第5話:置いて帰ってる…

「ほら、これいる?」

「…ああ、もらっておく」


 篠原ささはらさんが差し出していたチョコレート菓子を前に少し戸惑っていると、篠原さんが食べないの?と言わんばかりにそれを突き出してきた。俺はすぐに再起動してそれを受け取って口に運ぶ。市販のチョコレート菓子特有の甘みが口に広がる。そして、昨日と同じように少し距離を取って彼女の隣に座った。


「いやねー、今日もあったんだよ、告白」


 俺がもらったお菓子をぼりぼりと食べていると篠原さんが話し出した。どうやら、今日もまた告白をバッサリと切ってきたらしい。今日もまた若干疲れているのが顔に見えている。


「いやね、今日のはとーってもめんどくさかったんだよ」

「何があったんだ?」

「サッカー部の先輩だったんだけど、なんてことをしてくれたのでしょう、昼放課、みんながいる教室の中に突撃してきたと思ったらその場で告白してきたんだよ」

「ああ、なんか教室の外が騒がしいと思ったらそんなことがあったのか」


 そういえば、今日の昼放課、一年生の教室のある廊下は妙に騒がしかったな。キャーキャー言う黄色い声が廊下に響いていたと思ったらどうやら原因は目の前のピンクブラウンの少女だったらしい。ちなみに俺と篠原さんのクラスは隣同士だったりする。


「クラスメイトがいるのはもちろん、その先輩のことを追ってきた野次馬、もとい先輩もいたからね。それだけ多くの人がいる前で告白される圧わかる?」

「あいにく、俺にはわからんな」

「まあ、そりゃそうだよねえ。本論からずれるからこれについては置いておくとして、その先輩の話の方をね。予想できるとは思うんだけど告白についてはいつものようにその場で断ったんだ。だけどね、まあそのあとが大変だったんだ。男子は案外そうでもなかった、というか少しホッとしてた感じだったんだけど、女子がまあ騒がしいったらありゃしなくて。動じてなかったのは見えた範囲だと一人だけだったかなあ。まあ、その子も私と同類だと思うんだけども」

「そうか、大変だったんだな」


 なんというか、篠原さんって苦労してるんだな、ってのが伝わってきた。これがモテる者の苦労なんだと思う。まあ俺にはよくも悪くも関係ない話だな。


「ほんと、大変だったよ。そのあと人が引き切るまで結局弁当食べる余裕なかったし。その次の時間は移動教室だったのもあって大急ぎで食べることになっちゃったよ」

「で、食べきれたのか?」

「ギリギリね」


 篠原さんがため息をつく。その顔には、やはりどこか影があるように見えた。


「ねえ、瀬川君」

「何だ?」

「何か面白い話ない?」

「なんだそんな急に藪から棒に」

「いやあ、最近楽しくないことばっかりでさ。だから何か面白い話ないかなって」

「面白い話か」


 篠原さんに話を振られて少し考え込んでみると、一つだけ思いついた。


「俺の友達が惚気まくってくる話ならあるが」

「え?何それ?普通に聞きたい」

「俺の友達が彼女持ちなんだが、めちゃくちゃ彼女の自慢をしてくるんだ。なんなら彼女の方も俺と面識があるんだが、合わせると目の前で普通にいちゃつくんだよ。二人ともまあ幸せそうにな」

「あー、そういう。で、感想は?」

「甘ったるい。びっくりするくらい甘ったるい」

「わーお、それは中々」

「で、詳しい内容はいるか?」

「…いや、いいや。告白を断わりまくってるせいでそこらへんの話を聞くとちょっときついかも」


 しまった、普通に話のチョイスを間違えた。これで嫌に思われてなければいいが、どうなんだろうか。


「ごめん、気が利いてなかったな」

「いいよ、気を遣ってくれてありがとね」


 と思っていたけれど、どうやら杞憂だったらしい。


「しかし、いいなあ。その二人幸せそうで」

「まあそりゃな。互いに気持ちが向いているのが見てて分かるからな」

「今の私には少しわからない感覚かも」


 その時の篠原さんの顔を覗き見たのは少し失敗だったかもしれない。その顔に見えたものに対して既視感を覚えてしまったから。そこで初めて彼女へと同情の感情が湧いてきてしまった。表現としては迷子の子供、というのが一番近いと思う。


「なあ、篠原さん」

「なーに?」

「次はいつここに来る?」

「ん-、できれば明日も。というかこれからもしばらくはお願いしたいかも」

「そうか、それじゃ明日も放課後ってことでいいか?」

「うん、そうしよっか」


 約束だよ、と篠原さんは笑った。それは表面上の微笑みではなくて、きっと本心のものなのだということが明確に伝わってきた。


「ああ、約束だ」


 そうして、これからの約束をして、まずは明日の予定を確定させた後も話は続いた。基本的には篠原さんの話を俺が聞く、という形だったけれど、その話してる当人は楽しそうだったからそれでよかったんだと思う。それに、話を聞くのは嫌いではない。


「さあて、と。もう私が用意したお菓子なくなっちゃったし今日はここでお開きってことで大丈夫?」


 空が赤く色づいてきたころ、篠原さんがお菓子の箱を逆さまにして振りながらそう聞いてくる。彼女の言葉通り、その箱からは何か落ちてくるということはなかった。


「そうだな。いい加減暗くなってくるしな」


 もう十月の半ばを過ぎていて、日は短くなり始めている。そのため、お菓子がなくなったタイミングというのは解散するのにかなりいいタイミングだと思えた。


「じゃあそういうことで。あ、今日のことも、そしてこれからのときのことも秘密でお願いね」

「元からそのつもりだよ。どうあがいても噂になるだろ」

「まあそりゃそうだろねえ」


 やはり篠原さんは自分自身が他人からどう見られているのかを程度はわからないけれども把握しているらしい。そして、この密会がバレたときにどうなるかも大体はわかっていそうだった。


「まあバレたときはそのとき考えようか」

「まあ大丈夫だとは思うけど、言い切れないからな」


 そう言った篠原さんはぴょんっと立ち上がると階段の下までタッタッと降りていった。


「それじゃ、また明日ね」


 そして、昨日と違って俺と話していた時と同じ調子で手を振りながら別れの挨拶を投げてきた。昨日のどこか感情の薄いものとは違って、そこには明確に喜色が見えた。


「ああ、また明日」


 俺も手を振り返す。篠原さんは満面の笑みを浮かべるとそのまま階段の下へと消えていった。


「…やばいな、あの笑顔は。って、ん?」


 不覚にも篠原さんの素の笑みに完全に見惚れてしまっていた。そこから我に返って立ち上がろうと手をついたところであることに気づいた。篠原さん、持ってきたお菓子のゴミ、置いて帰ってる…。どうしよう、これ、今までの行い的にわざとじゃない気がする。


 と、そんななんとも言えない残念感を改めて篠原さんに抱いた俺はそのゴミをポケットに突っ込むと、帰るために階段を下りていった。


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