第1話「登場!ルビーの令嬢アンネローゼ」

「あっ!アン様ー!」


畑の横道を走る馬車を見た農民が、馬車に向かって手を振った。


「来週のアン様のお誕生日には、採れたてを持っていきますよー!」


そう声をかけると、馬車がゆっくりと止まる。

扉を開けて、軽く跳ぶように一人の少女が降りてきた。


薔薇のように赤い髪、雪のように白い肌、血潮のように赤い唇、ルビーのように赤い瞳、纏う純赤のドレス。

目には優しさ、歩く所作には優雅さ、嬉しそうに笑う顔には溌剌さ。


「あらあらあら!立派に育っておりますわね!」

「ははは!ダメですよ。誕生会までお預けです」

「えー、けちんぼ。まぁいいですわ!楽しみはあとにとっておくタイプですの!」


おーっほっほと笑う彼女の耳に、子供の叫び声が響く。


「誰か!誰か助けてー!」


なんだと振り返る農民達。その誰より早く、高いヒールで彼女は駆け出していた。

たどり着いたのは近くの貯水池。そこで一匹の中型犬が溺れていた。


「どうしよう……ペスは泳げないの!」


泣きじゃくる子供の横で、彼女はヒールを脱ぎ捨てる。


「ここでお待ちになって」


そう声をかけると、素足で地面を蹴って貯水池へと勢いよくダイブ。

素早くパニックになっている犬を抱き抱えると、陸地に向かってゆっくりと泳ぐ。

かくして犬を抱いて陸に上がった彼女は、追いついた農民達の歓声に迎えられた。


ベロベロと、犬に頬を舐められている彼女の名はルビー・アンネローゼ。

やがて巨大兵器ダイレイジョーを駆り、世界を救う少女である。







小歴1024年。ルビー領。

ルビー侯爵家の令嬢であるわたくし、ルビー・アンネローゼは16の誕生日を迎えた。


「おめでとう、アンネローゼ」

「おめでとう、アン……!大きく、健やかに育ってくれて、母もうれしいわ!」

「おめでとうございますアンネローゼ様」


豪華な、そして私の好物だけで構成された食卓を前に、両親と執事メイドの皆が声をかけてくれる。


「ありがとうございます、お父様、お母様。爺やもみんなも、ありがとう」


乾杯!の声と共に、お父様が呼んだ音楽家達が華やかな演奏を始める。

窓の外は雲一つない春の空。

嗚呼、良い日だ。


わたくしの家、ルビー家は、このジェムリア王国の四大貴族の一つである。

四大、といってもルビー家はその中でも最弱。最強最大であるダイヤモンド家と比べると、我が家は田舎の小さな貴族だ。


だがそんな我が家とルビー領を、私は心底愛している。

領民に優しく、娘に甘い父。

動物と自然を愛し、娘に甘い母。

にぎやかで笑顔の絶えない、でも仕事はしっかりする使用人のみんな。

そして、穏やかで真面目なルビー領民達。

あと、今はもう会えないお姉様も……。


今ジェムリア王都では王子達の嫁がどの貴族の娘になるかで盛り上がっているらしいが、私に興味はない。

これ以上、私は何も望まない。


「そうだ、アンネローゼ。お前が望んでいた誕生日プレゼント、しっかり用意しておいたぞ」

「本当ですかお父様!ありがとうございます!」

「ああ、だがこんなもので本当にいいのか?もっと、良いものでもよかったのに……」



▽▽▽



「おじゃまするわよ、ガイ!」

「わわっ!お嬢様!……まったく困りますよ、もう」


誕生日の晩、屋敷を抜け出し向かったのは町にある工務店の作業場。

今声をかけてきたのは店主の息子、ガイ。私の2つ下だ。


「あ、あのねぇお嬢様。毎度毎度お屋敷を抜け出されてますが、怒られないんですかい?」

「ふっふーん。大丈夫よ!偽装工作は完璧!爺やですら気づいたことはないわ!」


それより、と私は持ってきた袋を作業台の上にドン!と置いた。


「見てよこれ!これ全部、高純度のルビー片よ!」

「おー!!!こりゃいい!こりゃいいですぜ!」


魔法。それはこの世界に広く伝わる技術。

体内/空気中の魔力に命令を与えて何らかの現象を起こすそれは、この国を支えるインフラであり、この国を守る武器である。


「お嬢!そっち持ってくだせぇ!」

「ガイ!三番取って!」

「そこは並列接続したほうが魔力消費量が……」

「ここ、前に作ったあれをもってこれないかしら……」


1%の閃きと99%の地味な作業。

私たちがやっているのは、そんな魔法を使った魔道具作りである。

宝石には魔力を蓄積/凝縮/拡散させる力があり、魔道具には宝石がつきものなのだ。

金槌を振るい、汗を流し、議論を重ね、油に塗れる。

物を作ることが、私は何より大好きだった。


「で、できた!」


そうして完成したのが、今目の前に置かれた小さな箱。

子供の手でも握れるサイズのそれは、中に極小のルビー片をいくつか仕込んでいる。


「やるわよ」

「へい」


ごくりとつばを飲み込んで、私は箱に、ほんの少しの魔力を流し込んだ。


ピリリリリリリリリリリ!!!


作業場にけたたましい音が鳴り響く。

思わず箱を置いて耳をふさぐと、少したって音がやんだ。


「成功よ!」


完成したのは、少ない魔力で大きな音を出せる持ち運び可能な箱。

私たちはこれを、防犯ブザーと呼んでいた。


「や!やりましたね……!」

「よーし!よしよし、よし!ガイありがとう!これ、さっそくお父様に見せて量産お願いするわ!」

「ええ!その時にはもちろん、うちの工務店をごひいきに!」


防犯ブザーを作りたい。そう考えたのはここ数カ月、子供の失踪事件が続いているからだ。

既に被害者は19名に及ぶ。お父様主導の必死の捜索、警備の強化にもかかわらず、子供たちは見つかっていないし、事件も止まらない。


──なにか、わたくしにできることを。


昔から好きだった魔道具作りで、なにかできないだろうかと考えていた時、ガイと共に思いついたのが防犯ブザーだったのだ。


──こんなことしか、できないけど。


強い力も、高度な知識も、他家に匹敵する権力もないわたくしは、こんなことしかできはしない。わたくしが好きな、領のみんなのために。


唇を噛んだ私に、ガイが声をかける。


「お嬢、この防犯ブザーは、きっとみんなの役に立つ。本当に、よくやってくれてるよ。ありがとう」

「……ふふ。ルビー家の者として、当然ですわよ」





作業場を出たとき、深夜の二時を回っていた。

今宵は新月。真暗の闇が夜を覆う。


──誘拐するなら、こんな夜。


夜目が効くわたくしでも、この暗さでは犯人の顔はわからないであろう。

何も感じていなかった静寂が、不安に変わる。


「……早く帰ろう」


気持ち歩みの速度を速め、そろそろ町を出るかというタイミング。

小さな笛の音が、わたくしの鼓膜を揺らした。


「これは……?」


それはサーカスのように陽気で、しかし泥のように重い、不思議な音で──

わたくしは気づけばその音に意識を集中させ──

気づけば足が勝手に笛の音のほうに──

気づけば目が、閉じ──


「おやぁ?思わぬ収穫ですね……」


男の声と共に、完全に意識を失った。

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