第四話 伝承
一郎の死後、
鯱族は個の武力には秀でていたが、鮫族に比べると圧倒的に個体数が少なかったのだ。一度態勢を立て直すためにサカマタは戦力を引き上げ自分の領地へと戻り、策を練るのだった。
そして乙姫はというと、混乱に乗じてその場から一人で逃げ出していた。そうして、もう一人の
一郎が命を賭して繋いだ唯一の希望。
それが太郎の存在である。
乙姫は、太郎の存在を知った時に、とある伝承を思い出していた。
先代竜王である父が、彼女に面白半分に聞かせてくれた言い伝えだ。
竜宮城の宝物殿には隠し部屋があり、そこには
その箱を開けることさえできれば、時空を超えて転移できる。
竜王が乙姫に教えたのはそんな眉唾物の言い伝えだった。
そして玉手箱を使うには三つの条件があった。
一つ目の条件は、使用者が竜の血を継ぐ者であること。
箱の天面には王家の紋章と同じものが描かれており、竜の血を継ぐ者以外が玉手箱に触れると呪いに侵されるとさえ言われている。
二つ目の条件は、使用する場所が陸地であること。
海中では箱の蓋が開かないようになっており、地上に持って行かなければ使用できないと言われている。
そして三つ目の条件は、使用者は転移先で自分自身に会ってはならないということ。
もしも自分自身と出会った場合、時空に歪みが生じ、使用者自身の存在が消滅してしまうと言われている。
竜王は、秘宝を盗まれないようにするためにでっち上げられた言い伝えなのではないかと言っていた。
”だけど、もしこの言い伝えが本当だったなら…。”
乙姫は、縋る思いで太郎を探しにいくのだった。
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俺は、二日も家に帰ってこない双子の兄を探すため、浜辺へと向かっていた。
一昨日の朝、兄は海へ魚を捕りに行くと言っていた。
俺は薪を集めるために山へ向かったので、それから兄とは会っていないことになる。
海で何かあったのかもしれない。
兄は俺よりしっかり者だが、流石に不安にもなる。
︎︎浜辺に着くとすぐに、兄の使っていた釣竿が落ちているのを見つけた。胸の奥がざわついた。額には嫌な汗をかいている。
気を紛らわせようと辺りを見渡せば、遠くに里の子供たちが集まっているのが見えた。
気になって近寄ってみると、子供たちは浜辺に打ち上げられた海亀を木の枝でつついたり足で小突いたりしていた。
「おい!やめろ!可哀想だろ!」
俺がそう言うと、子供たちは里の方に逃げ帰って行った。
子供たちの背中が見えなくなり、一人と一匹だけになった浜辺で独り言を呟く。
「どこいったんだよ、一郎…。」
すると、突然足元から声がした。
「あなたが太郎ですね?」
声の主を確かめようと視線を向けると、みるみるうちに海亀が絶世の美女へと変わっていった。
俺は驚きのあまり言葉を失った。
固まったまま動けずにいると女が口を開いた。
「本当に瓜二つですね。反応までそっくり。」
理解が追いつかない。
だがこの女は俺たちのことを知っているのか?
女は続けて話し出した。
「私は乙姫。あなたと一郎の姉です。」
ますますわけが分からなくなった。
姉がいるなんて話は聞いたこともない。
というかさっきまで亀だったじゃないか。
「…お願い。…どうか、私の話を聞いて。」
乙姫と名乗る女は、自身の手の甲の痣を見せながらそう言った。
それは、俺たち双子が持つ痣と全く同じものだった。
「…分かった、とりあえず話を聞こう。」
俺がそう答えると、彼女は綿津見国で起きた一部始終を事細かに教えてくれた。
俺や一郎が竜王の息子だということ。
その竜王が暗殺されたこと。
一郎が竜王を継ごうとしたこと。
その結果、一郎までも命を落としたこと。
そして、玉手箱を使って俺が過去へ行けば、一郎が死ぬという運命を変えられるかもしれないということも教えてくれた。
初めは一郎が死んだと聞いて呆然としていたが、その運命を捻じ曲げる方法があると聞いた俺は、いても立っても居られなくなった。
「……俺が、一郎を助けに行く。」
「私も協力するわ。すぐにでも竜宮城へ向かいましょう。ついてきて。」
乙姫はそう言うと、俺の手を取り海へと向かった。
「手の甲の紋章に意識を集中して。」
乙姫に言われた通りにすると、俺の右手の甲にある紋章が光を放った。
そして、そこから全身に暖かさが広がっていくのが分かる。
その時俺は何故だか無性に海の底へ行きたいと思った。
これも竜族の血の影響なのだろう。
乙姫が言っていたように、海中でもすぐに呼吸が出来た。
「すごいな。本当に呼吸できる。」
会話も問題なくできるようだ。
乙姫は俺たち二人を中心に大きな渦を作り、海底へと進む推進力を生み出した。
竜族の血を継ぐ者はこういった特殊な力を使えるらしい。彼女は「渦潮」と呼ばれるその力を海中での移動に使っているらしい。
そして、一郎もまた「渦潮」の力で水の矛を生み出し、敵と戦ったという。
「ついてきてくれてありがとう。太郎。」
乙姫が頭を下げた。
”困っている人がいたら助けてあげなさい。”
幼いころの母の言葉をふと思い出して、色々と合点がいった。
きっと母は俺たちに姉がいることも知っていたのだろう。
“一郎も断れないわけだな。“
「頭を上げてくれ。俺たちは姉弟なんだろ?助け合うのは当たり前だ。」
俺のその言葉に乙姫の緊張が少し和らいだ気がした。彼女も心細い思いをしながら一人で奮闘して来たのだろう。
姉である彼女のためにも、必ず一郎を助けると覚悟を決めた。
道中、乙姫は一郎が二日間どのように行動したかを改めて詳しく教えてくれた。
これから過去に転移するのだ、何が起きたのかを知っておくのは武器になる。
話を聞いている間にかなり深くまで潜ってきていたのか、どんどん陽の光が届かなくなってきている。
「もうすぐよ。」
乙姫がそう言ってから間もなくして、唐突に周りの景色が変わった。辺りが急に明るくなったので、俺は眩しくて目を細めてしまった。
“一郎、待ってろよ。“
そう心の中で呟いた。
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