第19話:また近づいて

 香里菜の襲撃を受けたハロウィンの日から二週間が経った。その日以降、篠原花恋との関係にはいくつかの変化が生じた。


 まず一つは二人きりという条件下においては互いに名前で呼び合うようになったこと。


 残りのいくつかは多分今の状況を見てもらった方が早いと思う。


「進くーん、頭撫でてー?」

「あー、はいはい」


 今の状況はというと、ソファに座っている俺の膝の上に花恋が頭を乗せている状態、まあいわゆる膝枕をしている状態になっている。あの日以降、花恋は本当に俺の家に来るようになった。まあ、学校内で会っていた時間がそのまま家で一緒にいる時間になっただけだから結局二人でいる時間の総和は変わっていない、というわけではなかったりするんだよな。


「んー」


 彼女のピンクブラウンの髪を梳くようにして頭を撫でてやると気持ちよさそうな声が聞こえた。そんな彼女は私服姿だ。如何せん女子のコーデに関してイマイチ詳しくないからうまく言い表せないが、可愛らしくまとめられていてよく似合っていると思う。


 そう、私服、私服なのである。別にわざわざここに来るために家に帰って着替えて来たというわけではない。というか、平日に来るときは制服のまま来る。私服で来るのは休日だけだ。まあ、つまり今日は休日というわけで。ちなみに平日だろうが休日だろうがお菓子を毎回持参してくる。一体、そのお菓子を買うお金はどこから出ているのだか。


「あのさ、花恋」

「んー?何ー?」

「ほぼ毎日うちに来ていると思うんだが大丈夫なのか?」

「大丈夫だよ?うちにいたって一人だし」

「そういえばそうだったな」

「気にしないで?そんなこと気にする暇があったら私を撫でるのだー」


 まあ、こんな感じのやり取りをだらだらと続けながら一緒に過ごすのがもう日常になってしまっている。まともに話すようになってから一か月くらいしか経っていないのにどうしてこうなったのか。特に香里菜のだまし討ち以降。とにかく花恋が俺に甘えるようになってしまった。


 正直言って、こんな可愛い子に甘えられて嬉しいなどの好感情を抱かない男性はいないと思う。ただ、俺の場合それと共存、いやそれ以上に困惑と自己嫌悪が浮かびあがってくるというだけで。


「そういえばさ」

「なんだ?」

「もうそろそろテスト期間入るじゃん」

「そういえばそうか」


 そう、十一月ももう半ば。つまり、もうそろそろ期末考査というものが見えてくる時期だった。成績的にまあまともにやれば得点はある程度取れるだろうから心配していないんだが。


「どうせなら勉強を一緒にしたいなあ、って」


 どうかな?と花恋はそんな提案をしてきた。


「ん、いいぞ。どうせテスト期間とか関係なくここに来る気だろ?」

「ありゃ、バレたか」


 てへっと舌を出しているのが似合いそうな感じの返事が返ってきた。見えてないけど多分していると思う。それくらいピッタリな感じだった。


「まあ、目的もなくこうして自堕落にだらけているよりかはよっぽど健全だろ」

「あー、それはそうかも」

「なら決まりでいいな」


 というわけでテスト終わるまでの予定があっさり決まった。


「んー、じゃあ残り私が帰るまでの時間はずっとこうさせて?」

「いや、さすがにずっとこれは足がしびれるんだが?」

「えー?むう、仕方ないなあ」


 すると、花恋は俺の隣に座り直した。そして、俺の腕に抱き着いて頭をくっつけてきた。


「右手が使えないんだが?」

「使う予定あるの?」


 そう言われると特に有効な反論が思いつかない。なので、軽くため息だけついて、放置しておくことにした。俺の腕を抱きこんで満足そうな花恋を止める気にはどうしてもならなかったしな。


「ねえ、進君」

「なんだ?」

「ありがとね」


 そう言って花恋は俺の腕を少しだけ強く抱きしめた。その抱きしめ方からは大切なものをなくさないように掴んでいる、ように感じた。


―――――――――


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