第8話:これが我が校の誇るバカップルです、お納めください

「あ、すすむ君もやっほー」

「やっほー、でいいのか?麻耶まや


 守に後ろから抱き着いている彼女は守の肩越しに顔を見せた。そんな彼女の名前は星谷麻耶ほしやまやまもるの彼女であり、日本有数のテニスプレイヤーだ。腰まである長い黒髪をポニーテールにしており、その黒い瞳は、輝いているという表現がピッタリなほどの活気に溢れている。そして、肩にはラケットケースを背負っている。どうやら、外へと行く途中に通りすがりで寄っただけらしい。


「うん、それでいいよー?で、なんの話してたのー?」

「いや、明日の話を少しな」

「あー、いつものやつかー」

「ああ、いつものだぞ、麻耶」

「そうなんだー、ふーん」


 すると、麻耶は俺の方をジーっと見つめてくる。その視線にはどこか抗議の色が見えた。


「なんだ?言いたいことでもあるのか?」

「べーつにー。ただボクが呼ばれないことに不服なだけだしー」

「いや、いつも麻耶まで呼んでいる訳ではないだろ」

「どっちかというと二人だけで私に内緒で何かしようとしてるからだよー」

「なんだ、麻耶。嫉妬か?」

「そうだよー?だってボクの守と二人きりだよ?何するか分かったもんじゃないもーん」

「ちょっと待て、麻耶。俺にそんな趣味はない」

「わかってるけどさー。わかってるけどさー」


 どうやら麻耶は俺と守が麻耶を仲間外れにして何かしようとしていることが不満らしい。まあ、いつもは予定が合えば呼んでいるからまあその文句も妥当だと捉えることもできる。とはいえ、それはそれとして独占欲が結構強いところが見える。頼むから男に嫉妬しないでくれ。


「麻耶」

「なーに?守」

「今回はちょっとやりたいことがあるんだよ。だから麻耶には内緒にしたくてな」

「うーん、分かったー。信じるよー」

「麻耶、信じてくれるんだな」

「うん。だって守の言うことだもん。そりゃ信じるよー」

「麻耶!」

「守ー!」


 はい、いつもの出ました。こいつら隙を見せるといつもこうなるんだよな。こいつら、田原守と星谷麻耶はこの学校、文字通り学年どころではなく学校全体で有名なラブラブカップルだ。入学して早々にやらかしたことが発端になっているのだが、今はそれについては触れないことにすることにする。


 で、そんな二人だからまあ油断すると人前でいちゃつきだす。見ているだけで砂糖を直に流し込まれているような気分になるほどである。多分これ無意識でやっているのだから質が悪い。今も食べている卵焼きがものすごく甘く感じる。砂糖、入れすぎたって訳では決してないはずだ。


「って、そうじゃないやー。ごめんねー、守ー。今から私約束があるんだったー」

「約束?」

「うんー、なんかねー、テニス部の先輩にねー、放課の時間にテニスしないかって誘われてねー」

「そうか、なら早く行った方がいいと思うぞ?先輩をそんな待たせるのも申し訳ないだろ?」

「そうだねー。それじゃー、また放課後にねー、守」

「じゃあな、麻耶、って進、どうした?ジャムを直接口に流し込まれたかのような顔して」

「そんな顔見たことあるのかよ…いや、大体合ってはいるんだが」


 最後までイチャイチャしながら麻耶は小走りで去って行った。扉から彼女の姿が消えた直後、「うわっ、ごめんー、篠原さん。ぶつかりそうになっちゃったー」「いいえ、大丈夫ですよ、星谷さん。って、ぶつかりそうになったのにまた廊下をそんな速度で走らないでください」という風なやり取りが微かに聞こえてきた。


「麻耶のやつ何やってるんだか。相手が篠原さんだから許してもらえただろうけど、うっかり先生とかで同じことやったらどうなっていたかわからんぞ」

「まあ、間違いなく先生相手だと捕まっていただろうな」


 実際、猫のように首根っこを掴まれて捕獲されているところを何度か目にしたことがあるから否定することができずに苦笑を返すしかなかった。そんな中、篠原さんが廊下を歩いてくるのが見えた。麻耶とのやり取りを見ていたせいか篠原さん目が合ってしまった。すると、篠原さんが軽く笑みを浮かべるのが見えた。その笑みの中には俺が最近見慣れてきたものに近い天真爛漫さが垣間見えた。


「ん、どうした?」

「いや、別になにも」

「ああ、なるほど。篠原さんか」


 どうやら守も篠原さんが廊下を通り過ぎていったことに気づいたらしい。


「やっぱ気になってるのか?」

「違うぞ」

「もしかして俺たちに当てられたのか?」


 ニヤニヤしながら言うな。というかやっぱこいつらあれをわかっててやってるっぽいな。回りを見ればわかる。何人かが口を抑えているのが見える。手にブラックコーヒーを持っていてもそうなっている人もいるあたり、被害が甚大なことがよくわかる。と


「はあ、お前らのいちゃつきを見せつけられるこっちの身にもなって欲しいわ」

「その割には麻耶がいる前ではやめてとは言わないのな」


 …痛いところを突いてくるなこいつ。まあ、実際見ていて仲がよろしいことで、となるくらいで実害はないから本気でやめて欲しいとは思ってはいないからな。それはそれとして、苦情だけは守の方に入れてはおくが。それに、


「言ってもどうせ麻耶は止まらないだろ?」

「まあ、それもそうだな」


 その後に、守はまあ、そういうところも好きなんだけどな、と続けた。苦笑交じりなのはいいところと悪いところは表裏一体だということなのだろう。


 それから、二人で他愛のない話、なお、半分くらいは守の惚気、をしながら昼放課の時間を過ごした。正直、惚気を聞く分には特に思うところはなかったりする。ただ、楽しそうだな、と思うだけで。だって、俺にそんなものは似合わないのだから。


―――――――――


安心して欲しい、進もそのうち同類、いや、もっと質が悪くなるから。


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