第18話:これから先も

 今の状況:俺と花恋が抱き合っている中に香里菜が突入してきた。


 あれ?これかなりまずい状況じゃないか?


 そこにいた人間全員の時間が止まったように錯覚する。気持ちボーっとしていた頭の中が冷めていく。そんな空間の中最初に動いたのは香里菜だった。


「あ、あったあった。これだこれ」


 香里菜は置いてけぼりにされていた赤色の水筒を回収するとそそくさと戻っていく。


「それじゃあ、二人ともごゆっくりー」


 そう言い残して香里菜は去って行った。ガチャンと音がした後、再びこの部屋は静寂に包まれた。なお、二人揃って動けずに抱き合ったままである。


「ええと、花恋?離れないか?」

「え、あっ、はい!」


 そう言って花恋は飛ぶようにして俺から距離を取った。その顔が耳まで赤くなっているのが容易に見て取れる。


「ええと、すみませんでした」


 花恋の声はすっかりお姫様としてのものに戻っていた。最後の方は尻すぼみなあたり何をやらかしたのかを完全に認識しているようだった。


「…」


 かといって、話が続くかというとそうでもなく。相当気まずい雰囲気が俺たちの間に走った。そんな空間に俺のスマホの着信音が鳴り響いた。


 スマホを確認してみるとそこには『さっきのことは見なかったことにしとくねー』とあった。これ、絶対後でおもちゃにされるやつだ…


「…なんてあったんですか?」

「香里菜がさっきのは見なかったことにするって。と言っても、大概あとでからかうネタにしてくるが。まあ、言いふらすことはないだろうな」

「ならいいですが、いや本当に大丈夫なんですか?」

「大丈夫だと、思う」


 過去の経験的に。うん、きっと多分そう。


「…わかりました。進君がそう言うならそれを信じます」


 そう言った花恋は手に持ったクッキーをリュックへと仕舞う。なお、耳はまだ少し赤いままだった。


「それでは私も帰ります」

「ああ、気を付けて帰ってな」

「でも、最後にもう一つお願いしてもいいですか?」

「なんだ?」

「ええとですね、その」


 最後の方はごにょごにょとなってしまってなんて言ってるのかよくわからなかった。ただ、少し目が泳いでいた感じ言いにくいことなのだろうか?


「すまない、花恋。最後の方の肝心なところだけ聞こえなかったんだがもう一回頼めるか?」

「これからも」

「これからも?」

「ここに来てもいいですか?」


 今度は俺の目に真っすぐその茶色の瞳を向けてきた。その上目遣いの瞳はどこか不思議な魔力を帯びているように感じてしまう。これを意図的にやっているのか、それとも偶然なのかはわからないが、とにかく、その瞳には見た者を頷かせてしまうようなものを感じた。


「…これからと言うと?」

「放課後に学校で会ってますよね?その場所を進君の家にしたいと思いまして」

「いいぞ?」

「え?」

「だって、どうせ家で一人だしな。そっちがそれでいいならな」


 正直言って男女親のいない部屋二人きりというのはどうかとも思わないこともないのだが、恐らく互いにそんな感情を持っていないと思うから問題ないだろう。さっきの行動的にどうなのかとも思うが、あれは多分違う。少なくとも、俺は花恋に恋愛感情は持ち合わせていない。代わりにあるのは、なんなんだろうか。ただ、それを口に出そうとするとどうしても罪悪感もセットになってしまう、そんな感じの感情だと思う。


「わかりました」


 俺の返事を聞いて花恋はたおやかな笑みを浮かべた。この笑みは一体お姫様としてのものか、それとも本心のものかどちらのものなのだろうか。できれば後者であって欲しい。


 そのあと、花恋を玄関まで送った。


「お世話になりました」

「いや、どっちかというと香里菜に巻き込まれた形だから気にしなくてもいいんだが」

「いえ、それでもです」

「それにこれからも来るんだろ?」

「そうですね」

「なら、なおさら気にしなくても大丈夫だぞ」

「では、遠慮なく気にしないようにしますね」

「ああ、それじゃあな」

「はい、また明日」


 そう言って花恋は扉を開ける。そして、出て行く少し前、俺の方を向いて満面の笑みを浮かべた。これに関しては言い切れる。間違いなく本心からのものだったと。


―――――――――


少しでも面白いと思って頂けたり、先が気になると思って頂ければ是非フォローしていただいて、そして、星マーク三つに色付けていってください!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る