第20話 一人称と三人称


 小説は基本、一人称か三人称で書かれています。二人称で書かれた小説をぼくは知りませんが、たぶんどこかにはあると思います。


 主語が、「私」とか「ぼく」とかで始まるのが一人称で、「彼」とか「彼女」で始まるのが三人称です。



 一人称の小説の場合は、私=主人公で、主人公の知っていること以外を読者に説明することができません。あくまで主人公の目線でしか物語が描けません。


 三人称は、主人公が彼あるいは彼女と表記され、主人公の知らないことも描写できます。



 ↑みたいな説明が、世間一般の一人称三人称の解説でしたでしょうか。これとセットで解説されるのが、「視点」ですかね。

 なんか、小難しい説明で疲れちゃいますよね。



 カクヨムでは、初心者は一人称で小説を書いたほうがいいという考えをもっている方が多いようですが、書籍の世界ではかつて一人称の小説は少数派でした。最近はそうでもないですね。


 一人称の小説の注意点は、たとえば、「俺は顔を真っ赤にした」という表現ができないこと。「俺は自分の頬が熱くなった」とでもしないといけないことですね。



 が、三人称小説なら、「彼は顔を真っ赤にした」と書けますね。


 たとえば、あなたの友達がこんなことを言ってきたらどうでしょう?


「俺、このまえ駅のホームで転んじまってさ。みんなが見ているもんだから、顔を真っ赤にしちまったよ」

「おまえ、自分の顔が真っ赤だったって分かるのかよ」

「いや、たぶん頬が熱かったから、真っ赤なんだろうってさ。そう想像したんだよ」


 あなたの友達は想像したことを事実のように語る、ちょっと信用おけない人物だということが分かりますね。


 一人称小説は、事件を体験した当事者御本人が、読者に対して物語を語っている形式です。そこのところだけ覚えておけば、十分です。その際に、想像で適当な事実をでっちあげないこと。そうしないと、読者が信用してくれません。




 小説の人称問題は結構複雑で、これが三人称になるとカメラ視点だの神視点だのという言葉が入ってきます。


 現在の三人称小説の場合は、視点は基本主人公に固定されていることが流行りです。カメラ位置は主人公目線で、心理描写ができるのも、主人公だけ。他のキャラクターの心理描写はできません。

 これが流行りです。主流といってもいい。



 三人称小説では、考え方によっては主人公の心理描写もできないし、また別の考え方によっては逆に、主人公以外の他のキャラクターの心理描写もできます。

 ここをカメラ視点だ神視点だという難しい言葉で、映像的に考えると、それだけで頭がおかしくなりますね。



 ですが、マンガ、アニメ、実写と、あらゆる形態のエンタメが溢れている中で、小説がもっともキャラクターたちの心理心情を深く描ける形式です。

 だから、自由度の高い三人称小説でも、出来うる限りの心理描写は入れたい。その場合、心理描写は主人公に限定した方が、それだけ没入感が強い。

 それが、単一視点の三人称小説の流行りの理由だと思います。




 さて、三人称小説の語り手は誰でしょうか?

 それは、事件の当事者から話を聞いた、誰か、です。それが作者です。


 この作者が、主人公本人に直接会わずに、物語を読者に伝えているのなら、当然主人公の心理描写はできません。

 が、作者が主人公本人にあって、話を聞いているのなら、そのとき彼がどう思ったかは分かるはずです。


 また、作者が物語の他の登場人物にも詳細な取材を繰り返し、そのときどう思ったかを取材していれば、他の登場人物の心理描写もできます。


 ただし、三人称小説で主人公およびその他のキャラクターの心理描写を入れるのは技術的に難しいです。あなたがそれを、「出来らぁ!」と自信満々ならば構いませんが。


 

 これが一人称小説ならば、情景描写も心理描写もセリフも、すべて一緒くたに書いてしまって構いません。


 が、三人称小説だと難しくなります。



 なぜならば、強めの心理描写は、主語が一人称になる場合があるからです。



 俺はこんなところでは絶対に死ねない! 強


 彼はこんなところでは絶対に死ねないぞと思った。 弱



 心理描写を重ねていくと、だんだんそれが強くなって、上のような主語が一人称である心理描写が入ってきます。これはやってはいけないこと……ではないんです、実は。


 まず、三人称小説の中に、一人称の文章を入れることはできません。

 人称の混同になるからです。


 人称の混同がいけないのは、簡単に説明すると、何を書いているのか分からなくなるからです。

 例を上げましょう。



 ケンは冷蔵庫からアイスコーヒーを取り出した。

 俺は氷を満たしたグラスにそれを注ぎ、いっきに飲み干す。

「うめぇ」



 これが一人称の小説なら、ここには二人の人間がいます。

「俺」と「ケン」です。


 が、一人称と三人称の混同なら、「俺」=「ケン」で、そこには一人しかいないことになります。すなわち、一人称と三人称を混同することは、意味不明な描写を生んでしまうため、出来ないのです。


 が、三人称小説に一人称の心理描写を挿入することはできます。


 心理描写を()で囲む方法もありますが、普通に三人称小説の中に一人称心理描写を入れる技法もあります。

 それは自由間接話法と言われて、海外作家ではロバート・ラドラムやジェフリー・ディーバなどが多用しています。


 興味のある方は研究してみるのもいいかも知れません。が、ラドラムの文体を見てみると、非常に高度な技術が使われており、情景描写と心理描写が明確に分けられています。ちょっと真似をするのは難しいのではないでしょうか?



 自作の宣伝を兼ねて、今年のぼくのコンテスト作品ではどうしているか?を解説したいと思います。


 ぼくはアクションしか書かないので、人称は基本三人称を使用します。

 アクションで一人称が駄目というわけではありませんが、戦闘描写に力を入れるなら、その小説は三人称にするしかないというのが、ぼくの結論です。


 ほら、格闘ゲームって、横画面じゃないですか。キャラ視点はない。FPSのような自キャラ視点すなわち一人称はないです。

 これは、ぼく個人の結論ですので、小説の作法でも技法でもないので誤解しないで下さい。


 今年のぼくのコンテスト応募作品のタイトルは、


『ピーチ+1 ~人類を滅亡から救う最強コンビ、それがピーチ・プラスワン』



 内容は記憶喪失の女暗殺者と人狼の青年のコンビが、人類を滅亡させようとするテロリストから女子高生を守る話。


 ん?と思った方、いると思います。

 人類を滅亡させるテロリストから、「女子高生」を守るの? 世界ではなく?


 これはプロット上の問題です。


 主人公が世界を救う話は、書きづらいです。なぜ?どうして?主人公は世界を救うのでしょうか? どういう理由で?


 だから、問題を最小化します。女子高生を守る。結果的にそれが世界を救うことになる。結果的にそうなるのだとしても、最初は小さなことから始めなければなりません。

 プロットはプロットで、正しい作り方があります。



 今年のカクコン用長編『ピーチ+1』の内容は、『ダイ・ハード』+『暗殺者』。ここでいう『暗殺者』は、ロバート・ラドラムの名作小説です。

 そこに人狼とオーパーツを追加しています。


 タイトルの『ピーチ+1』は冒険小説の『深夜プラスワン』から取っています。もっとも『深夜プラスワン』は、男二人のバディものでしたが。



 さて、アクション&格闘が出てくると、描写は三人称がいいです。一人称でも同じように書けますが、何を読者にを突き詰めると、三人称。


 そして、記憶喪失の暗殺者を出していることから、ロバート・ラドラムの『暗殺者』をリスペクトしていることは明白ですので、文体としては自由間接話法を使用したい。


 すなわち、三人称小説の中に、登場人物の心理描写ががっつり入っています。


 ここから先の話は、初心者向けとは言えないのですが、しばしお付き合い下さい。



 アクションを描き、小説は三人称にした。だけど、キャラクターの心の叫びも描きたい。が、()でくくるのは、ダサいしトロい。

 そう、格闘描写で、()つきでいちいち叫んでいたら、動きが遅くなるんです。


 そのため、本文中に主人公たちの心の叫びががっつり入ります。

 ということは、作中に「彼」と「俺」が混在することになります。これは人称の混同にあたります。


 そこで心理描写は、はっきりとした叫びなら、改行して「──」で始まる形にしています。

 が、細かい心理描写は、いちいちそんなことしていられないです。コンマ数秒を争う格闘の最中に、心の中とはいえ、あれこれ語っている場合じゃない。


 そこで、ちょっとした裏技を使います。

 そもそも三人称と一人称の混同は、三人称小説の中に「俺」とか「あたし」で始まる文章が挿入されることから来ます。だったら、この文字を使わなければいい。

 

 方法は2つあります。


 まず、主語を抜く。

 日本語は主語がなくても成立します。

「私はあなたが好き」という文章を「あなたが好き」にすればいい。



 もうひとつは、代替えの単語を使用する。


 「俺」「あたし」の代替えとなる単語は、ずばり「自分」です。

「ここは俺がやるしかない!」を「ここは自分がやるしかない!」にすればいい。


 ほうら、解決した。



 というような小技満載のカクコン作品。『ピーチ+1』。


 明日から連載開始します。←宣伝です。


 


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