第6話:それぞれの

「ただいま」


 そう言いながら俺は家の扉を開けた。しかし、今の俺は一人暮らし。そのために返事などは返ってくることはない。けれど、こうすることが実家にいたときから癖になっているから仕方がない。返事がないことに少し寂しさは覚えてはしまうけども。


 篠原さんと別れてから、俺は軽く買い物を済ませたのち、家に帰った。今の俺は前述の通り、一人暮らしをしている。一応実家から学校までは電車で通える距離なのだが、両親、主に母さんに「学校の近くから通った方が何かと便利でしょ?」と学校から徒歩圏内のマンションの部屋を借りてもらっているのだ。まあ、実家から通う場合でも両親はあまり家にいないのでほぼ一人暮らしの状態なのは変わらなかっただろう。


 一人暮らしには少し広く、若干持て余している1LDKの家のリビングに入ると、まずは篠原さんが置いていったゴミをポケットから出して捨てておいた。忘れて洗濯してしまうと大惨事になることが確定だからな。


 その後、夕食を食べた後、風呂へと入った。秋も深まってきて少し気温が下がってきたのもあって風呂の暖かさが身に染みる。


「しかし、なんであんなことを言っちゃったんだ、俺」


 風呂に入っていると、ふと今日彼女、篠原花恋に言ったことを思い出してしまった。それに、その言葉を聞いたときの篠原さんの顔も。どうにもあのときの顔が頭から離れないんだよな。篠原さんとの初邂逅のときのものも結局頭の中から離れてはいないが、それとは違う意味であの時の顔は印象に残っている。


 問題は、俺自身にもその理由がわからないこと。正直、初邂逅の時のはギャップが原因で印象に残っているだけなのだと思うが、今日のについては何か別の要因が絡んでいる気がする。確かにあのときの笑顔の破壊力は抜群だった。普段学校で見せている姿からは想像できない種類の笑顔だった。あれ見たら見惚れない人いないんじゃないか?と思うほどだった。


 だけれども、俺の頭から離れてくれないのはその美貌だけが理由じゃない気がする。でも、その理由がわからない。ただ、一つ引っかかったのが子供っぽさ。その子供っぽさは年相応のものではなく、もう少し幼く見えた。普段のどこか大人びたような印象を与える姿とのギャップもあってそれがどうにも気になってしまう。


 それに、俺はあれと同じ質の笑顔を見たことがある。今ではなくなってしまったものなんだが。それも原因かも知れないと思うとどこか腑に落ちる。


「どちらにしても、裏切るわけにはいかないな。今度こそは」


 考え込んでいたせいで若干のぼせてきてしまったので風呂からあがった。その後、今日のノルマ分の勉強をこなしたのち、少し本を読んで眠りについた。今日は篠原さんと話したせいなのか思うが、どうにも考えてしまうことが多かったように感じる。ただ、悪い気分ではないし、彼女の力になってあげたいと思った。例えそれが同じ後悔をしないためのエゴだとしても。


***


「ただいま」


 私がそう言いながら扉を開けても返事は帰ってこない。今この家には私一人しかいないはずだから当たり前なんですけどね。両親は中学生のときに離婚して、私は母親に引き取られることになりました。そして、その母親は今、仕事の関係で東京にいます。今、というよりは最近ずっとなんですけどね。まあ、昔から両親は家を空けがちではあったから慣れてしまったことです。


 荷物を置いて手を洗った後、仏壇に手を合わせてから布団に倒れこみました。今日は告白されたのは一回だけで、かつその愚痴を聞いてくれた彼、瀬川進がいたおかげでだいぶマシではあるけど、それでも疲れました。あの状態で告白を受けると、すごく気持ち悪くなってしまうんです。どこか感情にズレを感じてしまいます。


「瀬川君、感謝しています」


 そんな愚痴を聞いてくれた瀬川君へのお礼がつい口から漏れてしまいました。彼は偶発的にとはいえ、私の素を知ってしまった数少ない人物です。そのため、彼は客観的に見ると私の弱みを握っている状態になっています。しかし、彼はそれを秘密にしてくれると約束してくれました。その上で、私にとってありがたい提案まで。


 正直、最初は疑いました。瀬川君が私に下心があって近づくためにあんな提案をしたんじゃないかって。でも、そうでもないってすぐ分かりました。あの人にはそんな気持ちはない。話しているうちに分かりました。その視線からはその段階とは違うものを感じたからです。その視線はどこか既視感を覚えるもので、懐かしさすら覚えるものでした。


「…考えるだけ無駄な気がしてきました」


 いくら考えても、少なくとも瀬川君は私に害をもたらすような存在ではない、ということ以上のことはわかりませんでした。そのため、一回瀬川君についての思考をやめ、ご飯の用意をしました。まあ、レトルト食品なんですけどね。どうしても一人分作ろうとするとめんどうですし、コスパもイマイチなんですよね。


 ということでレトルトのカレーをレンジで温めて、サラダ用のカット野菜を用意して、それを今日の夕食としました。今となっては慣れたものです。これに慣れてしまっていること自体に悲しみを覚えてしまいますけどね。


 夕食の後、お風呂へと入ります。お風呂はいいものです。一日の疲れが吹き飛んでいきます。


「はあ、満足」


 そして、それゆえなのか、普段からこのお風呂だけでは素が自然に出てきてしまうんだよね。これに関しては前からだから気にすることじゃないんだけど。とはいえ、これがなければさらに精神的な疲労が積み重なっていたと思う。素の私を摩耗して、その先には一体何が残るのか、それはそのときにならないと分からないし分かりたくない。でも、そうしないと、素の私はきっと壊れてしまっていた。結局問題の先送りだった気はするけど、それ以外の対処法をその時には思いつくことはできなかった。


「…また少し大きくなった?」


 そんなことを考えて自然に腕を組んでいると、何か違和感を覚えた。また胸が大きくなってる、気がする。いや、確かに最近ブラが少しきついとは思ったけどさ。いや、そのまさかね。


 まあ、考えても仕方ないというかどうしようもない。ただ、後で私にダメージ入るだけだし、うん、気にしなーい、気にしなーい。


 そうして、考えても無駄だと思いたいことから現実逃避するためにお風呂から上がると、素の私はまた裏へと隠れてしまいました。代わりに表に出てきたのはまたいつもの私。本当にどっちが表なのか分からなくなってしまいそうです。


「あ、課題やらないといけないですね」


 お風呂から上がってスキンケアを終わらせた後、課題をやっていなかったことを思い出した。テスト明けだから数は少ないですけれど、やり忘れるとイメージに関わってしまいますからね。


 そして、課題を終わらせた後、寝る前にまた仏壇に手を合わせた後、ベッドへと潜り込みました。その直後にスマホに連絡が来ました。中身は母からのもので十二月の三者面談のタイミングに合わせて帰ってくると書いてありました。母が私のことを気にかけているのはわかるのですが、今の私は一体どう思われてるのでしょうか。

 

 いや、気にしても無駄ですかね。もしこうしていなかったら、きっと私はお姉ちゃんの後を追ってしまっていたでしょうから。お姉ちゃんのことを思い出したからなのでしょうか、少し昔の、消毒液の匂いが微かにする記憶を思い出してしまいました。


―――――――――

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