第5話.鈍感少年はフラグ構築者?

 とりあえず今日はもう遅いので、このまま杉田家に泊まり、明日一時滞在しているホテルに荷物を取りに行くという形に、話が決まる。


 4LDKの杉田家では、2階の3部屋のうち、源内の部屋と杉田夫妻の寝室のほかに、半ば物置兼書庫のようになっている部屋があり、シャーロット達にはそちらを整理して使ってもらう予定だが、今日のところはとりあえず1階の客間に泊ってもらうことになった。


 「ごめんよ、ゲンくん。なんだかご家族にまでご迷惑かけることになって……」


 まだ申し訳なさげなシャーロットの言葉に、ふたりを客間に案内していた源内は笑って手を振る。


 「いやいや気にすんなって。それに、“例の件”のためにも俺達が同居してる方が都合がいいだろ?」


 無論、例の件とは魔法少女(見習い)としての実習活動のことだ。大抵は人々が寝静まった深夜に動くことが多いため、確かに随伴者とは同居していることが望ましい。


 「それは、そうなんだけどね……」


 まだ納得がいかない風なシャーロットだったが、ダーナの耳打ちを受けて、急に顔を真っ赤にしてコソコソと客間へと消えて行った。


 「? 何を言ったんです、ダーナさん?」


 源内の問いに曖昧に微笑むダーナ。


 「いえ、たいしたことは……(ゲンさんと同棲するのがお厭ですか、って聞いただけなんですけど)」


 どうやら、ウブな主をからかい倒す気満々らしい。


 「??? まぁ、いいですけどね。ダーナさんがアイツのことを心底大切に思ってることは、俺も知ってますし」

 「(う……)は、はい、それはもちろんですとも」


 ストレートな信頼を寄せる源内の言葉に、さすがに多少罪悪感を感じたらしい。


 「じゃあ、俺、隣の部屋から布団取ってきますよ」

 「あら、それには及びませんわ。わたくしが……」

 「いやまぁ、ダーナが力持ちなのは重々承知してますけど、今日のところはお客さんってことで、俺に任せてください」


 もちろん、これは源内なりの女性に対する不器用な優しさだ。たぶん、この家に下宿するようになっても、彼は何のかんのと理屈をつけて力仕事を自分にさせようとはしないだろう


 (わたくしは、ただの随伴者なんですけどね。この姿は仮初のものですし)


 そういうことに頓着しないのが源内の美点でもあり弱点でもある──と、以前から彼女は感じていた。


 無論、随伴者として知性と知識を得て以来、完全とは言えないがある程度“人”としてのメンタテリティーも備わっているため、女の子扱いされるのが嫌なわけではない──というか、むしろ小躍りしたいほど嬉しい。


 ただ、戦いの中でいつかその甘さが命取りになるのでは……と懸念しかけて、ダーナは首を振った。

 こう見えても源内は、前のあるじのレミリアとともに1年間この地球で魔法少女の随伴者として戦ってきた“先任”なのだ。危機に瀕する場面が皆無ではなかったろうし、それでも彼がそういう態度を変えないのなら、それは彼なりの“信念”と言うべきなのだろう。


 口元に自分でも気づかぬくらい薄く笑みをたたえたまま、源内に「では、またあとで」と告げて、ダーナはシャーロットのあとを追って客間へと入っていった。


 「? なんだろ。ダーナさん、なんだか嬉しそうだったけど……シャーロットもなぜか顔赤かったし」


 一年間のレミリアとの同居生活のおかげか、女の子の“表情”を読むこと自体に関しては長足の進歩を遂げた源内だったが、相変わらず女性心理の機微を把握することについてはヘッポコなままらしい。


 明日から一緒に暮らすことになった女性陣の様子に首をかしげながら、源内は自分の部屋に戻った。


 * * * 


 源内が無意識に新たなフラグを立てたり強化したりしていたちょうどその頃。


 「──なんだか、お兄ちゃんが浮気してるような気がするわ……」


 次元を隔てた遠く彼方の魔法の世界イディアノイアで、ひとりの少女が寝転んでいたソファからムクリと起き上って呟いていたりする。

 言わずとしれた、元・主のレミリアである。


 実は、このレミリア、源内との随伴者契約を“”解除したとは言え、彼のことを全然あきらめてはいなかったりする。

 魔法少女実習の終了時は、源内の望郷の念や、彼がまだ高校2年生であるという事情を考慮して、あくまで“一時的に”源内を日本の元の暮らしに戻したが、内心は2年後の春、源内が高校卒業する頃に彼を改めて迎えに来る気満々なのだ。


 また、現在は(同世代の少女と比べてもやや発育が遅めなこともあって)“妹”としか見られていないが、2年も経てば、姉たち(ふたりとも長身かつプロポーション抜群だ)──まではいかなくとも、それなりに女らしく成長して“お兄ちゃん”に異性として意識させられるだろうという計算もあった。


 だが。

 今日の夕方ごろから胸騒ぎがしており、さらに今レミリアの心の奥でひっきりなしに警鐘が鳴り続けているのだ。彼女の脳裏には、格闘ゲームよろしく「Here comes a new Challenger!」と言う文字が表示されている。


 「冗談じゃないわ! せっかく誘惑てんこ盛りのイディアノイアから隔離して、ライバル達を遠ざけてほとぼりを冷ますつもりだったのに、まさかアッチの世界で伏兵が出現するなんて!!」


 げに恐ろしきは恋する乙女の勘。

 自らの恋の障害となるであろう人物の出現を時空を超えて早くも察知したらしい。


 スタッとソファから降り立つと、手早く正装に着替えてからベッドのそばの敷物で丸くなっている子犬(犬化した源内とは逆に真っ黒だ)に声をかける。


 「ゲンパク、姫様に会いに行くから起きて」

 「……ん~、どうしたんやレミリア姉ちゃん、こないに遅ぅから」


 目をしばたたかせながら、それでもモゾモゾ起きだしたのは、レミリアの現在の随伴者ゲンパク(命名者は源内)。源内とは逆に、犬が本体で、11、2歳の人間の少年の姿にも化けられるタイプだ。


 ゲンパクの言う通り、すでに日が暮れており、王宮での謁見の時間は完全に過ぎている。


 「非常事態よ。いいから来なさい!」


 普通なら、いかに優秀な魔法少女(メイジ)と言えど王宮の規則を破ることはそう簡単にできないが、レミリアの場合、加えて“上級貴族の娘”で“王女の学友にして親友”、かつ“伝説の再来”と言う3つの要素がある。

 多少無理すれば横車を押しとおすことも十分可能で、王宮に着いてまもなくパトリシア王女の私室へと通された。


 幸い、パトリシアは突然の親友の来訪に驚きはしたものの、柔らかな笑みとともに快く迎えてくれた。


 「姫様、私を地球に派遣してください!」


 しかし、挨拶もそこそこにレミリアがそんな言葉を発すると、さすがに戸惑ったようだ。


 「れ、レミィ、少し落ち着いてちょうだい。ね?」


 何気に親友がテンパっているのを見てとったパトリシアは、お茶を飲みながら詳しい話を聞いてみたが、何のことはない。

 想い人に「悪い虫がついてるような予感がした」という他愛ない理由だ。


 「レミィ……さすがにそれだけでは地球への赴任は認められないわよ」


 ここで少し説明しておくと、正式に魔法少女として認められた者は、制度上、各国の王宮に所属している。


 魔法少女という字面はファンシーなイメージだが、これまで何度も言及してきたとおり、その任務は決して楽なものではない。


 もっとも一般的な仕事は、魔法を使った犯罪性の高い事件の捜査および犯人の捕縛と起訴。辺境に派遣されている場合、簡単な裁判&懲罰権すら認められる。警官と検察官と保安官を足したような権限を有しているのだ。


 また、時には災害救助活動にも従事し、有事には王家の親衛隊としての役目も果たす(その意味では自衛隊に近いか?)し、国外に特使として派遣されることもある。


 これらの各種業務については、王宮の宰相レベルから任命されるのが通例だが、レミリアの場合、その「始まりの魔女の力を受け継ぐ者」というステータスから平時は基本的にフリー(悪く言うとお飾り)で、形式上は王都の巡回と王宮の警護を担当していることになっていた。


 確かに、地球との関係上、実習生以外にもイディアノイアから地球に赴いて活動を行っている魔法使いは少なからずいるが、そこにレミリアを割り込ませるだけの正当な理由がなかった──いや、ないはずだったのだが……。


 「(! そうだわ!!)──実は、いま少々政治的にも微妙で厄介な問題を抱えてるの。その厄介事の解決に協力してくれるなら、貴女を地球に派遣しましょう」


 現在、パトリシアは第一王女として形式上トリストラム王宮所属メイジたちの統括を行っているため、正当な理由さえあれば、融通を利かせることは可能なのだ。


 もちろんレミリアはふたつ返事で引き受けた。

 本来彼女は聡明であり、こういう裏がありそうな依頼に関しては、慎重に対処するのが常なのだが、どうやら「恋は盲目」を地でいっているらしい。

 ほどなくレミリアは、この時の即断を後悔するハメになるのだが……。


 ともあれ、「伝説の再来の伝説」、「爆裂れつメイジ」、「エネミーゼロ」、「破壊魔レミリア」など数々の(物騒な)異名を持つ少女が、遠からずふたたび地球の土を踏むことは、ほぼ確定したようだ。

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