第4話:そういえば言ってなかった

「まさか中身まで完全に理解されてるなんて思ってなかったんだけど?」

「悪かったな」

「はあ、過ぎちゃったものは仕方ない。仕方ないんだけどさあ」


 俺の鼓膜にダイレクトアタックをかました若干目の前のピンクブラウンの少女、篠原ささはら花恋かれんはなんとか落ち着きを取り戻して頭を抱えていた。なんというか、本気で落ち込んでいそうな彼女を見ていると、俺が悪いことをしたみたいに感じてしまう。実際にはたまたま通りすがっただけなのだが。


「むう、凹んでても仕方ないしなあ」


 どうやら、篠原さんは立ち直りは早いタイプらしい。あっさりとさっきまでの悲壮感のある雰囲気を消し去ってしまった。


「篠原さんは学校ではいつもあの調子で振る舞っているのか?」

「うん。正確に言うといつもあの調子なんだけどね。正直、人前で素を出したのいつ振りなのかもわからないんだよね。中学生のときに何回か?少なくとも高校に入ってからだと初めてかも」

「ストレス、とかないのか?」

「んー、どうだろう。私自身ではわからないかも」


 その言葉は俺には嘘に思えた。そもそも普段から本来の自分を隠しているということ自体がストレスになっていると思う。ただ、篠原さんについてはそれだけが原因ではないような気もしてしまうのはなんなのだろうか。


「なあ、篠原さん。一つ提案してもいいか?」

「え?なに?」

「たまにでいいからこことかで話さないか?」

「ふえ?」


 俺の提案を受けて篠原さんが首をコテンとさせた。そのどこかあざとくも見える動作が似合ってしまうのは可愛いからなのだろうか。まあ、疑問だったり不審に思う提案だったとは思う。


「もし篠原さんが何かあって素を出したいとかなったときにさ。例えば昨日みたいにさ」

「あー、そういうことか。うーん、どうしようかなあ」


 彼女は少し腕を抱えて考え込んでいる。唇に指を当てて悩んでいる姿はどこか様になっている。


「いくつか質問に答えて欲しいな」

「わかった」

「なんでこんな提案をしたの?」

「昔の知り合いに似ていてどうしても放っておけなくなくなった、それだけだ」

「昔の知り合い?放っておけなくなった?」

「ちょっと前に色々あったんだよ」

「それ、聞かない方がいいやつ?」

「…任せる」

「なら聞かないでおこうかな。そういう言い方するならなんとなく聞かれたくないってことがわかっちゃうからね。それに、私も話したくないことはあるし」

「助かる」


 そう言って、瞑目してうんうんと悩みだす篠原さん。黙ってその様子を見ていると篠原さんは突然思い立ったかのようにパッと立ち上がった。そして、俺の顔を指差してこう言った。


「わかった。その提案に乗るよ!」 

「そうか」

「それじゃ、早速明日、いいかな?」


 確か、明日は少し買い物をしたいくらいで特に予定はなかったはず。


「特に予定はないな」

「それじゃ、明日放課後にここで、ってことでいい?」

「わかった、じゃあそれで」


 そうやり取りを交わすと篠原さんは階段を下っていく。今度は転ばないようになのかゆっくりだった。


「あ、最後に一つ、聞いてもいいですか?」


 階段の踊り場まで下りたところで篠原さんがこちらの方を振り向いてきた。その雰囲気は普段から学校で見せているものに戻っていた。今度はいつ切り替えたのかがさっぱりわからなかった。


「なんだ?」

「そういえば地味に名前聞いてなかった、と思いまして」

「ああ、そういえば言ってなかったな。瀬川せがわすすむだ」

「瀬川君ですね。わかりました」


 俺が名前を告げると篠原さんはニコリと笑って階段の下へと姿を消した。なるほど、確かにあの笑みはやばい、好きになってしまうのもわかってしまう。けれど、その裏に隠れている素を見ていると、どうにも何か違うものに見えてしまう。


「しかし、まあらしくないことをした気がする」


 篠原さんの気配がわからないくらい遠ざかったところでつい口に出してしまった。俺はあの日以降、どうしても他人との距離を俺から詰めようとしたことはなかった。守とは距離が近めだが、それはあっちから距離を詰めてきたからだし、それも一定の距離を保っている。だから、なんで篠原さんにあの提案をしてしまったのかは、よくわからない。


 ただ、彼女に既視感を覚えてしまったのは間違いない。そして、それを見逃して後悔したくないという気持ちがあったことも。


「さて、俺も帰るか」


 そんな思考を切り替えるためにそう独り言つと、自分のクラスへと戻るために立ち上がった。


 そうして、約束をした翌日、その約束の履行のために再び、同じ場所を訪れた。


「ん、約束通り来てくれたね、瀬川君」


 そこには、スティック状のチョコレート菓子を口に咥え、足をパタパタさせて昨日と同じように座る篠原さんの姿があった。


「あ、これ食べる?」


 そう言ってもう一本のお菓子を取り出して俺の方へと差し出しながら笑う篠原さんは、どこか子供っぽく見えた。


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