ」という話を始めた。

「亭主に逃げられ、水商売に落ちて来た女だ。良い女だったんで、俺が早速、頂いたって訳だ。それが、お前、家に行ってみたら、小学生くらいのガキがいやがった。クソ餓鬼でな、俺のことを凄い目で睨みやがった」

 男の子は母親を奪われるとでも思ったのか、浅田のことを敵視したようだ。

「その目付きが感に触ってな。最初が肝心だ。二度と反抗的できないように、ガキも女も、思いきっり張り倒してやったよ」

 浅田はそう言って、楽しげに「あはは――」と高笑いをした。テーブルにいたホステスが、「氷を取って来ます」と席を空けた。浅田の話に嫌気がさしたのだろう。

 浅田は遠藤の表情が一瞬にして凍りついたことに気が付かなかった。

 ホステスが立ち去ると、遠藤は素早い身のこなしで立ち上がり、浅田の頬を続けざまに拳で殴りつけた。あまりの素早さに殴られた浅田本人でさえ、殴られたことが分からなかった。我が身に何が起きているのか把握できないでいた。

 浅田は遠藤に伸し掛かられて、テーブルとソファーの間に落ちた。遠藤は上から遮二無二殴りかかって来る。

「うぬっ!」浅田は遠藤が殴りつけて来ていることを理解した。遠藤に向かって手を伸ばし、腕を押さえ込んで、反撃に出ようとした。

 遠藤は、咄嗟にテーブルの上にあったウイスキーのボトルを掴んだ。

 この時になって茫然と成行きを傍観していた後輩が、「遠藤さん! 止めて下さい」と声を上げて、しがみ付いて来た。

「遠藤、お前、ぶち殺してやる!」

 遠藤の下から浅田が叫ぶ。

 遠藤はしがみついて来る後輩を軽くいなすと、恫喝する浅田の声に向かってウイスキーのボトルをスイングした。

「ごん!」と言う鈍い音が店内に響き渡った。

「きゃあ――!」

 ようやく店内で起こっている事件に気が付いたホステスや客たちが騒ぎ始めた。

 遠藤が動作を停めた。浅田の頭から血が湧くように噴出して来る。

「遠藤さん、まずいですよ・・・」

 ソファーの上にひっくり返った後輩が、唇を震わせながら呟く。その声で遠藤はやっと正気に戻った。血に染まった浅田の頭と手に持ったウイスキーのボトルを交互に見た。

 そして、ウイスキーのボトルを放り出すと、バーから逃げ出した。

 遠藤は浅田が言った子供と自分の姿を重ね合わせてしまったのだ。自堕落な母親は、とっかえひっかえ、男を家に引っ張り込んだ。遠藤は家を出るまで、そういった男たちと戦い続けた。膂力がついて、対等に渡り合えるようになると、遠藤は傷だらけになりながら、男どもを文字通り家から叩き出し続けたのだ。

 子供の頃の自分を浅田の話の中の男の子に見てしまった。そして、怒りのあまり、何も見えなくなってしまった。血に染まった浅田を見て、我に返ると、自分のしでかしたことに茫然としてしまった。

 上下関係の厳しい世界だ。無事に済まされる訳がない。

 遠藤はバーを飛び出すと、一人暮らしのアパートに戻り、金目のものを掻き集めると姿を消した。

 遠藤に殴られた浅田は一命を取り留めた。

 無論、警察に被害届を出すようなことはしていない。浅田にもメンツがある。弟分に半殺しにされたなど、仲間内に知れ渡ってしまうと、なめられてしまう。事件が公に出ることは無かったが、面子にかけて遠藤の行方を追っていた。

 組織犯罪対策部の刑事が仕入れて来た情報だった。

 遠藤はヤクザ仲間に追われていた。

「これは厄介なことになったぞ」捜査員は頭を抱えた。

 ヤクザ仲間も遠藤を探している。彼らをいくら叩いても、潜伏先が分かるはずがない。しかも、早く遠藤を見つけないと、浅田からどんな仕置きを受けるか分かったものではなかった。


「セメント詰めにされて、海に沈められるぞ!」

 捜査員は血眼になって遠藤を探した。

 同僚たちが遠藤の捜索に駆けまわっている中、宮川は当分、祓川の応援に回されることになった。

「おう、祓川さんの逆鱗に触れて、直ぐに戻って来ると思っていたが、どうやら気に入られたようだな」と鈴木が冷やかした。

 青梅署からのたっての希望だという。祓川に気に入られたようだ。何が祓川に気に入られたのか分からなかった。どうやら、人当たりの良い宮川と一緒にいると、事情聴取の相手の口が軽くなって、様々な話を聞くことが出来ることが理由のようだった。

 なるほど、祓川の意固地な性格では、人から話を聞き出すのは一苦労だろう。無駄話も貴重な情報だ。祓川が怒っているのではないかとびくびくしていたが、意外にも、そのことを評価してくれていたのだ。

 宮川自身は、祓川と組まされることに複雑な思いがあった。

 現時点で最有力容疑者は遠藤康臣だ。鈴木たちと“ホン星”と思われる遠藤の行方を追いたいという気持ちが強かった。だが、伝説の刑事といわれる祓川の捜査を傍で見てみたいという気持ちもあった。

 複雑な気持ちのまま、青梅署に向かった。

「遅いぞ! 待ちくたびれた」顔を合わすなり、祓川に怒鳴られた。

 宮川が到着するのを「今か、今か――」と待ちかねていた様子だ。

「す、すいません」

「南洲家に向かうぞ!」

「は、はい!」宮川は大股で歩き始めた祓川の後を追った。

 南洲家に向かう途中、祓川の携帯電話に着信があった。

「あ、うん。僕だよ」祓川は宮川と話す時より、一オクターブは高そうな猫なで声で電話に出た。「ああ、うん」、「そうだね~」、「うん。分かった」と隣の宮川を気にして、会話の内容が分からないように短い返事を返すだけだった。だが、人が変わったようで気持ち悪かった。

「ああ、今日も遅くなるかもしれないよ。じゃあね~」と言って祓川が電話を切った。

 さて、茶化して良いものかどうか迷った。すると、その前に、祓川から「いいか、余計な詮索はするんじゃないぞ」と釘を差されてしまった。

 祓川の家族構成を知らないが、電話の相手は奥さんか娘さんだろうと思った。祓川の意外な弱点を知ってしまったのかもしれないと思うと可笑しかった。

 南洲家に到着した。

 駐車場にはまた、ワゴン車とスポーツ・カー、それにファミリーカーが駐車してあった。

 石川健文が、まるで我が家かのように二人を出迎えた。主を失った南洲家で我が物顔に振る舞っている。「やあ、またお目に掛かりましたね。どうです? 捜査は進んでいますか? そうそう、刑事さん。紅茶に合う食べ物って何ですかね?」いきなり、脈絡のないことを尋ねてきた。

 祓川がむっとした様子で黙っているので、代わりに宮川が答える。「紅茶に合う食べ物ですか? さあ、何でしょう」

「はは。先代ご夫婦は紅茶好きだったようです。紅茶はいっぱいあるのですが、お茶やコーヒーが無いのです。僕もそうですが、親戚一同、あまり紅茶は飲まないもので、紅茶に合う食べ物は何だろう? って話になりましてね。ああ、そうそう。南洲家の当主が亡くなって、四十九日が終わりましたからね。そろそろ、新しい当主を誰にするか、決めなくちゃあならない。そこで、親戚一同、本家に集まってもらったという訳です」

「へえ~新しい当主を決めるのですか。一体、どうやって決めるのですか?」

「ああ、それはね。本来ならば、先代当主の遺言によって決まります。南洲家の持ち山の石川山に南洲家の菩提寺の石川寺があります。そこに当主が次期当主の名前を書いた遺言書を預けておくのです。そして、当主が亡くなると、親族の前で遺言を披露して次期当主が決まります。中国の皇帝も、同じようにして後継ぎを決めていたそうですよ。則天さんもそうやって八代目の宗家となりました。ところがね。則天さんがあの若さで亡くなったものだから、次期当主を定めた遺言書が無いのです。中国最後の王朝の清には“太子密建”という後継者指名の方法があったそうですよ」

 石川の話が止まらない。

 皇太子が、その地位に安住して修練を怠ることを防ぐために、皇帝は後継者の名前を書いた勅書を王宮に隠しておくのだ。

 清の時代の王宮であった故宮の乾清宮という宮殿の玉座の上には「正大光明」と書かれた額が掲げられている。その裏に、皇帝は次期皇帝となる皇太子の名前を書いた勅書を残しておき、皇帝が崩御した後、勅書を開いて、次期皇帝を決定する。

 漢族の伝統的な長子相続ではなく、満州族が支配した清では、こうして後継者を定めた。このため、清王朝は末期に西太后の専制が始まるまで、暗愚な皇帝が少なかったと言われている――と話し続けた。

 宮川が辛抱強く相槌を打つ。「そうなると、次の当主はどうやって決まるのですか?」

「さあ? それを話し合っていたところです。いっそ、選挙でもやった方が良いかもしれませんね。ああ、こちらです。どうぞ、お好きな場所に腰を掛けて下さい。今、飲み物を頼んで来ましょう。先ほども言いましたが、紅茶しかありませんけどね。ははは」石川は二人を応接間に案内すると、部屋を出て行った。

 祓川はうんざりとした様子だったが、宮川はこういう無駄話をする為にいるようなものだ。意外に重宝しているのかもしれない。

 昨日と同じように庭に向いたソファーに腰かける。やがて、石川が戻って来て言った。「もうちょっと待って下さい。今、紅茶を温めなおしていますので。それで、刑事さん。今日は、一体、どういったご用事ですか?」

「先日、情報を提供頂きました遠藤康臣ですが、彼が住んでいた船橋のアパートにいませんでした。彼の立ち回りそうな場所をご存じありませんか?」祓川が尋ねる。こちらが武蔵野署から依頼のあった表向きの訪問理由だ。

「へえ~あいつ、船橋に住んでいたのですか。さあ、彼と親しかった訳ではありませんからね。それさえ、知りませんでした。ああ、彼の実家が近くにありますが、あいつの祖父母が亡くなってから、無人の廃墟になっています。母親のところにいるんじゃないですか?」

「いえ、母親のもとには、もう何年も立ち寄っていないようです」

「そうですか。となると・・・分かりませんね。まあ、あいつにとって、家と言えるのは、この南洲本家だけかもしれませんね。可哀そうなやつです」

「遠藤康臣は、この南洲家で養われていたそうですね。親戚とは言え、随分、遠い血縁のようですが、何故、南洲家で面倒を見ていたのでしょうか?」

「ああ、そのことですか。その辺はちょっと~余所者には分かり難いかもしれませんね。すいませんね。気を悪くしないでくださいよ。ここ石川村はね。南洲一族が支配する村だと言って過言ではありません。村に住む者は皆、南洲家に連なる者ばかりです。そんな閉鎖的なところですからね。本家のご威光は海より深く、山より高い訳です。はは、分かりますかね?」

「閉鎖的だと言うことは分かります」

「それだけ分かってもらえれば結構です。かつてはね。村長として、村の管理を任されていました。本家はね、まるで親のように村人を養い、導かなければならない。そして、村人は親のように本家を敬い、本家の為に尽くさなければならない。まあ、そんな感じですかね。

 康臣の母親は身持ちが悪くて、婚家を追い出されたような女です。まだ幼かった康臣の面倒を見ようとはしませんでした。今なら、ネグレクト、育児放棄です」

「なるほど~なるほど~それで、村人の親代わりである南洲本家に引き取られた訳ですね?」

「そういう訳です。小学生の頃に本家に引き取られて、高校くらいまでいたんじゃないですかね。その間、則天さんと一緒に育った訳です。ああ、当時は聡美さんという名前でしたけどね。ですが、高校生になると色気づいてしまいますからね。若い男女がいつまでもひとつ屋根の下という訳にも行きませんからね。七代目も、これ以上、家において置く訳には行かないと思ったのでしょう。康臣を母親のもとに戻しました。それからですよ。康臣がグレてしまったのは。まあ、あの家庭環境じゃあ、グレてしまったのも仕方ありませんけど。相変わらず、男をとっかえひっかえしていたみたいですから」

 遠藤の生い立ちには同情の余地があるようだ。

「守弘さんを殺したのは、あいつですよ」と石川は言う。

 南洲守弘は事故に見せかけて妻、則天を殺害した。則天と姉弟のようにして育った遠藤はそれを知り、守弘を殺害した――というのが石川の主張だ。

「南洲守弘は奥さんを事故に見せかけて殺害し、それを姉弟同然に育った遠藤康臣に知られ、復讐されたという訳ですな」

「そうです。早く康臣を捕まえて下さい」

「分かりました。ところで、最近の遠藤康臣の顔が分かる写真をお持ちじゃありませんか?」

 遠藤康臣の容姿については、映りの悪い防犯カメラの映像の他に、警察のデータベースに前回、傷害罪で起訴された時の顔写真があった。但し、五年前のものだ。

「いえ。持っていませんね。何度も言いますが、彼とはそんなに親しかった訳ではありませんからね。あいつとツーショットなんて、お断りですよ。背は高い方じゃないですか。僕と変わらない背丈ですから、百八十センチくらいですかね。まあ、痩せている方です。顔は・・・そうですね~竹を割ったような性格なんて、言い方がありますけど、あいつの顔は竹を割ったような顔です」

「竹を割ったような顔⁉」

「ええ。なんかね、ささくれ立っていて、うかつに触れると手を切ってしまいそうな、そんな印象です。ぐっとこう、尋常じゃない目付きで、犯罪者ってこんな顔をしているんだっていう典型的な顔をしています」

「さて、親族会議が開かれているのなら、丁度良い。どなたか遠藤の行方をご存じかもしれません。今日、お集りの親族の方々からも、お話をお聞きしたいのですが」

 石川以外の人間からも話を聞きたかった。遠藤の件は口実に過ぎない。先日の事情聴取から、祓川は石川に対して疑いを抱いていた。だが、石川には犯行時刻のアリバイがある。南洲家で親族一同集まって飲んでいたと言うのだ。その裏を取っておきたいのだ。

「おや、僕はお邪魔のようですね~残念だな~康臣の行方なんて、誰も知らないと思いますよ。そうですか。じゃあ、みなさんのところにご案内しましょう」と言って、石川が立ち上がった。

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