第3話「襲来!格闘魔人ガルマ」
誘拐事件から、二週間が過ぎた。
わたくしが報告した誘拐犯と魔物の存在は、お父様が直々に王都へ伝えに行った。
ただし、ダイレイジョーのことは黙ったままである。
ルビー領は平和で、変わらずのどか。
暖かな陽の光を浴びながら、お紅茶とお菓子を満喫する。
「爺やのいれるお紅茶は、本当に絶品ですわね……」
「そのお言葉、光栄の極み……。ただ、婆やにはまだ叶いませぬ」
婆やというのは、うちのメイド長である。
ここ数ヶ月ジェムリア王都に出張に行っており屋敷を開けているが、今のルビー家では最古参である。私の祖父母の時代から仕えて下さっているとか。
「そういえば、婆やが戻ってくるのはひと月後ですわね」
「ええ。あのババ……婆やの帰りが待ち遠しいですなぁ」
「……爺や、お言葉が汚くってよ」
優雅なお茶の時間はおしまい。
わたくしは馬車に乗り、街へと降りていく。
あの事件の後、お父様に防犯ブザーの提案を行った。
件の事件もあり、お父様は快く承諾。
ガイの店になかなかの出資をしていただいた。
ただ、防犯ブザーの量産にはさらなる改良と研究が必要。
さらにその研究は設備が整っているガイの店でしかできない。
そういうことにしてわたくしは、厳重な警備のもと、街に降りることを許していただいていた。
が、いくら警備が厚くてもわたくしにかかれば目を掻い潜るのは簡単。たった10デニールだ。
作業場の中から定期的に音を響かせておけば、隠し裏口から脱出してダイレイジョーの元へそそくさと急ぐ。
防犯ブザー?量産体制はとっくに整っていて、今ガイ以外の技術者の皆様が絶賛量産中である。
「ガイ?何かわかりました?」
わたくしが立てた嘘の警告看板を超え、ダイレイジョーを調査中であろうガイに声をかける。
「ガイー?」
返事がない。
妙だなと感じつつ、丘を越えるといつもと変わらぬダイレイジョーが見えた。
「ガイー?聞こえておりますの?」
言って気づいた。
ダイレイジョーの前に、誰かいる。
倒れ伏したガイと、その横、小岩に腰掛ける大柄な男。
「ガイ!」
丘を滑るように下ってガイの元へと駆け寄る。
同時に男がゆっくりと立ち上がった。
「お嬢、様……。お逃げ、ください……」
ガイが呻くように言うが、男は容赦なくガイを蹴り飛ばす。
「貴方ッ!」
「おーおー怖い怖い。そう睨まないでくださいや。ルビー・アンネローゼ嬢」
ニヤニヤと、蓄えた髭を触りながらそう笑う男。
身長は2m近くあるだろうか。鍛え上げられた筋肉が、熊のような男の強さを物語る。
「貴方、誘拐事件の男の仲間、ですの?」
「……やっぱりアンタか。ゼドを殺ったの」
マズりましたわ。男から、空気が揺らぐかと見まごうほどの殺意が放たれる。
「なに、仇を取ろうなどと思っちゃいないさ。そこまで仲間意識も情もねぇ。だがな──」
男はどこからか黒い錠剤を取り出すと、ピンと弾いて口に放り込んだ。
「ゼドがやられる相手は、ここで潰しておかなきゃあなぁ!!!」
「くッ、ダイレイジョー!」
男の巨大化と、ダイレイジョーの起動は同時。
コックピットへ飛び込み、操縦桿をグッと握る。
──── die rage ore ────
魔力が行き渡り、コックピット内に外界の映像が出力される。
「まずは……!」
ガイが倒れている地面ごと両手で掬い上げ、離れた場所に置く。
今から始まる巨体同士の戦いに、巻き込まれてはひとたまりも無い。
「待っていてくださいませ。すぐに診療所へ連れて行きますわッ!」
声をかけ振り返る。
そこには、同じく直立二脚。両腕が岩肌のようにゴツゴツと硬い魔物が立っていた。
「ヨォ、避難は済んだカ?」
「あら、待っていてくださったのね。意外と紳士」
「紳士ダァ?違うネ、これは余裕。舐めプってやつダ」
そう言うと魔物は両腕を構える。まるで格闘家。
身体を上下にリズム良く揺らし、戦闘体制に入る。
──この方、戦い慣れている!
前回の男と違い、冷静に、こちらをまっすぐに捉えた瞳。
暴れ、力任せではない、理性的な戦闘スタイル。
「……くッ。それでもッ!」
突撃。
全力疾走で相手に近づき、大きく振りかぶった右腕を顔面に──
「──おいおイ。お遊戯カ?」
ドズンと、ダイレイジョーの腹に一発。
素早く、鋭く、巨体の体重を乗せた右フックが突き刺さる。
「きゃああぁぁッッ!!」
コックピット内にも伝わる強い衝撃。
ダイレイジョーがよろけ、数歩後退。
その隙を逃さず、剛腕の左ストレートが頭部を直撃する。
「っっ、かはッ!」
ここに来て初めて気づく。
わたくし自身にもダメージが来ていることに。
外傷はない。だが、ダイレイジョーがくらった衝撃が、ダメージが、わたくし自身の身体にも伝わってくる。
一心同体。自分の身体のように扱えることのデメリット。
「う、うわぁぁぁぁッ!」
「ったク、コレにやられたのカ?ゼドの野郎」
ただ暴れるように振りかぶった右腕も、軽くいなされ追撃を喰らう。
顔、腹、顔、顔、腹。
ゆっくりと歩きながら正確に撃ち抜いてくる両腕を、どうすることもできず正面から受け続ける。
受けるごとによろけ、後退する様はさながら千鳥足。
そして来たる顔面ストレートで、ダイレイジョーは大きく吹っ飛び地面に倒れた。
「ぅ、っく、っあぁ……」
視界が揺らぐ。意識が薄れる。
内臓まで響く殴打の数々が、脳を揺らす拳の数々が、既にダイレイジョーを戦闘不能にまで追い込んでいた。
「ハァー……。やめダ、やメ。これが脅威?冗談だロ?」
しかしそんなダイレイジョーを見下ろして、魔物は落胆の声を上げた。
「正直な話だガ、俺はゼドを屠れるほどの強ぇ奴がいると思って任務を快く受けたんだ。あの方にも暴れていいって言われたしナ」
しゃがんだ魔物はダイレイジョーをゴツンと小突く。
「だガ、これじゃア、ナァ……。期待して損したゼ。そして俺は、弱ぇ奴をいたぶる趣味はネェ。帰らせてもらウ」
心底、心底つまらなさそうにそう言うと、ジュウと音を立てて魔物の身体が縮んでいく。
その後に残ったのは、最初に現れた男だった。
「……お、お待ちになって」
「なんだ」
「貴方、お名前、は……」
「……ふん。弱ぇ奴に名乗る名は無いんだが、まぁいい」
「俺はガルマ。最強で最弱の格闘家だよ」
薄れゆく意識の中、アンネローゼはその声に、ほんの少しの哀しみを見た。
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