第3話 ウィリアムの死

 狭く、薄暗い独房の中。


 ウィリアムの足元をちょろちょろとネズミが駆け回った。


 名前は小次郎。ウィリアムが名付け親だ。独房の中にいても小次郎のおかげで孤独ではなかった。


 小次郎がつま先から這い上がってきて、ねだるように体をこすりつけてくる。


「ほら、最後のひとかけらだ」


 ウィリアムは懐からパンくずを取り出して小次郎に与えた。


 そしてまた作業に戻る。


 彼は木を彫っていた。


 ベッドの脚を折って得た木片。それを爪で繊維をはぐようにして削っていく。


 彫り始めて十日は経っているような気がするが、まだ食事は数回だ。どのくらいの時間が経ったのだろう。


 何を彫っているのかといえば――


 もちろん女性の下半身の像である。


 まだまだ途中ではあるが、すでに艶めかしい美しさを放っている。お尻の曲線美は見事であった。


 ウィリアムは膝小僧のくぼみを再現するべく爪をたてていく。

 

 しかし集中はできない。


 オフィーリアのことが気にかかるのだ。豊胸パッドの件も、お尻趣味を受け入れてくれた件も、バレれば死刑だ。


 無事でやっているだろうか。


 ウィリアムは木像を遠くに持ち、全体のバランスを確認する。


「……オフィーリアに似てるな。そんなつもりはなかったのに」


 ため息がこぼれた。


「俺って変態かも」


 ここから出る手段は見つかりそうにない。一人の力ではとうてい無理だ。しかし看守はまったく言葉を交わしてくれない。


「奇跡を待つしかないか。あるいは来世に期待、だな」


 無心になって木片を削る。


 ふと、扉が開いた。


 ウィリアムは顔を上げる。食事の時間かと思ったのだが、そうではないようだ。


 看守が部屋に入ってくる。


 看守は真っ黒な装束に身を包んでいて、顔も隠している。目だけが穴から覗いているのだ。不気味だった。


 おっぱいはかなり大きく、爆乳一歩手間である。それはつまり「王宮勤めだが汚れ仕事」という身分を表している。上の下というやつだ。


 ウィリアムは口を開いた。


「おはよう。それともこんにちは? こんばんは?」


「……こんばんは、です」


 鈴を鳴らすみたいな涼し気な声。


 ウィリアムはつい木像を取り落としてしまった。返事があるとは思わなかったのだ。


「こんばんは。――どうして話すつもりになってくれたんだ?」


 女看守はぱちりとまばたきした。


「これはただの雑談で深い意味はないのですが……何も知らされずに突然殺されるのと、死ぬ前に準備期間が与えられるの、どちらが幸せだと思われますか?」


 ウィリアムはまばたきを返した。


「ただの雑談? 今の状況とは無関係ってこと?」


「……はい、無関係です」


 ウィリアムは頬を掻いた。


「どちらかと言えば、死ぬ前に準備期間があった方がいいと思う」


 女看守はしばらく黙って、言った。


「殿下は今日処刑されます」


「無関係じゃないじゃん」


「…………」


 女看守は体を翻して部屋から出ていこうとするので、ウィリアムは慌てて引き止めた。


「待ってくれ。なぜ教えてくれるんだ?」


「…………」


「……話すつもりはないってこと?」


 女看守は頷いた。


 ウィリアムはすごく真剣な表情を作った。きりりと凛々しい皇子の様子に女看守は背筋を伸ばす。


「話さなくていい。お願いがある。――お尻を見せてくれないか」


「……お断りします」


 ウィリアムはくすりと笑った。


「話してくれた。俺の勝ちだね。……お尻は見せなくても良いから、顔を見せてくれないか。最後に見たのがネズミの小次郎っていうのはどうにも……悔いが残るだろう」


 女看守は石像のように固まった。


 小次郎がキューと鳴く。女看守のつま先から這い上がっていって、どんどんよじ登り、頭の上から布を蹴り落とした。


「あ……」


 黒布が落ちる。


 まだ若い女だった。濡れガラスのような黒髪と黒い瞳。切れ長の目はどこか刺々しい印象を与えるが、唇の上にあるホクロが魅力的であった。


「美しい顔だ」


 女看守は恥ずかしそうに腕を組み替えた。


「なんてネズミでしょう。話を理解しているかのよう」


 小次郎は彼女の頭から跳躍してウィリアムの手の中に戻ってきた。ウィリアムがその背中をごしごしとこすれば、小次郎は元気に鳴く。


「こいつは賢いんだ。俺が死んだら君が世話をしてあげてくれ」


「…………」


「名前は?」


「ビビでございます」


「家名は?」


「……リリムスでございます」


「リリムス家か。なるほど、納得だ。――せっかくだし、お喋りをしようじゃないか。死ぬ直前の俺に聞きたいことはないかな?」


 ビビはまっすぐにウィリアムを見つめた。質問を用意していたかのように、すぐ口を開く。


「死ぬのが怖くはないのですか?」


「……死そのものは怖くない。輪廻の輪の中に戻るだけだ。ただ、残した人々が心配ではある。俺は世界を変えられぬまま朽ち果てる。そういう意味では恐ろしい」


 ウィリアムは小次郎を撫でる。


 小次郎はまだ生まれたての子どもで、元気いっぱいだ。チューチュー鳴きながらウィリアムを遊具にして遊んでいる。


「私に助けを求めないのですか?」


「求めたら助けてくれる? なら求めるよ」


 ビビは首を横に振った。当然だ。


 リリムス家はエカチェリーナの忠実な駒。代々後ろ暗い仕事を任される家系である。ウィリアムでも知っているくらいの常識だ。


 死神の手下に救いを求めても意味はない。


 ウィリアムは木像を掲げて、ビビに見せびらかした。子どものような笑顔で問う。


「どうかな? 遺作ってやつになる」


「……これはなんでしょう。木の枝にしか見えません」


「女性の下半身を模した像だよ」


「……変態ですね」


 ビビの見下ろす視線は蔑みを含んでいる。


「理解できません。なぜ臀部でんぶを好むのでしょう? 不浄で卑しい部位ですよ」


 ウィリアムは木像の尻を撫でた。何度も撫でたせいですり減って、不思議な光沢を持ち始めている。


「質問に質問で返そう。なぜ臀部でんぶを不浄で卑しいと思うのか?」


 ビビは言葉を詰まらせた。


「……みなそう思っています。聖典にもそうあった、気がします」


「聖典にあったらすべて信じるのか? 聖典では豚肉を食することを禁じているが、みな食べている。俺も食べる。君も食べるだろう。なぜ?」


「…………」


 ビビは唇をきゅっと結んで眉間にしわを寄せた。


「私は哲学者でも神官でもありません。難しいことは分かりません」


「そうか」


 ウィリアムはビビに木像を渡した。


 ビビは想像以上の重さに驚いたようで、両手で握りなおす。


「これを俺のメイド、オフィーリア・フォン・オーケンシールドに渡してほしい。それで悔いなく死ねる。いや、悔いがないというのは嘘だが、希望を抱いて死ねる。――まさか彼女は殺されてはいないだろうね?」


「分かりません。しかし、お渡しします」


「頼んだ」


 ウィリアムは笑った。


 ビビは木像を懐の一番深いところに仕舞い込んだ。ビビが本当に渡してくれるのか定かではないが……信じてみようとウィリアムは思った。


「俺からも聞きたいことがある。この職は気に入っているかな?」


 ビビはしばらく考え込んだ。


「仕事は仕事です。気に入っているとかいないとか、ありません。私の胸の大きさを考えれば妥当な職でしょう」


 ウィリアムは悲しそうに目を細める。この少女もまた巨乳絶対社会という枠組みに捕らえられているのだ。


「仕事は仕事か。その通りだね。どんな趣味でも仕事に変わった途端に楽しさは減るものだ。――質問を変えよう。どんな職でも選べるとしたら、何になりたい?」


 ビビは悩んで視線を落とす。


「そんなことを考えたことはありませんでした。……でももっと位の高い職につきたいです。家族や姉妹がゆとりをもって暮らせるほどの高給を……」


「いい答えだね。家族思いの優しい子だ」


「しかし私の胸はそれほど大きくありません。今の話は忘れてください。不敬にあたるかも」


「忘れることはできないが、墓場まで持っていくよ。すぐそこだし」


「…………」


 沈黙をかき消すように、カツカツカツと廊下から足音が聞こえてくる。


 ビビは一瞬で顔布を被りなおし、部屋の外に出て跪いた。


 ウィリアムは何者がやってくるのかすぐに理解した。小次郎がとたんに大人しくなってウィリアムの手の中に逃げ込む。


「エカチェリーナ17世……」


 その者が姿を見せる。


 ヘビのような冷たく美しい女。魔女だ。


 彼女は真っ黒な黒のドレスを着ている。紫色の髪の毛は腰まで垂れ、爆爆爆爆爆爆爆爆乳が深淵のような谷間を作っていた。


 背中側を見せてくれないかな、とウィリアムは思った。お尻を見たい。


 エカチェリーナは丁寧に一礼した。


「殿下。ご機嫌いかがでしょう?」


「たった今、君の美しい顔を見て急上昇中だよ」


 エカチェリーナは恥じらうように口元を手で隠すが、目には侮蔑と冷笑がありありと映っている。


 しかしウィリアムはまともに相手する気を持てなかった。罵倒や嫌味など聞き流してしまえ。この女の前で抵抗など無意味だ。


「それで何の用かな。弔辞を読むにはまだ早いけど」


 エカチェリーナはにこりと笑う。


「陛下の命で、あなた様の死を看取りにやって参りました」


 陛下の命。そうは言ったがエカチェリーナは母王よりも発言力が強い。国の全てはこの爆乳魔女が握っているのだ。


 ここで死ぬのだとウィリアムは理解した。前世を合わせてこれで二度目だ。一度目の死は唐突で痛く苦しいものであったが、二度目はどうだろうか。


「辞世の句を考える余裕はあるかな?」


「ありません。私はこう見えて忙しいのです。――アレをよこしなさい」


 エカチェリーナはビビに手を伸ばす。


 ビビはどこからか取り出した小さなガラス瓶をそっと手渡した。


 エカチェリーナはガラス瓶を揺すってほくそ笑む。中身がちゃぽんと音を立てた。


「これは薬です」


 ウィリアムに近づき、その足元に手を伸ばして小次郎を引っ張り出す。


 細く長い指に尻尾をつままれて小次郎は暴れるが、エカチェリーナのひと睨みで静かになった。


「どうするつもりだ」


「薬を飲ませるのです」


 エカチェリーナはガラス瓶の中に指をつけた。青色の液体が指先から滴り落ちる。そしてそれを――小次郎の口につけた。


 小次郎は激しく鳴いた。嫌がっていた。


「おい!」


 ウィリアムは小次郎を奪い返した。


 手の平の上の小さき友は、ビクンビクンと二度震えて動かなくなる。……死んだのだ。


「小次郎ッ!」


 ウィリアムは名前を呼んだ。一晩考え込んでつけた名前だった。ようやく覚えてくれた名前だった。


 怒りと悲しみでウィリアムは目を血走らせた。エカチェリーナに詰め寄る。


「なぜだ! 小次郎に罪はないだろう!」


「害獣を駆除したまでです。ネズミ一匹程度で大袈裟ですね。それにあの世へのお供がいた方が、寂しくなくてよいでしょう」


「…………なんてことを」


 ウィリアムにとって小次郎は害獣などではなかった。孤独と空腹を分かち合う親友だったのだ。


「かわいそうな小次郎……」


 ウィリアムは両手で抱きしめた。来世で会えることを祈るしかない。


 エカチェリーナは冷たく睨みつける。


「鉄でも炎でもなく、安らかに死ねることを喜びなさい。陛下の最後の慈悲です」


「慈悲だとっ!?」


 ウィリアムは魔女の手からガラス瓶を奪い取った。ツンと鼻にくる刺激臭を放つ青色の液体。飲みたくはない。


 しかし飲むしかない。


 瓶を口につけて――


「遺言を残しておこう」


 ウィリアムはエカチェリーナの瞳をじっと見つめた。


「美しい顔だ」


「どうも」


「15年前からいっさい変わっていない、美しい顔だ。作り物のように美しい顔。シワひとつ変わっていない」


「何を言っているのか。15年前など……あなたは赤子で、私は少女でした」


「母の股の間から赤子の俺を取り上げたのはエカチェリーナ16世だった。君は16世によく似ている。瓜二つだ」


 エカチェリーナの顔から表情が抜け落ちて、蝋人形のように生気がなくなる。


「母と娘ですから。当たり前でしょう」


「どうだろうか。俺は生まれた瞬間のことを覚えているのだ。死ぬのと同じくらい鮮烈な体験だった。脳が未熟だったせいでぼんやりした記憶だが、その顔とその言葉だけははっきりと覚えている……」


 ウィリアムはニヤリと笑った。


「エカチェリーナ16世は俺のおちんちんを確認してこう言った。『男か、忌々しい』と。覚えているか?」


 エカチェリーナは指先を震わせて目を見開いた。


 ウィリアムの堂々とした声が牢屋に響く。


「魔女、エカチェリーナ17世よ。あのときとまったく同じ美しい顔だ。1世から17世まですべて同じ人物であるという与太話が、俺にはどうにも本当のように思えてならない」


 魔女の真っ赤な唇からうわずった声が漏れ出る。


「何を、いったい、いったい何を…………」


「長き時を渡り歩くのは魔女の専売特許ではないぞ」


「……何者だ。誰だ。いったい誰だ。どこの時代のどいつだ。なんで今さら……完璧に滅ぼしたはずなのに――私の世界を壊させはしないぞッ!」


 ウィリアムは穏やかな笑みを浮かべた。氷の魔女の仮面をはぎとることに成功したのだ。


 ウィリアムの前世は令和日本の増永雄太ただ一つである。しかしエカチェリーナは想像と恐怖を膨らませている。


 すべてはハッタリであった。


 怪物二匹を前にして、ビビは部屋の隅で身を縮ませる。怯えのあまりに耳を塞いでしまった。禁忌中の禁忌に話が及んだと直感したのかもしれない。


 ウィリアムは続ける。


「俺は知っている。この社会を築き上げたのはお前だな。死んだとしても、俺はまたやってくるぞ。罪の対価を取り立てにやってくる。この歪められた世界を変えにやってくる。真実の愛は消えはしない」


 ウィリアムは立ち上がった。少年とはいえ男だ。雄々しく迫力がある。狭い部屋がいっそう狭く感じられ、影が長く伸びてエカチェリーナを覆った。


 エカチェリーナは顔を恐怖でひきつらせた。後ずさり、壁に頭をぶつけ、腰を抜かして座り込んでしまう。


「俺はまた生まれ変わる。生まれ変わるぞ。いつ、どこ、どんな顔になるかは俺も知らない。だが生まれ変わる。それまでに悔い改めるがよい」


「なんだと……お前はいったい……」


「百万人いれば百万通りの美しさがある。お前はそれを知っているはず。――悔い改めるのだ! 虐げられしものを救済せよ! 自らによって償え! 俺が戻ってくる前に!」


 もう一度生まれ変わる保証などありはしない。


 しかし今ここでエカチェリーナを脅しておけば、何かが変わるかも。それがウィリアムにできる最後の抵抗だった。


「少しでもいい、お前が世界を良くするのだ! 少しでもいい、お前がその手で償え! そうすれば俺は戻ってこない。さもなければ――」


「イヤァァアァ!」


 エカチェリーナは悲鳴を上げた。目尻には涙が浮かんでいる。


 ウィリアムは仁王立ちで迫った。


「さもなければ――俺はまた生まれ変わり、お前のもとへやってくるぞ!」


「ヒイイッ!」


「覚悟しておけよ、エカチェリーナァァッッッッ!」


 ウィリアムは叫び、ガラス瓶を一気にあおった。


 青色のどろりとした液体が喉へと滑り落ちてきてむせそう・・・・になる。予想以上のまずさだった。


 一瞬で体が冷たくなっていく。関節が固まり、呼吸が苦しくなり、立っていられない。


 ウィリアムは背中から倒れこんだ。


 まさに死を体験しながら、心は穏やかであった。


 オフィーリアのために世界を変えることはできなかった。しかし可能性は残した。最低限の務めは果たしたのだ。ただ死ぬだけでなく、一矢報いてやった。それで充分だった。


 お尻に栄光あれ!!!


 意識が薄れていく。ウィリアムは二度目だから分かる。これは死だ。



▼△▼



 ウィリアムの体がばたりと床に転がった。


 独房内にはまだ彼の最後の咆哮が余韻を残していて、エカチェリーナは怯えきって少女のように震えている。


 ビビは目を凝らしてウィリアムを見た。


 すぐに息が消えた。鼓動が消えた。目の輝きが消えた。だが満足気な表情だった。


 彼の死をきっかけにしてビビの金縛りは解けた。出来立ての亡骸に駆け寄って、死亡判定を行う。


「……死んでいます。確かに死んでいます」


「はあ、はあ、はあ……確かだな?」


 エカチェリーナは浅い呼吸をしばらく繰り返す。


 ようやく深呼吸をして立ち上がり、ウィリアムの首にそっと触れた。まるで穢れた汚物に触れるがごとくちょんとつついて、すぐに指を離す。


「よし。死んでいる。……やはり男は悪魔。どれだけ若く美しくとも心のうちに悪魔を飼っているのだ」


「……おっしゃる通りでございます」


 ビビは恭しく頭を下げた。その表情は黒布で隠されて誰も読み取れない。


「ひと時たりともこのような場所にいてなるものか。ここは建物ごと取り壊す。今日中に着手させるぞ」


 エカチェリーナはよろよろと部屋を出て、小さな段差につまづいてこけてしまう。這うように去っていった。一喝だけを残して。


「死体はいつものように処理しろ! 骨すら残さず燃やしてしまえ! 燃えカスは遠くに撒け! 帝国の端の端の遠くに――――」


「かしこまりました。仰るとおりに」


 ビビは深々と頭を下げたままその背中を見送った。


 そして牢が静まり返ったあと。


 ビビは胸の谷間から新たなガラスの小瓶を取り出す。中身は鮮やかなピンク色だ。


「…………」


 ビビはウィリアムの上体をそっと起こし、唇をこじ開け、液体をのどに押し込んだ。


 指を深くまで突っ込んで無理やり飲み込ませる。さらに、心臓を肋骨の上から圧迫していく。心肺蘇生法だ。


 死体がビクリと跳ねた。


「ゴホッ!」


 ウィリアムが咳き込んだ。


 ――生き返ったのだ!


 ビビは彼の鼓動を確め、瞳孔を見た。間違いなく生き返っている。まだ眠っていて息は弱々しいが……死ぬことはないだろう。


 ビビはぽつりとつぶやいた。


「非礼をお許しください。殿下の子種は我が家のものとなります……巨乳遺伝子を取り入れてリリムス家はさらに躍進する……」


 ぐたりと力の抜けた体を担ぎ上げようとして――ビビは止まった。


 しばらく考え込んで、動き出す。


 腰をかがめて床から拾い上げたのは……ネズミの小次郎。


 ピンクの液体の残りをその小さな口に押し込む。小次郎も同じようにビクンと跳ね、息を吹き返した。


「何やってるんだろう、私」


 ビビは小次郎をポケットに突っ込んで、ウィリアムを担ぎ上げた。彼女は一人と一匹をどこかへと運び去っていく。


 ウィリアムの死ぬべき場所はここではなかったようだ。


 革命の火はいまだくすぶり続けている。

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