第6話.近所案内は平常運転?

 翌日。源内の通う高校は土曜日も半日授業があるため、学校が終わって急いで帰ってきたのだが、すでにシャーロットたちはホテルをチェックアウトして杉田家に戻って来ていた。


 しかも、まだ昼過ぎだと言うのに、すでに物置部屋から荷物を運び出す作業は、ほとんど終了しているらしい。

 手伝う気満々だった源内は拍子抜けした気分だった。


 父は普通に出勤(ちなみに仕事は某衣料品メーカーの広報部長だ)しているし、女手3人で、よく片付いたなぁ、と感心したのだが、昼食の際に母の言葉を聞いて納得する。


 「源内、やっぱり外人さんって体格いいせいか、力持ちなのねぇ。ダーナちゃんは平気でタンスを持ち上げるし、シャーロットちゃんとふたりでベッドも楽々運んじゃうんだから」


 ジャイアントモールの化身であるダーナの怪力は別格としても、シャーロットもつい一月ほど前まではファンタジーな世界の男子として鍛練に励んでいた身だ。決して体格のよいほうではなかったが、日本の男子高校生の平均程度の体力は持っていたはずだ。


 魔法使い候補生と聞くと、ヒョロヒョロの頭でっかちなイメージがあるかもしれないが、少なくともトリストラム王国におけるその実態は決してそんなモノではない。


 学院では貴族の生徒が大半を占めることもあって、剣や杖を用いた護身術の授業が日本の学校の体育と同じように普通にカリキュラムに組み込まれていたし、剣術や乗馬といった体を使う競技の同好会サークルも存在している。


 とくにシャルルたち男性の魔法使いは、魔力が少ない分、自分の身を守るには体術のスキルを磨かざるを得ないし、初級魔法と剣技を組み合わせることで魔法騎士隊の二番隊隊長(副隊長から最近昇任したらしい)にまで上り詰めたルビカンテ卿のような例もある。


 「魔法さえ使えればOKなどと言うのは三流の証」というのが、学院長マーリンの口癖だから、女性に変わってからも、今度は魔法少女見習いとして鍛錬していただろうし、現に体力は落ちてはいないようだ。


 とは言え、口には出さないが、源内としては「待っててくれたら、俺も手伝ったのに……」と少々残念に思っていたりする。


 そんな息子の気持ちを汲み取ったのか、母は源内にシャーロットたちを連れて近所を案内するように命じた。


 「ここで住むからには、商店街とかいろいろ知らないと不便だろうしね」


 もちろん、源内も、そしてシャーロットとダーナにも異論はなかった。


 * * * 


 「ここが、ウチの近くで一番大きなスーパー。食料品から日常雑貨まで、大概の品は揃うかな」


 ふたりの異邦人を連れて源内がまず向かったのは、近所の西●だ。


 「ゲンくん、こういうのは“スーパーマーケット”じゃなくて“デパート”って言うんじゃないのかい?」


 もともと学院の“げんちけん”に加入していただけあって、シャーロットは地球──というか日本の習俗に比較的詳しい。情報源がアニメとゲームとマンガなので、多少偏っている傾向はあるが。


 「お、いいところを突くな、シャーロット。ここみたいに3階建てクラスの店は、正直、スーパーとデパートの中間的な位置づけって言えるだろうな」

 「えっと……“でぱーと”の方が大きいんですか?」

 「ええ、そんなところです、ダーナさん。それと売ってる商品も高級なイメージがありますね」


 などと説明しつつ、店内をざっと見て回る。3階の本屋と電器屋の前でシャーロットの足が止まりがちだったのは、げんちけんメンバーとしては致し方ないだろう。

 ダーナとしては、どうせならブティックの方に興味を示してほしかったようだが……。


 スーパーを出ると、今度は駅前の商店街を案内する。

 源内の住む町は、都内23区とは言え高層ビルなどとはほぼ無縁の住宅街であり、古きよき下町の風情がかすかに残っている。ゆえに……。


 「あれ、久しぶりだね、源内君」


 ──こんな風に馴染みの店(たとえば古本屋)に入ると声を掛けられることもあるわけだ。


 「あ、店長、御無沙汰してます」


 この古書店「山昇堂」は、源内にとっても縁の深い場所だ。

 マンガや文庫本の売買にちょくちょく利用していたのみならず、レミリアに召喚ばれる前の春休みには、ここで短期のバイトをしてたこともあるのだから。


 「しばらく、海外をフラフラしてたって聞いたけど……そちらの女の子達は、その時にできた彼女かな? もしかしてデート中かい?」


 眼鏡をかけた人のよさそうな青年店主に、そう問われて、源内は慌てて首を横に振る。


 「ち、違うっスよ~。いえ、向こうでの知り合いってのは間違っちゃいないですけど……」

 「お初にお目にかかります、ミスター。シャーロット・グラフィアスと申します。おっしゃる通り、源内くんとは故国で知りあいました」

 「ダーナ・グラフィアスと申します。以後お見知りおきを」


 外国人の美人姉妹に流暢な日本語とともに優雅に一礼されて、店主は慌ててカウンター奥の椅子から立ち上がり、腰を折った。


 「いやいや、これはどうもご丁寧に。僕はこの店の店長をやってる山内登と言うものです。こちらこそよろしくお願いします」


 ペコペコ頭を下げる腰の低い店長を押しとどめて、源内は、海外放浪中(表向きは、そういうことにしてある)にフランスで彼女達の父親に雇われてしばらくアルバイトをしてたのだ……と、昨晩両親にしたのと同じ説明を繰り返した。


 「で、俺が色々日本について話したら興味が湧いたらしくて、1年間日本に留学に来たんスよ。ふたりとも今日から俺ん家にホームステイするんで、ただ今近所を案内中です」

 「ほうほう、それはまたおもしろい縁ですね……ウチはしがない古本屋ですが、若い子の興味を引きそうな本や漫画も多いんで、よかったらまた見に来てください」


 と人の良さそうな笑みを浮かべる店長に見送られて店を出た3人は、再び商店街探索に戻った。


 そのあと、コンビニ、ファーストフード、(女の子なら必須?の)甘味処、さらには、商店街の肉屋・魚屋・八百屋など杉田家でお使いを頼まれそうな店を回り、ひととおりの案内が終わったところで、源内達は缶ジュースを手に、商店街の外れにある小さな公園のベンチでくつろいでいた。


 「お、そうだ。大事なことを聞き忘れてたぜ」


 ポンッ! と手をうつ源内。


 「ん? 何だい、ゲンくん?」

 「えっと、本題に入る前に……シャーロット、ここでBS張れるか?」

 「ちょうど人気もないし大丈夫だと思うけど……どうしてだい?」


 源内の質問に、けげんそうな顔でシャーロットは問い返す。


 「いや、互いの戦力の確認は必須だろ。そのためにも、できればBSを展開してもらえると助かるんだが……」

 「確かに、ゲンさんの言われる通りですわ、主殿」


 ダーナも賛成したため、シャーロットも納得してBSを展開する。


 「偉大なる「始まりの女王」魔女モーリンよ。今ささやかなる奇跡の顕現を我にもたらしたまえ──BS(バリア・スペース)!」


 シャーロットが膝まづいて祈りを捧げることで、彼女を中心に虹色の光が広がり、その光に照らされた範囲が、周囲とは微妙に位相がズレた場へと変わっていく。

 公園をすっぽり包む込む半径およそ10メートルほどの空間がBSに覆われた。


 「うん、これでいいな。まず、言いだしっぺの俺から申告するけど……」


 と、源内は自分の持つ随伴者としての能力を説明していく。

 と言っても、「犬化」と「馴魔の右手」(人間以外限定の例の癒し系能力のことだ)は、学院時代も既に使えたから、彼女達もよく知っている。そこで、地球での実習時代に身に着けた「狗神化」と「抗魔の咆哮」、「破魔の光弾」について実際の使用も交えて詳しく解説することになった。


 「狗神化──ってのは、まぁ、犬化の強化バージョンだな。Rena-Ni-Nuikade!」


 特技解放用のキーワードとともに、源内の姿がまばゆい光に包まれ、その光が消えると、そこにはシャーロットたちも一度目にした“キツネ色の大型和犬”の姿があった。


 「犬化の段階でも実は地味に戦闘能力は高いんだけど、この狗神化した状態は段違いに強くなってる。強さにもよるけど、たぶん雑魚の魔物なら2、3体相手どっても互角以上に戦えると思う」


 源内はさらっと言っているが、実はこれ、イディアノイアの常識からしてもかなり規格外な能力だ。


 確かに、魔法少女メイジは魔物を退治し、随伴者はその支援サポートをするのが役目だが、“普通”の随伴者はあくまで援護程度に留まる。

 翼竜のフローラみたいな“元から飛び抜けて強い”動物が随伴者となったケースならともかく、いかにかなり大きいとは言え、あくまで見かけは犬の範疇である源内が、魔物それも複数と戦い、降せるというのは、普通に聞いたらデマか見栄を張っていると思われても仕方がない。


 現に、ジャイアントモール形態のダーナはかなり強力な随伴者だが、その彼女をしてすら、かなり下位の魔物であるあの羽付き山猫モドキ1匹に歯が立たなかったくらいなのだ──まぁ、アレは相性が悪すぎたということもあるのだろうが。


 しかし、シャーロットとダーナは、源内が嘘をついていないことを確信していた。

 それは、ひとつには源内への人格的な信頼──そういうコトをする少年おとこではないと知っているからだし、もうひとつは実際にトリストラム魔法少女学院に提出されたレミリアの報告書レポートで、当時の源内の奮戦ぶりについても触れられていたからだ。


 会った当初はともかく、地球に実習に行く頃のレミリアは源内に「お兄ちゃん♪」と子猫のように懐いており、その源内の働きぶりを「さす兄!」と過大評価している可能性はゼロではなかったが、それでも学院を経て王宮にも提出される正式な報告書で、自らの随伴者の能力を“盛る”ほど脳みそお花畑ではないはずだ。


 「この形態の欠点は、魔力消費が激しくて、せいぜい3、4分しかこの姿を維持できないってことかな」


 “実戦”における3分という制限時間は、長くて短い。

 相手が1体で短期決戦を挑んできたなら十分とも言えるが、ヒットアンドアウェイを繰り返したり、ガードを固めたり、あるいは多数の子分とりまきを連れている場合は、途端に時間が足りなくなるだろう。


 「だから、よほどのことがない限り、狗神化は切り札のひとつにして、通常は犬化で戦うことを考えるほうがいいと思う」

 「確かにそうですね。では、「抗魔の咆哮」というのは、どのような能力なのでしょうか?」


 ダーナの興味深々という視線に苦笑しつつ、源内は答える。


 「ああ、それはこの間の山猫モドキ戦で使った遠吠えのことです。あれはその音が響いた空間の魔力制御を数秒程度乱すんで、魔法使いや魔力系の技を使う魔物を相手にする時、使い方によっては反則的な効果があります」


 付け加えると、源内と契約している“主”の魔力については乱さないので、数秒間とは言え、一方的に此方のみが魔法を畳みかけることもできるのだ。


 「ただし、一度使うとその場所ではこの咆哮がしばらく効かなくなるという制限もあるので、「ずっと俺のターン!」はできないんですけどね」


 それを踏まえても強力な特技だ。さすがに“伝説の再来の相棒”の名は伊達ではないらしい。


 「最後に習得した破魔の光弾、これは、まぁ、格闘ゲームで言うところのいわゆる突進技かな。もっと言うなら“ラ●シュドッグ”?」


 要は、主からの魔力の援護を受けて、源内が魔力光をまとったまま対象に急速突進、大ダメージを与えるという体当たり技だ。

 もっとも、格闘ゲームのような無敵時間などは存在しないため、技の最中でも敵の攻撃が当たると痛いし、体当たりした相手が堅過ぎると、当然与えるダメージも大きく減退してしまう。


 「そうそう、言い忘れてだけど、さっきの咆哮もこの光弾も、犬化と狗神化どちらの状態でも使える。さすがに普段の人間状態では無理だけどな」


 とくに狗神状態での破魔の光弾は、小犬時とは威力が段違いなので、比較のためシャーロットに等身大の青銅人形を作ってもらって両方披露しておく。


 小犬状態では直径20センチ深さ5センチほどの凹みが胴体にできる程度(それでも十分凄いが)なのだが、狗神状態で破魔の光弾を使うと成人男性を模した金属製の人形の胴体部が吹き飛び、手足の残骸しか残らない。


 「ふぅ……こんなところか」


 狗神化を解き、少年の姿に戻って額の汗を拭う源内。


 「す、凄いよ、ゲンくん!」

 「ええ、なまじな女性魔法使い……いえ、メイジ見習いクラスでも、一撃でこれほどの破壊力を持つ魔法を使える者は、半分にも満たないでしょう」


 シャーロットとダーナでは主従揃って目を丸くしている。


 「はは、そいつはどーも。ただ、かなりの魔力を消耗するから、連続使用は無理だぜ? それに、一直線に突っ込むという技の性質上、かわされたり、迎撃されたりするような隙も大きいしな」


 小犬状態の時は、源内も多少軌道をズラすことでそれらに対抗することができるようになったのだが、狗神状態だと身に纏う魔力が大きすぎて、細かい調整がまだ効かないのだ。


 「なるほど、つまり相手の動きを一時的にでも止めてから使用するのが好ましいわけだね」


 シャーロットはふむふむと頷く。もともと軍人の家系だけあって、戦術勘は優秀なのだ。


 「その意味では、魔法少女としてのボクとの相性は悪くないと思うよ」


 と、シャーロットも自らの持つ戦闘用の魔法について説明していく。


 魔法少女になったことで格段に魔法の腕前も上がった彼女は、戦闘の主力として戦乙女バルキリーの名前を模した7つの魔法を新たに習得している。先日の山猫モドキ戦で見せた攻撃魔法【斧撃(スケッギョルド)】もそのひとつだが、それ以外はむしろ防御や敵の行動を阻害する魔法の方が豊富だった。


 「なるほど。シャーロット自身は【護手(ヘルヴォル)】で防御を固めつつ、【槍戦(ゲイルスケグル)】で相手の動きを牽制、隙あらば【茨戒(ヘルフィヨトル)】で相手を拘束し、【斧撃】でトドメか」

 「それが理想のパターンだね。もっとも、短時間に連続してそれだけの魔法を使うと、さすがにボクの魔力がもつか微妙だけど」


 覚醒したとは言え、魔力量については、やはり子供の頃から練習してきた生粋の女性魔法使いには、まだ及ばない。


 「まぁ、トドメに関しては、さっきみたく俺が破魔の光弾で担当することは可能だぜ?」

 「主殿の守りについては、わたくしがある程度肩代わりできますしね」


 そう考えれば、この3人は極めて優秀なチームかもしれない。


 「それにしても、シャルル、もといシャーロットも、“聖”の属性を持ってたとはなぁ」

 「あはは、ボクも自分で意外だったよ」


 さて、ここで、イディアノイアの魔法使いたちが使う魔法について、少し解説しておこう。


 イディアノイアにおける魔法使いの99%以上が、火・水・風・土の4つ属性のいずれかの魔法を使う。

 半数程度はどれかひとつの属性のみに特化した「ソロ」と呼ばれるタイプだが、3割程度はふたつの属性を使える「デュオ」、2割弱程度が3つの属性を使える「トリオ」で、四属性すべてを使える「カルテット」は魔法使い全体の0.1%にも満たない。


 さらに、同じ「ソロ」であっても、たとえば火と火を重ねてより強力な火属性の魔法を使える者は「火のダブル」と呼ばれる。同属性3つなら「トリプル」だ。 4属性の重ね掛け(クアドラプル)をできたのは「始まりの女王」モーリンだけと言われている。


 仮に、火・火・火の「ソロ・トリプル」なメイジと、水・風・風の「デュオ・ダブル」なメイジが戦えば、はたしてどちらが有利なのか──これはなかなか微妙な問題と言えるだろう。


 そしてそれとは別に、ごくごく稀に「聖」や「魔」、「光」、「闇」などといった四大属性のいずれにも属さない、レアな属性の魔法を使える者も存在するのだ。


 レアスキル持ちは珍重される反面、四大属性と異なり効果的な育成方法が伝わっておらず、独学でそのスキルを伸ばすしかないと言うハンデもある。ポジディブに考えるなら、「本人の努力次第」と言えないこともないが。


 ちなみに、魔法少女となったレミリアは「光」「聖」「極」というレアスキルのみのトリオであり(それ故、四大属性をベースにした学院の魔法実技では失敗続きだった)、「光」「聖」「極」「空」のカルテットだった女王モーリンの後継者と目されているのだ。


 シャーロットの場合、男性シャルルだったころは土のソロだったが、女性になってからの測定で、聖属性の素質も認められている。

 現に、彼女が戦闘時に【創像】で作り出す武具は軽度ではあるがすべて聖属性を帯びており、闇や魔に属する相手に多大なダメージを与えるのだ。

 それ故に、彼女のふたつ名は「青銅像(タロス)」から「聖銅(オレイカルコス)」へと変わっている。


 「へぇ、それじゃあ、シャーロットの作った武具って、結構高値で売れるんじゃないか?」

 「ああ、それは無理だよ。聖属性が宿っているのは即時創像したものに限られるみたいだからね。作り出してから最長10分くらいで元の金属棒に戻っちゃうんだ。

 永続創像で作ったものは、いまだにただの青銅ブロンズ製さ」

 「ふふ、そうそううまい話は転がっていないということですわね」

 「なるへそ。ま、世の中、そーいうモンだよな……おっ?」


 源内が嘆息するのとほぼ同時に、空間がゆらいでBSが解けた。

 魔法の技量や魔力量に関わらず、BSは30分程度で自動的に解除されてしまうのだ。


 「そういや、もう30分経ったのか。ま、お互いの戦闘方法については、それなりに理解できたし、ちょうどいい頃合いだな。そろそろウチに戻ろうぜ」


 源内の言葉に女性陣も同意してベンチから立ち上がり、“我が家”へ“帰る”のだった。


 * * * 


 そして翌日の日曜は、ふたりの娘さんも含めた杉田家総出で新宿の百貨店にお買い物に出かけることとなった。


 「母さん、実は娘も欲しかったのよね~」とお約束な台詞をのたまう杉田遥香夫人に、シャーロットのみならず、あのダーナまでが次々に着せ替え人形にされていく。

 しかも、杉田家の大黒柱たる杉田重久氏までも、親馬鹿(と言うのか?)丸出しのニヤケ顔でそれを暖かく見守っているのだ。


 どうやらふたりの中では、「ふたりのどちらかが未来の源内の嫁=義理の娘」という公式が早くも成立しているらしい。


 (げ、ゲンくん、そろそろ助けてくれないかい?)


 すがるようなシャーロットの眼差しからついと目を逸らす源内。

 その態度は雄弁に「俺じゃ無理っス」と語っていた。

 嗚呼、死して屍拾う者なし。


 ちなみに、ダーナは主を積極的に杉田夫人へのイケニエに差し出すことで、自分への“被害”は最小限に食い止めていた──随伴者として、それでいいのだろうか?


 薄情な“相棒げんない”に腹を立てたシャーロットは、彼を女性用下着売り場にまで無理矢理同行させたうえで、試着室のそばに立たせるという羞恥プレイを敢行し、見事報復を果たした。

 もっとも、未だ精神的には少年の心を色濃く残す彼女自身も、少なからず恥ずかしさに身をよじることとなったのは、ご愁傷さまというべきだろう。


 夫人に買ってもらったシャーロット&ダーナの衣服が入った袋の山の大半を、源内が抱えてよたよた歩くハメになったのも、これまたセオリー通り。


 そして……。


 「フランスより参りました留学生のシャーロット・グラフィアスです。本日より、こちらのクラスでお世話になることになりました。

 なにぶん不慣れなことが多いため、ご迷惑をおかけするかもしれませんが、よろしくお願いします!」


 ──翌日の月曜日、こうやって源内のクラスである2-Bにシャーロットが転入してくることも、当然、お約束なのだろう。

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