第4話「帰還!最強武人婆や」
ガルマに敗北し、わたくしはガイを背負って街へと戻った。
幸い、ガイに大きな怪我はなく、わたくし自身にも目立った外傷が無いため、「防犯ブザー作成中にガイが少し怪我した」と全員を騙すことができた。
しかし。
わたくしはベッドに塞ぎ込む。
「強かった……!怖かった……!痛かった……!痛かったぁ……!」
外傷はなくとも記憶は残る。
手にしたと思った強力な力。それを遥かに上回る暴力。
心は折れちゃいない。ただ、どうしてもガルマに勝てるビジョンが浮かばなかった。
「お嬢様、お食事の時間でございます」
「え、えぇ!今行くわ!」
みんなの前では変わらず笑う。
見た目に変化はないのだ。誰も気づきはしない。
「甘かったですわ……。強力な何かを手にして、自分が強くなった気でいた。ダイレイジョーの光に目が眩んで、魔物という闇から目を逸らしていたっ……!」
そう。この街には、この国には今敵がいるのだ。
何かを企む、良からぬ者が。
あの日ダイレイジョーに乗ったのは、自身を守るためでもあった。
しかしそれ以上に、背中の子供達を、領民たちを守るためだったはずだ。
「ガイまで傷つけて、わたくしは何を……!」
唇を噛み締め、拳を握り締め。
悔しさか、情けなさか、涙がボロボロと溢れてくる。
「い、いけませんわ。御夕飯でしたの」
目の充血が引くのを待って、変わらぬ姿で部屋を出た。
「お嬢様」
「ひっ!」
背後から声をかけられたのは、部屋を出てすぐ。
一切の気配無く、数歩後ろに立っている。
「こ、この声は……婆や!?」
振り向くとそこには、やはり給仕服に身を包んだ小さな老婆、我が家のメイド長婆やがいた。
「婆や、長らく屋敷を開けさせていただいておりましたが、この度、お嬢様が魔物、なる輩に襲われたと聞いて、飛び戻ってきた、次第でございます」
落ち着いた、間を開けた話し方をする彼女は優しく微笑みながらそう言った。
父が王都へ着いたのは早くても昨日一昨日のはず。王都で報告を聞いてからここへ、一体どうやったらそんな早く帰って来れるというのか。
だが、それを可能にするのが婆やである。
曰く、鉄人無双。
曰く、豪鬼乱舞。
曰く、最強。
私の生まれる前の世で、あらゆる荒事を武で解決した超人。
ついたあだ名は《鏖殺天来羅生門》。
「あ、ありがとう婆や。でもわたくし大丈夫ですわ!ほら、もう傷もほとんど癒え──」
「──負けましたな?」
見透かされた。
細く柔和な笑みの下で、魂の奥まで見透かす鋭い眼光。
「……ご夕飯の後、わたくしの部屋に来て」
▽
そうしてわたくしは婆やに全てを話した。
誘拐事件のこと、ダイレイジョーのこと、ガルマのこと。
うんうんと、椅子にちょこんと座って、小さくうなづきながら聞く彼女はそれはそれは小さく見える。
腰も曲がっていて、腕も折れそうなほど細い。
しかし、言い表せぬオーラが確かにそこにあった。
「よく……よく頑張られました……」
「えっ……」
話し終えた私に、婆やは涙を一筋流す。
「民を守るため、巨大な敵にも、恐ろしい魔物にも、一歩も引かずに戦い抜いたお嬢様の勇気、愛、信念、これを讃えずして何を讃えられましょうか」
「そ、そんな……私はただ、無我夢中で──」
「いいえ、お嬢様。無我、すなわち極限の状況になった時、貴女は戦い、争うことを選んだ。受け入れ、折れ、屈服することをしなかった」
婆やが大きく息を吸う。
「それ即ち、『信念』
「信念……」
「左様。お嬢様の中にある、硬く、煌めく、宝石のようなその信念が、お嬢様を生かし、敵を討ったのでございましょう」
信念。
家族と民を愛し、子供達を守りたいと思ったこの感情が、信念。
そのような高尚なものかは自分でもわからない。だが、婆やの言葉には何か強い説得力があった。
「しかし、そんな硬いお嬢様の信念も、今は揺らいでしまっている」
「え……」
「ガルマなる魔物との戦い、そして敗北。一度負けて引き下がっては、女が廃る」
「え、えぇ……」
「
「た、確かに負けっぱなしは悔しい。魔物がまだ国に、領内にいるのも見過ごせない。でも婆や、今の私がもう一度挑んだところで……敵いませんわ」
ぎゅっと拳を握る。
ダイレイジョーとガルマは同サイズ。格闘経験のない者が格闘家に挑んでも勝ち目がないように、その高すぎる壁を私は感じていた。
「故に、鍛えるのです」
そんな私に、ニカっと笑って婆やは言う。
「この婆や、これより一ヶ月でお嬢様を鍛えに鍛えましょう。そのガルマなる魔物を撃ち倒すための、最低限の身体作りと武の基礎、そして必殺技。それらを全て、一ヶ月で」
▽
──貴族令嬢、ルビー・アントワネットの朝は早い。
日が昇る一時間前。まだ肌寒い空の下、彼女はただひたすらに走る。
運動が苦手なわけではない彼女も、日が昇り切った頃には汗だくフラフラになっていた。
メイド達のサポートもあり、バレないように短時間の朝風呂。
汗を流し、冷えた体を温め、迅速に髪を乾かし朝食の席へ急ぐ。
まるで今起きたかのように、いつもと変わらず朝食を平らげると、次は勉学。
まだ成人を迎えていない彼女の本業は勉学である。
歴史、数学、魔法学など俗に言うお勉強から、貴族としての心の在り方など、複数人の家庭教師が代わる代わる教えにやってくる。
彼女は勉学が嫌いではない。好きな教科や苦手な教科こそあれど、真面目に学ぶため家庭教師からの評判も良い。
しかし、恐ろしいのは眠気である。
朝イチから酷使した身体が、休ませてくれと眠りを誘う。
だが彼女は眠らない。
居眠りなど教師に失礼だと思うから、ルビー領を背負うものが勉学を疎かにはできないから。
机の下で
昼食を取ると、また訓練。
腕立て伏せ、腹筋、スクワット、懸垂。
いわば基礎の筋トレをひたすらにこなす。
特別な修行などないにしろ、終わる頃には全身が悲鳴を上げる。
生まれたての子鹿のように、腹筋痛と脚痛でまともに立つことすらままならない。
「婆や……、次は、次は何ですの……?」
膝に手を当て、無理やり二足で地面を踏み締める彼女は問う。
彼女の決意と闘志は硬い。
例えこれより三時間スパークリングがあれど、五時間滝に打たれようとも乗り越えてやる覚悟があった。
「ふふ、いい目をなさる。汗を流した後、庭園に来なされ。そこで、真の修行を始めましょうぞ」
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