第17話:久しぶりの名前呼び

「名前、か」


 確かに俺は香里菜のことを名前で呼んでいる。だけど、それは昔からそれが当たり前だったからだ。だけれども、逆に言うと、現状香里菜以外に名前で呼んでいる人はいない。小学校からの知り合いにはいないこともないが、そっちも再会するまでの香里菜と同じように疎遠になっているからな。


 中学以降の知り合いはというと、もっぱら苗字呼びだった。そうすれば、心理的に距離が出来たから。それに、そっちの方が都合もよかった。それこそ例外はあのバカップル二人くらいな気がする。


 だから、改めて目の前のお姫様に名前呼びしてほしいと言われるとどうしても躊躇してしまう。


「花恋、これでいいのか?」

「もう一回」

「花恋」

「もう一回」

「花恋」


 躊躇したとはいえ約束は約束だから名前で呼ぶと、非常に満足したらしくとても嬉しそうだ。


「これでいいのか?」

「うん、ありがとね。進君」

「別に俺のことは名前呼びしなくてもいいのに」

「進君が私のこと名前で呼ぶのに私が進君を名前で呼ばないのっておかしくない?」

「そうか?」

「そうだよ!」


 まあ、そうしたいならいいか。それに、不思議と篠原さん、いや花恋に名前で呼ばれても嫌な気はしない。それに、違和感とかもない。


「まあこれで一つは終わりでいいとして」

「一つじゃないのかよ…」

「あれ?私数の指定してないよね?」

「してないな」

「なら問題ないよね」

「は、はあ」


 今までになく俺に積極的に攻めてくる花恋に困惑を隠せない。


「次はね」


 そう言った花恋は手を握ったまま体を俺の方へと寄せてくる。その距離は肩が触れてしまうほど近かった。


「こういう二人きりのときにはこうさせてほしいな」


 そして、頭を俺の肩へとくっつけた。黙ってそれを受け入れる。彼女のピンクブラウンの髪が俺の肩に広がる。どこかフローラルな香りがする気がする。あ、ヤバいわ、これ。


 俺がドギマギしているを端に花恋は足をバタバタさせていた。ご機嫌なのが見て分かる。


「ねえ、進君」

「なんだ?」

「進君ってさ、なんかお兄ちゃんみたいだね」

「…」

「だって、私のお願いとか出来る範囲でかなえてくれようとするし、何かやらかしたときもフォローしてくれるし。それに、さっきも香里菜ちゃんの靴の置き方直そうとしたでしょ?」

「…したな。その前に花恋が直してたけど」

「うん、そこらへんがお兄ちゃんみたいだなって」


 お兄ちゃん、か。そう呼ばれたのはいつぶりだろうか。確かに世話焼きなのは間違いないが、それは昔からのことだ。それに、香里菜の靴の件も昔からの癖だってことがわかってたから対応したに過ぎない。でも、心当たりはあるからどうにも言葉が出なかった。


「なんかしんみりしちゃったね」


 俺の放った雰囲気にどこか思うところがあったのだろうか、花恋がそんなことを言う。


「まあ、いいや。残りのお願いも聞いてくれる?」

「内容次第だが」

「わかった」


 花恋は登校用バッグを漁ってスマホを取り出した。そして画面を少しいじったかと思うとその画面を差し出してきた。その画面をよくよく見るとQRコードが見えた。


「連絡先、交換して欲しいなあって」

「まあ、それくらいなら」


 さっき香里菜にしたのと同じことをしてほしいのか?そう思いながらそのQRコードを読み込んで花恋の連絡先を登録した。LEINEの画面に香里菜の名前の上に花恋の名前が表示される。こっちが熊のスタンプを送ると同じスタンプが送り返されてきた。


「うん、しっかり交換できたね」

「だな」


 花恋は満足そうにその画面を見て笑った。そして、彼女はスマホをまたバッグへと仕舞うとまた俺の隣へと戻ってきた。当然かのようにさっき詰めたときと同じ距離で座る。


「次が一応最後なんだけど」

「最後?」

「今日ってハロウィンでしょ?だからその、ね?正直学校でやろうと思ってたんだけど香里菜ちゃんの件があったからタイミング逃しちゃってさ」


 なるほど、何がやりたいのかはわかった。だけれど、それが分かっているのなら、どうせならあの言葉を言ってほしい。だから少しいじわるをしたくなってしまった。


「ハロウィンだからなんだ?」

「…言わないとダメかな?」

「まあハロウィン、だからな」


 すると、花恋は立ち上がって俺の正面へと回り込んだ。そして、少し顔を赤くしてこう言った。


「ト、トリックオアトリート!」


 …正直完全に見惚れてしまった。俺がしばらく呆けていたからだろうか、花恋は俺の目の前に手を透かしている。


「どうしたの?」

「あ、いや、特に何も。それじゃあ少し待っていてくれ」


 花恋に話しかけられてようやく再起動した俺は立ち上がって再びバッグの中を探ってクッキー入りの袋を取り出した。


「はい、お菓子だ」

「わーい!これって香里菜ちゃんに渡したのと同じやつ?」

「そうだな?嫌だったか?」

「いや、全然?もらえただけでも嬉しいもーん」


 そう言ってクッキー入りの袋に頬ずりをする花恋。喜んでもらえたようでなによりだ。すると、花恋は予想外の行動に出た。


「進君、ありがとね」


 そう言うと、花恋は俺に思いっきり抱き着いてきたのだ。


「ちょっ!?」

「嫌?」


 嫌かどうかと言われると、嫌という訳ではない。ただ、戸惑いの方が大きい。今までは一定の距離を保っていた相手が急にバグったかのように距離を詰めてきたのだ。困惑しない方がおかしいと思う。


「抱き返してはくれないの?」

「してほしいのか?」

「…うん」


 今も花恋の温かみと柔らかさが俺に伝わっている。それも俺の困惑の原因ではあるのだが、それ以上に花恋の目に視線と意識を奪われていた。その身長差から来る上目遣いの瞳はどこか懐かしいもので、つい抱き返そうとしたくなってしまった。その欲求にしたがって抱き返そうと腕を花恋の背中に回そうとしたときだった。


「ごめん、すー君!忘れ物した!」


 そう言って香里菜が部屋に飛び込んできたのは。昔はチャイムなしに入ってきていたが、いくら焦っているとはいえ何もなしに入ってくるのやめないか?


―――――――――


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