第7話「決着!さらば悲しき格闘家」

「舐めるなァァァ!!!」


ガルマが吠える。

地面を強く蹴り、土を高く舞わせダイレイジョーの視界を潰す。

その隙に接近。そして猛ラッシュ。


顔面、腹、脚、胸。

息継ぎなしで繰り出される終わりない高速ラッシュが雨のようにダイレイジョーに降り注ぐ。


「オラオラオラオラオラオラァァ!」


永劫かと思われたそれは、しかしガルマの荒い呼吸音と共に終わりを告げた。

ガルマの眼前には、仁王立ちするダイレイジョー。


「今のは、痛かった。……痛かったですわッ!」


ダイレイジョーが、全体重を乗せた全力の前蹴りケンカキックを放つ。

ギリギリ間に合った両腕による防御を貫き、ガルマが吹っ飛び地面に転がった。


「くソッ!くソッ!使?……使わないト、死ヌ!」


そう呟き、ガルマは起き上がりながら力を貯め始める。

黒いオーラがガルマの周囲に集まり、怪しく光り始めた。


「あれは……!我慢の問題じゃない。ダイレイジョーでももたないッ!」


右腕を前へ。ガルマに手の平を向け標準を合わせ、魔力放出を全開に。


「やられる前に、終わらせますわッ!」


ダイレイジョー中を駆け巡る魔力が、加速、加圧、収縮。

右前腕が変形。魔力充填80%。


「だめッ、間に合わない……!」


ガルマが吠えた。

同時黒い光が一点集約。泥がガルマの両腕を覆い、硬質化。

魔物の両腕が、螺旋回転する円錐。すなわちドリルと化した。


「固有魔法:螺旋掘削掌!」


迸る火花と共に回転を始めるドリルを構えて、ガルマは真っ直ぐに一直線に突進を仕掛ける。


「これで終わりダァァァァァ!!!」


ダイレイジョーに肉薄。

深く構えた両腕を突き出し、嗚呼今まさにダイレイジョーを削り砕かんとする。


刹那。



『パパ!』



声が聞こえた。

それは何年経っても忘れることのできない、愛する娘の声。


『パパの手、ゴツゴツしてて好き!』


あの子と一緒に歩く時、いつも手を繋いでいた。

喧嘩、試合、汗、血、怪我。

そんなものに塗れた俺の拳を、好きだと言って繋いでくれた。


『俺も──の手はあったかくて好きだぞ』


手を繋いで歩くと、子供の成長がわかるのだ。

少しずつ伸びていく身長、大きくなる手の平。


このままずっと、ずっと手を繋いで、この子の成長を、好きだと言ってくれた、この手で感じて。



──なのになんでだろうなぁ。



父親ガルマの視界に映るのは、触れるもの全てを抉り取るドリルと化した両の腕。



──こんな腕じゃ、あの子を。



そうして、魔法ドリル化は解けた。



赤石鉱機熱光線ダイレイジ・ルビー・ビームッッッ!!!」


かくして間に合った熱光線が、無防備なガルマを焼却する。

ダイレイジョーが放つ超高出力の熱光線は、魔物の肉を焼き溶かし貫通する。


放出終了。排熱機構が蒸気を吐き出す。

再び戦場に静寂が戻った時、しかしそんな必殺の一撃は、ガルマの右肩部を大きく削りとるのみであった。


「……貴方」


ルビー・アンネローゼは最後の一瞬まで敵から目を逸さなかった。

恐怖で目を閉じることも、涙で視界を歪ませることもなく、正面から相手を捉えていた。

最後の一瞬まで勝機を見出す覚悟。それによって彼女は、ドリル化を解いた瞬間を見た。

そして、熱光線を僅かに逸らしたのだ。


「……結局、最後までわたくしは貴方に勝てませんでしたわね」


地面を揺らして倒れたガルマは、白煙をあげながらその身体を溶かしていく。

その後には気を失った一人の男が倒れていた。

その目からは、一筋の涙。


「勝ち逃げは許しませんわ……!」


こうして再戦リベンジマッチは幕を閉じた。

離れて戦いを見守った婆や──《鏖殺天来羅生門》は後にこの戦いをこう語る。


あの時の二人の選択が世界の運命を変えたのだ、と。







「なに?ガルマまで連絡がつかない?」


ジェムリアのどこか。人目のつかないどこかで、イラつきを隠さず女は言う。


「……これは、間違いない。何者かに消されている」


ドンと椅子の肘掛けを叩き、女は虚空を睨みつけた。


「まさか、蘇ったと言うのか……。、ダイレイジョーが……!」





「お嬢様、見事な勝利でございました」

「見ていたのでしょう婆や。あれは勝利ではありませんわ」


時間は午後三時。優雅なティータイム。

優しい香りのお紅茶を嗜みながら、口を尖らせて婆やに返す。


「いえいえ、何をおっしゃいます。例え戦場で何があろうと、戦士の間に何が起ころうと、『最後に立っていた者が勝者』。その鉄則は不変でございます」

「……そういうものかしら」

「ええ、そうですとも」


パクりとお茶菓子を加える。

フルーティな酸味とカカオの甘味が口の中に広がり、思わず頬が緩んだ。


「美味しい!」

「……婆やは悔しゅうございます。そんな顔をされるお嬢様に、戦いを強いていることに」


ふと婆やを見ると、皺くちゃの顔をさらに皺くちゃにして、婆やは俯いていた。


「学び、遊び、美味な茶と菓子を召し上がって喜ばれる。お嬢様、貴女の年齢の令嬢というのは、本来それがお仕事なのです。そんな貴女に、戦いを強いることしかできない……」

「いいんですのよ、婆や。始まりはわたくしがお屋敷を勝手に抜け出したこと。そこでわたくし自身が『やらねば』と考えましたの。わたくしの大切な人を、土地を、脅かそうとする者たちがいるのなら、わたくしはその企みを阻止したい。病に臥せていたわたくしを救ってくれた、みんなに恩返しがしたいのです」


例えこの先の戦いが辛くても、痛くても、苦しくても。

戦い抗うと決めたのだ。


「そう、ですか……。では、語らなければなりませぬな」


スッと婆やが背から取り出したのは一冊の本。

『勇者マイク伝説』

子供から老人まで、この国の全員が知る、千年前の勇者と魔王の物語。


「お嬢様が戦う、魔物とは何か。そして、ダイレイジョーとは何なのかを」

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